六十代主婦の幸せ『推し』がいる生活

落花生

第1話

六十代主婦。


 仕事はやめて久しいし、恋愛なんてするような歳でもない。娘は無事に結婚して、とっくの昔に手を離れている。


 趣味はドラマ鑑賞だったけど、今人生が楽しい。





「は・る・み・ねくーん♡」


 画面の向こう側で私の『推し』である春峰くんが教師役を頑張っている。春峰くんは真面目な顔がカッコいいから、国語教師役がよく似合う。さわやかだ。


 ああ……いい。


 春峰くんが国語教師だったら、私の学生時代のテストの点数はきっと爆上がりだ。三十点ぐらいは上がっていたと思う。それで学生時代の友達といっしょにきゃあきゃあ言っているのだ。それを想像して、私の顔は脂下がる。


 私の趣味は、ドラマ鑑賞だった。


 テレビで放送される面白そうなドラマを予約して、暇な時間にダラダラとみる。そんな感じで暇な時間をつぶしていた。けれども、前の時期に春峰くんに出会った。


 前期のドラマ「恋をするなら今しかない!」とというドラマに出演していた春峰くん。主人公の幼馴染役というのがぴったりで、私のハートは思わず射抜かれた。


いや、正直に言おう。


そのころはここまではまっていなかった。


最近の子は顔が小さいなぐらいしか思わなかった。


枯れたおばあちゃんだった(おばあちゃんとは言うな)


けれども、ドラマの第二話で春峰くんがにっかりと笑ったのだ。


テレビの画面いっぱいに春峰くんの顔が写りこんだ。ちなみに、うちのテレビ画面は大きい。唯一のドラマ鑑賞という趣味を楽しむためだ。そんな自慢のテレビに、春峰くんの笑顔がばっちり映ったのだ。


その途端、枯れたハートに矢が刺さった。


なんなんだろうか、この感情はというぐらいにドキドキした。


恋じゃない、愛じゃない、けれどもずっと見ていたい。彼の可愛い笑顔を大画面でずっと見ていたい。こんな感情をなんといえばいいのだろうか。


私は、ネットの海に潜った。


そうして、私は自分の感情を『推し』を押しているという言葉をしった。最近の人は、自分の好きな有名人のことを『推し』というらしい。ならば間違いなく春峰くんは、私の『推し』である。


春峰くんをもっと見ていたくて、私はネットの力を借りた。


最近のパソコンは便利だ。


いつだって欲しい情報をくれる。


春峰くんのプロフィールをできるかぎり調べて、ユーチューブでできるかぎりの画像をあさった。昔見た映画やドラマにも春峰くんがでていたことが分かると、なんで録画していなかったんだと全力で後悔した。


そして、とうとう春峰くんが出演していた舞台のDVDを通販で購入した。DVDが届くまでは夢心地だった。ユーチューブにも動画が上がっていなかったから、どんな映像がとどくんだろうとわくわくしていた。


そして、DVDが届くと狂喜乱舞した。


内容は素晴らしかった。


内容はコメディで、春峰くんは女装していたけれども、女装も似合うではないか。舞台用のはっきりとしたメイクをしているけど、元々が綺麗な顔をしているからとっても可愛い。この舞台を直接に見に行けていたら、どんなに幸せだったんだろうか。


想像するだけで、すごく興奮する。


こんな興奮は、実に久しぶりだ。


春峰くんのことを考えるだけで、心臓が悪いわけでもないのに心臓が痛い。血圧と脈拍が上がるのがわかる。気分がすっごい充実する。健康にいいことをしているって実感できる!


「はぁ――……」


 ああ、興奮が冷めないけれども夕食を作らないと。


 今日の夕食は、おでんの予定。


 春峰くんは、どのおでんの具が好きなんだろう。


 若いから卵とか餅巾着とか、食べ応えのあるものだろうか。それとも渋いこんにゃくとかの具材だろうか。いや、練り物という線も捨てきれない。


 そんな想像をしながら、私を卵を茹でる。


 固めに茹でて、全部を剥いてしまう。冷水に浸すと卵の実がしまるから、綺麗に剥きやすくなる。大根を適当に切って、お米をちょっぴり加えたお湯にどぼん。下ゆでの極意だ。


 春峰くんは大根は下茹でするって知ってるかな。


 男の子だから、知らないかもしれないなー。


 教えてあげたいなー。


 こんにゃくは隠し包丁を賽の目上に入れて、味を染みやすくする。スーパーで買ってきた練り物を土鍋に入れて、準備は万端。


 さぁ、煮込む時間をつかって春峰くんのDVDをもう一回見てしまおうか。


 『推し』がいる生活はとっても楽しい。

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六十代主婦の幸せ『推し』がいる生活 落花生 @rakkasei

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