第四話 暁の魔眼 エピローグ

 疑問だったのはキャミィにタレコミがあった「俺を探している日本人女性」についてだ。後から夏姫と荊棘から聞いた話をまとめると二人はフィリピンでバッティング、荊棘が逃走したことでその場で戦闘なんてことにはならなかったものの、荊棘が俺を探していると直感した夏姫は俺の手がかりを探しつつ、荊棘も調査。荊棘が渡米の準備を進めていたことを知った夏姫はいつだったか俺にゲヘナシティの話をしたことを思い出し、ゲヘナシティへ向かった。


 一方で荊棘は独自のネットワークで俺らしい人物がゲヘナシティにいるとの情報を得てあの街へ。《パンドラ》へ直行し、そこで俺とかち合ったと。


 つまりマーケットで俺を探していた日本人女性というのは、荊棘に先んじて街に来たものの、俺の手がかりを得られず聞き込みをしていた夏姫のことだったわけだ。


 曰く「急に人気がなくなって、剣呑な雰囲気になったからもしかしてと思って」――それでスクリットと争う俺を見つけたらしい。本来ならあの街で聞き込みなんぞしようものなら住人じゃないと判断されて殺されるか犯されるか――多分両方だ――そんな末路を迎えるはずだが、探しているのは《色メガネフォーアイズ》の俺らしい、どうやら関係者のようだ――そんな感じで事なきを得たのだろう。やれやれ、それなりにマーケットの連中に恩を売っておいて良かった。


 ゲヘナシティを後にした俺たちは荊棘の伝手で運搬屋ポーターを雇ってイギリスへ。そこで俺と荊棘はこれまた治療屋を雇って傷を癒やし、しばし休養。特に重傷だった荊棘には必要だった。


 イギリスは初めて(俺もだが)という夏姫にせがまれて荊棘が寝込んでいる間に観光し、その後復活した荊棘の手引きで日本へと戻った。


 俺としてはすぐにでもT市の県に取りかかるつもりだったのだが、荊棘は先にFBIや市警の件を片付けると言った。仮にも相手は連邦捜査局――自分や俺が国際指名手配を受けないようにラビィの殺害やガソリンスタンドの爆破は必然にして必要だったと証明するらしい。




 そんな訳でしばしの日常を手にした俺は、夏姫と連れ立って約一年ぶりに天龍寺家を訪れた。




「兄さん、兄さん――!」


 夏姫が家に着く前に連絡を入れたせいで、天龍寺家の前にはカズマくんと懐かしい《スカム》の黒服連中が並んで待っていた。中央にいたカズマくんが、俺の顔を見るやいなや半泣きで駆け寄ってくる。


 俺はその駆け寄ってくるカズマくんの鼻っ柱をぶん殴った。カズマくんは鼻血を吹いて仰向けに倒れる。


「ちょ、あっくん!?」


 夏姫が非難めいた声を上げるが、当のカズマくんがそれを制し、


「いや、姉さん。お叱りはもっともなんで――」


「だってさ――なあカズマくん、俺夏姫ちゃんを頼むっつったよな? ちゃんと守ってやってくれってことだよ――それがなんでこうなってんだよ、おい」


「うっす、すみませんっす」


 カズマくんが地面に正座する。今度は蹴たぐってやろうとすると、俺とカズマくんの間に夏姫が割って入る。


「私がカズマくんとシオリさんに頼んだの! カズマくんは渋ったんだよ、あっくんと約束してるからって――でも私が無理矢理鍛えてくれって――カズマくんが私に逆らえないの知ってるでしょ?」


「や、兄さん。俺が姉さんに兄さん追って欲しくて自発的に」


 ……まあ、どっちの言い分もわかるし、元を正せば俺が出て行ったからだけど。なんか腹立つな……


「……やれやれ、《スカム》の会長が鼻血吹いて路上で正座なんて笑えないんだよ。中入ってやりな」


 カズマくんをどうしてやろうかと悩んでいると、黒服連中を割って妙齢の女が出てきた。シオリだ。


「お帰り、アタル」


「お帰りじゃねえよ、あんたにも頼んだだろ。何してんだ」


「そんなにお嬢が大事なら首輪つけて自分で管理してりゃあ良かっただろ? それにアタシの飯の世話をしてくれてるのはあんたじゃなくてカズマなんでね。お嬢の気持ちもわからんでもないし、そりゃあ何を優先するかって考えたら、ね」


 シオリが何故か高圧的に俺にそう告げる。ちっ、どいつもこいつも……


「……肘、治したんだってな」


「ああ。まあ完全にとはいかないけど、悪くない。カズマと旦那の手足として働けてる」


「そうか」


 それなら、まあいい。


 夏姫の方は半泣きで俺を通せんぼするようにカズマくんを背中に隠している。涙腺が脆いやつばっかだな。


 ……仕方ないな。


「カズマくん。鼻、折れた?」


 尋ねると、カズマくんは自分の鼻に触れる。まあ出血で服が真っ赤だ。折れてるとは思うが――


「あ、はい。ぐにゃっといってます。痛いっす」


 だろうな。


「それ、治癒能力者ヒーラーに言って治しとけ。そんでシャワー浴びて着替えてこい。兼定氏に挨拶したらどっか飯行こうぜ」


「! うっす!」


「俺日本円持ってないからカズマくんの奢りな」


「うっす! 肉でも寿司でも、なんでもお供するっす!」


「……あっくん……」


「うん。まあケジメは必要だからさ。さ、はやく兼定氏に挨拶しようぜ」


 俺のためにも、カズマくんのためにも。そう言うと夏姫はにっこり笑って、俺の腕に抱きついてくる。


「うん!」




「よう、爺さん」


 兼定氏の私室を尋ねると、ソファに腰掛けて新聞を読んでいた兼定氏が顔を上げる。


「うむ、戻ったか。息災か?」


「まあね。爺さんも元気そうだ」


 夏姫には二人で話があると言って遠慮してもらった。招き入れられる前にずかずかと兼定氏の部屋に上がり込み、厨房(この屋敷の台所は台所というより厨房と呼ぶべき造りなのだ)から見繕ってきたペットボトルの一つを彼の前に置く。隻腕の彼がその異能――念動能力サイコキネシスで難なく開封するのを見て、俺も彼の正面に腰を下ろした。


「……夏姫ちゃんのこと、悪かったな」


 告げる。俺以上に夏姫に異能犯罪に関わらせたくなかったのはこの兼定氏だ。夏姫が力をつけて――一人で他国の異能犯罪者が巣くう都市を歩いてまわれるようになってしまったことに憤りを感じていないわけがない。


 先のカズマくん同様、彼からケジメをとってもらって、あるいは指の一つも落とすつもりで訪れたのだが――しかし兼定氏は声を荒げることさえしなかった。


「よい。お前がいなくなって、あれは随分しょげてしまってな。だがカズマとシオリに師事し始めて前のように明るくなった。どうやらもうお前がいないとダメらしい」


「……爺さんの言葉に甘えてないで、あの後すぐにこの家を出るべきだったな」


 あの後――かつて当時の《スカム》の敵対組織から夏姫ちゃんを助けた後、爺さんの厚意で俺はしばらくこの屋敷に食客として厄介になった。あの時期がなければ、あるいは――


「それでも手遅れだったろうさ。お前があれの命を救ったときにはもうこうなるようにできてたんだろう」


「……悪かったよ。大事な孫娘をさ」


「そう思うなら今後も構ってやってくれ。もう割り切った。全うに老いていくより、何があってもお前の傍にいるほうが夏姫にとって幸せなのだろう」


「無茶を言うなよ。孫娘を犯罪者にしろって?」


「もう手遅れだしな。ところで聞いたぞ。公安と手を組むって?」


 兼定氏の声音が鋭くなる。夏姫ちゃんから電話か何かで聞いたんだろう。


「ああ。その為に戻ってきた。フィリピンで敵ができて――その残党がT県で好き放題してるんだってさ。そいつにお灸を据えてやらなきゃならない」


「公安が手を焼く連中か――勝算は?」


「あってもなくても叩き潰すさ」


 俺の返答に兼定氏が笑う。


「お前らしいと言えばお前らしいな。夏姫はどうする?」


「……正直迷ってるよ。ここで待ってもらっていた方が気は楽だけど、なんやかんや理由をつけて追って来られてもたまらない。だったら最初から連れて行った方がいいのかな、とか」


「もう夏姫のことは儂がどうこう口を出す理由もない。よく考えて自分で決めろ。ただ、なるべく泣かしてやらんで欲しい。もうあれの泣き顔は見たくないでな」


「……わかったよ」


「うむ。さあ、夏姫を呼んできてくれ。久々に儂も顔が見たい」


「うん」


 俺は兼定氏にそう言われ、リビングにいるはずの夏姫を呼んでくるため立ち上がる。そしてやはり一度聞いておこうと思って――


「……なあ、爺さん。一応ケジメとかって」


「お前がカズマにそうしたように殴れって? いらんわ。老いぼれに無理をさせるな」


「よく言うぜ。《スカム》の創始者がよ」


「いいから早く夏姫を呼んでこい」


 兼定氏はそう言って、俺を追い払うように手を振る。怒らせないうちに呼んでこようか。




   ◆ ◆ ◆




 兼定氏との挨拶を終え、カズマくんや夏姫と飯を食いに出かけ(久しぶりの日本での食事はマジで美味かった。食べ物なんて栄養が取れれば良いと思っていたが、どうやら思っているより日本の食文化に愛着があるようだ、俺は)、そしてカズマくんから受け取った鍵で俺と夏姫は久しぶりに夏姫のマンションに戻った。


 最後に見た光景となんら代わらない――そりゃそうだ、俺は一年ぶりだが、夏姫は一月ほど前まではここで暮らしていたのだ。


 部屋に上がる俺に、先んじて部屋に上がっていた夏姫が微笑んで――


「お帰り、あっくん」


「……うん、ただいま」


 そう返すと、夏姫は笑顔のままボロボロと涙をこぼす。


「夏姫ちゃん――」


「……ただいまって言った。もうどこにも行かないよね?」


「――……それは約束できないけど、ここが俺の帰る場所なんだなーとは思ったよ」


「あっくんは相変わらずだ」


 そう言って夏姫は俺の胸に顔を埋める。


「ただ『うん』って答えてれば、抱かせてあげても良かったのに」


「抱くって……夏姫ちゃんにしては随分直接的な」


 いや、そうでもないのか――一年前の別れ際、夏姫は自分の気持ちを口にしている。そしてそれは今も変わっていないのだろう。ゲヘナシティで再会してからこっち、夏姫の態度を見ていればそれはわかる。


 俺はそんな夏姫の肩を抱こうとして――


「さ、お家久しぶりだしお掃除しないと」


 夏姫は俺からすいっと離れていった。


 ……あれ? スキンシップのおねだりじゃなかったのか?


 思わず胸中で首を傾げると、夏姫がぱっと振り向いて、


「ここであっくんに重大発表があります」


「え? うん、なに?」


 尋ねると、夏姫はどこか寒々しい笑顔で――


「私は一年前、泣いて縋る私を置いて出て行ったあっくんを許してません」


 ……………………お、おう。そうか。


「でも、離れていた間も私のことを想ってくれてたみたいなので基本的には許してあげます」


「……基本的?」


「うん。私の気が済むまでペナルティを受けてもらいます」


「はあ。まあいいけど」


 夏姫らしいっちゃ夏姫らしい。


「私は好きなときにあっくんにベタベタするけど、あっくんが私にお触りするのは禁止です」


 ……………………


「……夏姫ちゃんの気が済むならそれでいいけど」


 いや、まあ、うん。もともと夏姫に手を出したことはないし、別に今まで通りっちゃ今まで通りだ。女が欲しい時は買ってた訳だし、夏姫が気分で甘えてくるのも一緒。別にペナルティってほどのことでは――


「あとカズマくんにお願いして《スカム》系列の大人のお店は出禁にしてもらったから」


 え?


「え?」


「あっくんの見た目じゃ《スカム》系列じゃないと大人のお店入れないもんね? エッチなことしたくなったら私に手を出すしかないね?」


「……それはペナルティで禁止なんでしょ?」


「特例として、あっくんがどうしても我慢できないときはアリとします」


 ニヤリと夏姫が笑う。ああ、つまりどうしても自分に手を出せと。そういうことか。


 ……………………


「夏姫ちゃん」


「ん?」


「可愛いだけじゃなくなったね?」


「でしょ? がんばったんだから」


 そう告げると、夏姫は楽しそうに笑った。





※第四話『暁の魔眼』、お付き合いいただきありがとうございました!


次回第五話は秋の間に公開できればと思ってます。また舞台は日本に戻る感じです。


よろしくどうぞ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る