第5章 選択 ①

 俺と夏姫が普段事務所へ向かう際は、大抵夏姫の車で移動する。


 だが、喫緊の場合――それも一人、かつ夜であるなら、能力者の身体能力を活かした方がいくらか早い。


 俺は夏姫の部屋を出てあとエレベーターには乗らず、非常口の扉を開けてマンションの外壁に設えられた非常階段へ。そのまま隣の雑居ビル――その屋上へと飛び移り、駆ける。


 そのまま同じように隣の建物へ――それを何度か繰り返すと、足元から喧噪が聞こえてきた。足を止めて屋上の縁から地上を見下ろすと――いた、カズマくんだ。周りには地面に倒れている男が何人か――そしてカズマくんと向かい会う男の姿。


 背格好は俺と似た感じだ――ここからでは佐木柊真と断定できないが、マスクにサングラス――その出で立ちは昨夜の襲撃者と同じもの。奴と見て間違いないだろう。


 さて。


 大声を出して待ったをかけるのも間抜けだ。グロックを抜いて照準をカズマくんと向かい会う男に向ける。


 同時に、弾かれたように男がこちらに視線を向けた。思った通り殺意を感じる程度の技能はあるようだ。


 奴が俺に感づいたことで、何歩か後退ってカズマくんとの距離を空ける。その反応でカズマくんも俺に気付いてこちらを見上げた。待ってろと身振りで伝え、屋上から飛び降りる。


 途中建物の凹凸を足場にブレーキをかけながら、着地。カズマくんと奴の間に割って入ったカタチだ。


 黙したまま奴に向き直ると、背中にカズマくんの声がかかる。


「――すんません、兄さん。お呼びだてして」


「や、いいよ。でも、俺を呼ばなくても自分でなんとかできたんじゃないの?」


「そのつもりではあるすけど、昨日やらかしちまったんで」


「――おいおい、カズマさん――兄貴分が来たら急に強気じゃん」


 奴がそんなことを言う。が――


「そりゃそうでしょ。お前如き、本来カズマくんの相手じゃねえよ」


「――言ってくれるじゃんよ、てめえが《魔眼デビルアイズ》か」


 ……おや? なるほど、そういうことか。もう一つ確認してみるか。


「八代宗麟を畳んだ位で調子に乗るなよ」


「――ああ? なに言ってやがる」


 ――……やっぱりか。


「まあ、落ち着けよ。小鳥遊清花に伝言を頼みたい」


「――何のことかな」


「とぼけるなよ、佐木柊真――お前が小鳥遊清花を知らないわけがない」


「はっ、よく調べてるな……それで? 清花にはなんて?」


「てめえと組んでやる――そういう前提で交渉してやるから、今すぐ《スカム》から手を引けってな」


 周囲に倒れた《スカム》連中を見回しながら言う。倒れているのは七、八人――……おっちゃんの言葉を信じれば若い連中ってことだが、要するに下っ端だ。何人かで使いぱしりをしている時に襲われて、駆けつけた応援もってところか。倒れている連中のうち、何人かは明らかに手遅れだ。


「ちょ――兄さん。そんなこと――」


 カズマくんは俺の言葉に抗議の声を上げる。


「このままここで続けるわけにもいかないだろ。いいからカズマくんは誰か呼んでこいつら引き上げる手配してくれよ」


「けど、兄さん――」


「悪いようにはしねえから。な?」


 俺がそう言うと、カズマくんはまだ何か言いたげだったが、それでもスマホを取り出して誰かに電話をかける。


「あんたを信じて、清花を危険な目に遭わせろって? 誰が信じるかよ」


 確かに嘘だ。小鳥遊清花を呼ぶブラフでしかない。


 だが――


「それを決めるのはてめえじゃなくて小鳥遊清花だろ」


 確信があった。小鳥遊清花が行なっている異能犯罪者狩り――これについて事を整理して考えれば自ずと見えてくる話だ。恋人――佐木柊真が殺されて異能犯罪を憎み、それを滅ぼすべく異能犯罪者狩りをしている。


 ――その殺された佐木柊真を蘇らせる――そう言っても過言ではない能力を持っていると考えられるのにだ。


 妙な言い方になるが――この佐木柊真が『本物』であるとしたら、小鳥遊清花は異能犯罪者狩りをするだろうか。俺の推測はノーだ――奴自身がこの佐木柊真を『本物』と考えていないから、復讐が必要で……それに彼女自身の言葉からもそれがわかる。奴は自分の胸を示して『彼はここにいる・・・・・・・』と宣った。それは逆に言えばそこにしか『本物』がいないということだ。


 吐き捨てる様に言ってやると、佐木柊真(と言っていいだろう、やつも言外に認めたようなものだ)もスマホを取り出し電話を始める。ただし、俺とカズマくんを睨みつけたまま――


 小さな声で通話相手にぼそぼそと話し、そして奴は電話を耳から話し――


「話がしたいってさ」


 そう言ってそのままスマホの画面を操作――直後、スピーカーになったスマホから聞き覚えのある声が聞こえてくる。


『――どういう風の吹き回しかな、アタルくん』


「言った通りだ。てめえの要求は全部飲めないが――それでも手を組む前提で話してやるから出てこいよ」


『強引な誘い方――そんなんで女の子を口説けると思ってる?』


「嫌ならいいぜ――仲間じゃないならお前はこの街にとって邪魔でしかない。退場してもらうだけだ。無理矢理にでもな」


『へえ? どうやって?』


「簡単さ。殺せばいい」


「――俺がそんなこと、やらせると思う?」


 怒りが籠もった声で、少年。だが――


「俺にできないと思うか?」


 告げる。静寂――そして、スピーカー越しに苛立った様子で小鳥遊清花が言う。


『――どこへ?』


「――清花!」


「てめえはだまってろ、佐木柊真――……繁華街の裏に紫のネオンサインを掲げたバーがある。《スカムうち》がやってた店で今は使ってない。鍵を開けておくから佐木柊真と二人で来い。こっちは俺とカズマくんの二人だ。いいな」


『わかった』


 俺の言葉に小鳥遊清花は頷き――それきり押し黙った。佐木柊真はスマホをポケットにしまい、俺に強烈な殺意を向けてくる。


「《魔眼デビルアイズ》……!」


「そんな目で睨むなよ。これから仲間になるかもなんだぜ」


「見え透いた嘘を!」


「いいから小鳥遊清花を迎えに行けよ。追わないからさ――ただし、三十分以内にバーへ連れてこい。でなけりゃ次はてめえも小鳥遊清花も問答無用で殺すからな」


「あんたにそれができるとは思わないけど――」


 言いながら佐木柊真が――とは言え昨夜と同じ出で立ち、サングラスとマスクで素顔は見えないが――夜闇に溶けるように去って行く。


「兄さん――正気すか? 連中と手を組むって――」


 佐木柊真が去って数秒――手配を終えたカズマくんが俺に詰め寄ってくる。


「嘘に決まってんだろ。小鳥遊清花にはこの界隈から退場してもらう」


「……悪いようにはしないってそういうことすか」


「それだけでもないけどな――ま、俺たちもバーに行こうぜ。ああまで言って俺たちの方が遅かったらかっこ悪いだろ?」


 やや不満げな顔を見せるカズマくん。その彼の背中を叩く。


「痛いっす!」


「良かったな、生きてる証拠だ」


「そんな確認せんでも、今日は死にかけてないすよ……」


 俺の声に、カズマくんが泣き言を言う。


「そんな気楽にしてていいんすか?」


「だって、なあ……昨夜の時点でネタ割れてるしよ。あいつは究極の初見殺しだ。わかっちまえばどうにもなる」


「でも、兄さんの能力をコピられたら」


「それも後で教えてやるから――」


 そんな話をしていると、にわかに周囲が騒がしくなる。カズマくんが手配した被害者、けが人の引き上げに来た《スカム》の連中が到着したのだろう。


「――さて、じゃあ俺らも移動しようか。カズマくんは車で来たの?」


「や、屋上パスして」


「俺と同じかー。んじゃ歩きか、面倒くさい」


「そうすか。んじゃ誰かの車借りましょう。俺が転がします」


 俺の言葉にカズマくんも安心したのか、少し緊張が解けたようだ。駆けつけた黒服に声をかけ、車の交渉をする。


「兄さん、車確保しました。こっちっす」


「はいよ」


 カズマくんの言葉に応え、そして俺たちは移動を開始した。



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