第5章 選択 ④

   ◆ ◆ ◆



「弱点教えてやったのに負傷してんじゃねえよ」


 佐木柊真を片付けて意気揚々と戻ってくるカズマくん――そのカズマくんにそう言うと、どこか誇らしげだったカズマくんの顔がみるみる曇っていく。


「つうかガキ一人シメたくらいでその誇らしげな顔はなんなんだ。この街の頂点だろ、カズマくんは」


「……強敵ではあったすよ」


「初見だったらな。ネタ割れてんだし、雑魚とは言わないけど勝って当然の相手だろ。無傷で勝てって話だ。イキってないで死体処理の準備をさせとけ」


 食い下がるカズマくんにそう言うと、カズマくんはがくりと肩を落としてスマホを取り出す。


 そして――小鳥遊清花は、唇を噛んでわなわなと震えていた。


「さて、少しばかり講釈をたれてやるよ」


 告げる――が、小鳥遊清花は俺を睨みつけるだけ。やれやれ――仕方ないので、無言を肯定と受け取って俺は話を切り出す。


「八代宗麟を畳んで自信を持ったんだろうが、お粗末の一言に尽きる。負けるべくして負けたと言えるな。お前のミスはいくらでも挙げられるが、最大のミスは最初に俺を狙わせなかったことだ。佐木柊真の使い方次第じゃお前は俺を消せた可能性だってあった。なのに俺に無駄に警戒させて、先に襲ったのはカズマくん――俺に分析でもして欲しかったのか?」


「……君は仲間に引き入れたかったんだよ。だから、私としては君と敵対したくなかったんだよね。柊真にはね、君は狙わなくていいよって言っておいたんだけど」


 歯噛みして、小鳥遊清花。カズマくんとの交戦中に俺に敵意を向けたのは、佐木柊真本人の意志というわけか――


「はっきり手を出すなと言っておくべきだったな――その口ぶりだと、昨晩の事は把握できてるみたいだな?」


「……ちゃんと観測してたよ。柊真を一人にはしない」


「てめえの異能のくせに信用できねえってわけだ――そういうところも含めて、弱点をもっと考えるべきだったな」


 カズマくんだって子分体質のせいで忘れがちだが、この界隈じゃトップクラスの男だ。気軽に触れてただで済む訳がない。


「……弱点?」


 小鳥遊清花が訝しげに呟く。


「ちょっと話を変えようか――……襲撃者の正体が佐木柊真だったのは驚いたよ。佐木柊真が死んだって事件を調べたばかりだったからな。ニュースの顔写真を見ていたから、すぐに佐木柊真だと断定できたんだけど――」


 飲みかけの炭酸飲料で口を湿らせて、俺は話を続ける。


「――おかしいよな? 二年前の写真とまるで変わっちゃいなかった。成長期なのにだ。実は殺された直後に蘇生させられて、死亡のニュースが流れた後もこっそり生きていたって風じゃなかったぜ」


 だからすぐに見覚えがあると気づき、その正体に気づけたとも言えるが。


 俺の言葉に小鳥遊清花は眉を吊り上げる。


「そんでお前が言ってた『彼はここにいる』って台詞な。その二点から予想はしてたんだけど、確信を持ったのはついさっきだ。今日、佐木柊真に会って――俺に殺されたはずなのに、まるで憶えちゃいないように強気だったことで気がついた」


 炭酸飲料をテーブルに置いて。


「お前の異能は死者を蘇らせるってもんじゃないよな」


「……さあ。君がそう思うならそうなのかもね」


「とぼけるなよ。そうだな――お前の異能は、記憶から佐木柊真を復元する《死人再現デッド・コピー》ってとこかな」


 俺の言葉に、小鳥遊清花は表情を変えた。顔中が怒りに染まり、ソファから立ち上がって悪鬼か羅刹の如く叫ぶ。


「――違う! 私の異能は《恋人佐木柊真》――」


「そんなに怒るのは自覚があるからか?」


「――っ!」


 淡々と告げてやると、小鳥遊清花は唇を噛んで――そして、ソファに座り直す。


「コピー能力を持っていた佐木柊真――その恋人だったお前の異能が人間のコピー作成ってのは皮肉が効いてるな」


「……私は元々一般人だったんだよ。柊真が殺されて、しばらくして柊真の幻覚を見るようになった。ショックでおかしくなっちゃったのかと思ったけど、そうじゃなかった」


「……覚醒しかけの反応だったってわけだ」


「そして、私は柊真と二人で復讐を企てた」


「違うな。お前一人の凶行だ。まあそれはどうでもいい――話を戻すぜ。お前の《死人再現デッド・コピー》の弱点は、再現されるのはあくまで死人――再現してるってだけなところだ」


 ――そう、佐木柊真はあくまで死人で、死者を蘇らせたわけじゃない。どういう仕組みで死者を再現しているかはわからないし、それを言い始めたらそれは特殊能力ユニークスキル全般に言えることだ。俺の《深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》だってなにがどう作用しているのかなんてわかったもんじゃない。


 ただこいつの《死人再現デッド・コピー》に関して言えるのは、佐木柊真はあくまで死人を再現しているせいで、生者ならでは記憶や経験の積み重ねがない、と言うことだ。


 佐木柊真――奴が昨夜の路地裏では八代宗麟を知っている反応で今日は別の反応だったのは、昨夜殺したせいでこいつの記憶と経験がリセットされてしまったから。


 昨日殺された俺を相手に強気を崩さなかったのは、記憶が初期値に戻ったせいで俺に殺された事実を知らないから。


 小鳥遊清花が『彼はここにいる』と言ったのは、奴の記憶にある『佐木柊真』の思い出だけが唯一のオリジナルだから。


 そして――恐らく小鳥遊清花が創り出した佐木柊真はオリジナルと比べ人間性が劣化しているはず――ある程度小鳥遊清花の都合のいいように制御されていると考えられる。でなければいくら警察を志していたからと言って、ただの高校生が女に言われるまま異能犯罪者狩りなんてものに加担するわけがない。


 オリジナルの佐木柊真がそういう性質だったとしたら話は別だが、となると警察を志していた、という情報と矛盾する……奴が荊棘おどろのように壊れていなければ、だが。


 そういう意味で――これは二人の凶行ではなく、小鳥遊清花の単独犯と言える。


「……だから柊真は――私たちは君たちに勝てなかった?」


「当然だろ。てめえがいままで異能犯罪者狩りを続けてこられたのは、N市で八代宗麟たちと戦った経験を元に立ち回ったからじゃないのか? その後警察に引き渡しをしなくなったのは、N市で拘束された経験があったからだろう。人ってのは記憶や経験から学習するんだよ――それができないお前の異能は、佐木柊真のカタチをした人形だ。そんなもんで俺や《スカム》をどうこうできるかよ」


「……それで? 私をこんなところへ呼び出したのは? 二人でめちゃめちゃにしようってわけ?」


「カズマくん、好きなようにしていいみたいよ」


「や、俺は性癖的に無理矢理ってのはちょっと」


「……だってよ」


 小鳥遊清花にそう言うと、奴は俺をきっと睨んだ。


「結局何がしたいわけ? 殺したいなら殺しなよ! 私だってまだ負けた訳じゃない! お願い、柊真――」


 小鳥遊清花が叫ぶと同時に、奴の脇に――まるでずっとそこにいたかのように、カズマくんが《忍び隠れるハイド・アンド・シーク》を解除した時のように、佐木柊真が現われる。サングラスとマスクはなかった――出で立ちは学校制服。多分、これが小鳥遊清花の記憶に保存されている佐木柊真のデフォルトなんだろう。変装は、ニュースで流れた佐木柊真の写真を憶えている人間の目を躱すためのもの――


 カズマくんにはもう直接やらせて殺された部下の仇をとらせてやった。十分だろう――俺は異能を発動させて擬似的に加速し、新たに現われた佐木柊真の額に鉛玉をぶち込む。


「――柊真ぁ!」


「やっぱりな――お前、佐木柊真が死んだ時点でしかこいつを復元できないんだろう? じゃなけりゃ再現した佐木柊真を再現し直した方が効率がいいもんな。てめえがどうやって再現した佐木柊真を言いくるめて異能犯罪者狩りをやらせてるかは知らないが、再現されたばかりの――普通の高校生だった佐木柊真が俺たちに敵うとは思えないぜ」


 脳を撃ち抜かれた佐木柊真が力なく倒れる。


「それでもどうしてもって言うなら気が済むだけその偽物を出せよ。ここに死体の山ができるだけだと思うけど」


 面倒なのは、殺しても能力が解除されることもなく死体として残ることだ。となると物質精製みたいな力と、生命創造とでもいうべき力が働いているのか? もしかしたら《人体精錬ホムンクルス》とでも名付けてやれば良かったかも知れない。


 そんな場面に合わないことを考えていると、小鳥遊清花は新たな佐木柊真の死体――その脇にしゃがみ込み、そいつの目を閉じさせながら言った。


「――認めるよ。私の負け。殺しなよ」


「勝ち負けをはっきりさせるために呼びつけたわけじゃねえよ」


 グロックをしまい――俺は小鳥遊清花に告げる。


「最初に言っただろ? 話をしてやるって――ま、てめえと組む前提っていうのは嘘だけどな」


「いいじゃん、話なんかしないで殺しなよ! あんたたちは邪魔な人間はそうやって黙らせてきたんでしょう?」


 小鳥遊清花が泣き叫ぶ。こいつも異能犯罪者に恋人を殺されたって点においては被害者なのだ――……


 俺は、その小鳥遊清花に質問した。


「……お前は『彼はここにいる』って、自分の胸を示してそう言ったよな。お前は記憶や想い――心ってやつはそこにあると、そう思ってるのか?」


「そうだよ、悪い!?」


 今にも噛みついてきそうな勢いで小鳥遊清花が叫ぶ。


 そんな彼女に告げる。


「知り合いの精神観測者サイコメトラーが言うには、人間の心って言うのはその人そのものなんだとさ。お前は佐木柊真が好きだったんだろ? その佐木柊真の心を傷つけながら犯罪者狩りを続けて何が得られると思ってるんだ?」


「――っ! 何かを得ようだなんて――」


「どの道この界隈はお前みたいな素人が首を突っ込む世界じゃねえよ。佐木柊真を想うなら、そいつの心を楽にしてやったらどうだ」


 俺がそう言うと――小鳥遊清花は佐木柊真の死体に縋るように泣き崩れた。




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