第五話 心の在処 プロローグ


 日本に戻って二日目の夜――昨日に続き、俺は夏姫とカズマくんの三人で《スカム》系列の焼き肉屋を訪れていた。そりゃあカズマくんには驕れと言ったが、だからって自分の組織の店に連れてくることはないだろうに。




 まあ、余所の店で俺と夏姫に食わせたいだけ食わせてスマートに会計するカズマくんなんてカズマくんらしくないけど。カズマくんは俺や夏姫に頭が上がらないくらいで丁度いい。




 その焼き肉屋の個室で、夏姫はどこか嬉しそうに店員が運んでくる肉を焼き、俺やカズマくんに取り分けている。俺が知っている夏姫はこういう女の子だ。改めて見る夏姫のらしさ・・・が新鮮に思える反面、隙あらば俺に集ろうとしてきたゲヘナシティの連中(全員がそうだとは言わないが)を早くも懐かしく感じる。




 そんな中、(運転手なので)酒を呑んでいないカズマくんが素面のくせに管を巻いた。




「で、そのマックスさんとかっていうお兄さん――腕の方は立つんすか?」




 ゲヘナシティの暮らしを聞きたがったカズマくんにいくらか話を聞かせてやった中、どうもカズマくんはマックスの奴が気になるらしい。確かにパワフルでタフな男だったが。




「腕が立つ、にも種類があるだろ? なんつーか、派手な荒事じゃ頼りになるよ。海兵上がりで銃器の扱いはお手の物だし」




「へ、へぇー……当然ステゴロもイケるんすよね? 俺とどっちが強いっすか?」




 短めに刈った金髪が厳ついカズマくんは、見た目こそ華奢なチンピラに見えなくもないがこう見えて相当な実力者で、この街の異能犯罪界隈を牛耳る犯罪組織スカムの会長だ。




 対してゲヘナシティで俺をブラザーと呼んだ筋肉自慢のタフガイことマックスも世界最凶と名高い犯罪都市・ゲヘナシティでアンタッチャブルの一人に数えられる顔役。




 実際どっちが強いかはやらせてみないとわからない。




「どうだろうな。どっちの能力も初見殺しだしな……平で殴り合ったら互角くらいじゃない?」




「俺とタメくらいっすか」




 俺がそう言うと、カズマくんは複雑そうな顔で――




「――まあ、俺と張るならマックスさんをアメリカでの兄さんの相棒として認めるっすよ」




「なぁに、それ」




 苦々しい口調で言うカズマくん。そんな彼を面白がるように笑ったのは夏姫だ。




「カズマくんのそれ、どこ目線なの?」




「だって姉さん、兄さんの相棒と言えばこの俺じゃないすか! でも実際アメリカで兄さんの傍にいたのは俺じゃなくてそのマックスさんとやらで――それが半端な腕なら認められないすけど、まあ、俺と張るなら認めざるを得ないっつうか」




「――だそうですよ、兄さん? カズマくんはあっくんに他の相棒ができて悔しいって」




 夏姫がふざけてそんな風に言ってくる。




「面倒臭い女みたいなこと言うなよな」




 不満げな顔を見せるカズマくんにそう言うと、今度は隣の夏姫が雰囲気を変えた。




「あっくん、アメリカでそういう面倒な女と付き合ったりしてたの?」




「いや、ないよ!?」




 即答。俺の反応が面白かったのか、カズマくんがぶっと吹き出す。




「――んだよ、なんか文句あるのか」




 睨みつけてやると、カズマくんは泣きそうな顔になった。




「そうやってカマしてくるのはずるいっすよ、兄さん」




「元はと言えば面倒なことを言い出したカズマくんが悪い」




「そんなぁ」




「ほら、カズマくんだって久しぶりにあっくんに会えて嬉しいんだよ。あんまりいじめちゃ可哀想だよ」




 夏姫がカズマくんに睨みを効かせる俺にそんな風に言う。カズマくんをぞんざいに扱う俺を、夏姫が窘める――日本を出る前にはこうしたやり取りがよくあった。帰ってきたんだなと改めて実感する。




 だが、懐かしんでばかりもいられない――そもそも俺が日本を出たのはかつて公安の異能犯罪捜査官・荊棘おどろ蜜香を半殺しにし、その咎で公安から追われることを想定したからで――そして戻ってきたのもその荊棘おどろと新たに司法取引をしたからだ。




 その取引とは、T県T市で暗躍する不法入国した異能犯罪者たちを撃滅すること。




 これを遂行することで、俺はまっさらな戸籍を用意してもらえる、らしい。それが成されれば公安が俺を追う理由もなくなり、表向き一般人になることで公安の捜査や荊棘おどろの個人的な復讐も避けられる――とのことだが。




 そもそも俺はこの取引に応じるつもりはなかった。俺の犯罪歴がリセットされたところで、荊棘おどろが俺への復讐に踏み出すかどうかは奴の腹次第だ。




 それでも応じるつもりになったのは、戸籍を持たない俺が戸籍を手に入れ、新たな人生を拓けるというメリットを得る為ではない。それはそれで手に入るのならいらない訳じゃないが、それよりもそのT市で暴れているという犯罪者が俺の個人的な敵である可能性があったからだ。




 荊棘おどろから聞いた異能犯罪者の情報が俺の敵の特徴と一致する。奴がまだ生きているのなら俺の手で葬らなければならない。




 ――と、考えていたことが顔に出たのか、夏姫もカズマくんも箸を止めて俺の顔を覗き込むように見ていた。




「……なんだよ、食えよ二人とも」




「自分の奢りみたいな言い方だー」




 戯けたように夏姫は笑い――しかしカズマくんの方は誤魔化そうとせず、ずばり言ってきた。




「――で、そのT市にはいつ行くんすか」




 日本に戻ってきた事情はもうすでに話してある。司法取引についても。カズマくんに問われ、俺は隠さずにありのまま答えた。




「まだわかんないよ、荊棘おどろ次第だし」




 奴は今、ゲヘナシティで連邦捜査局FBIのエージェントと揉めた件の後始末に奔走している。それが終わり次第、合流してT市へ出張ることになる予定だ。




 答える俺に、続けてカズマくんが言う。




「予定決まったらなるはやで教えてくださいっす」




「なんで」




「なんでって、そりゃあ俺だって今は一応立場あるっすから、体空けるには準備しないと」




 ……? ああ、そういうことか。




「カズマくんは連れてかないよ」




「ええっ!?」




 カズマくんが言いたいであろうことを先回りしてそう答えると、当のカズマくんは意外だとばかりに驚く。




「なんでっすか? そんなやべえ状況のとこ乗り込むのに兄さん一人で行かせられないっすよ」




「なんでもなにもこの件に《スカム》関係ないし」




「いや俺だって《スカム》は関係ないと思うっすよ。ただ俺は兄さんの弟分として――」




「俺もカズマくんのことは弟分兼友達だと思ってるけど」




「だったら!」




「――誰か忘れてないかな、カズマくん?」




 挑戦的な口調で言ったのは夏姫だ。




「姉さん!」




「今や戦えるリニューアル夏姫になった私がいるもん。あっくんの相棒は私だよ、カズマくんに譲る席はなくなった、かな」




「兄さんを探せるように鍛えてあげたじゃないっすか!」




「そうだね。そして今じゃ能力なしの平ならカズマくんにもそうそう負けないよ、私」




「ぐぅっ……!」




 勝ち誇る夏姫。拳を握りしめ本気で悔しがるカズマくん。そうそう負けないと言うか、能力なしではシオリとカズマくんを同時に相手にして引けを取らないって話だ。俺もその真価は目にしていないものの、片鱗は目にしている。確かに夏姫は情報戦だけでなく、殴り合いでも頼れるようになったようだ。




 しかし。




「あっくんの相棒は私だよ、カズマくんにだって譲らないんだから!」




「いや、夏姫ちゃんも連れてかないけど」




 打ちひしがれるカズマくんに追撃する夏姫。その夏姫に告げてやると、彼女は勝ち誇った表情から一転、捨てられた子犬のような目で俺を見る。




「なんで!?」




荊棘おどろがいるから」




 端的に答えると、夏姫は半泣きで叫ぶように言った。




「あっくんの浮気者!」




「は? 違うよ、そうじゃない――つうかよりにもよって荊棘おどろ相手に浮気を疑うのかよ。勘弁してくれ」




 異能犯罪者を殴って悦ぶような奴と浮気を疑われた。俺はどんなだと思われてるんだ……あいつと寝るくらいなら男色家に身売りするほうがなんぼかマシ――いやそれはないか。中身はゲロ以下のクソだが、見た目は性格に反比例してすこぶる優秀だからな、あいつは。




「だったら――」




 食い下がる夏姫に説明する。




「大所帯で行く意味がない。T市の異能犯罪の鎮圧っても、やることは主犯連中の暗殺だ。むしろ大人数は向いてない。俺と荊棘おどろで十分だ」




「暗殺なら俺、向いてるじゃないすか」




 得意げにカズマくんが言う。カズマくんの異能は《忍び隠れるハイド・アンド・シーク》――確かに暗殺向きの異能ではあるが――……




 実を言うと、この件に夏姫やカズマくんを同行させたくないのは、相手の特異性にある。




 なにせ、奴はフィリピンで俺がこの手で殺したはずだ。そいつが生きて、この国にいる――不死の異能なんてにわかには信じがたいが、そんな難敵の前にこの二人を連れて行く気にはなれない。




 それを正直に伝えれば二人はますますついてくると言うだろう。そんな危険な仕事ならなおさら、と。夏姫についてはゲヘナシティまで俺を探しに来たくらいだ、放っておけば勝手についてくるかもしれない。それなら目が届くように最初から連れて行った方がいいのかとも考えたが、やはり連れて行きたくないというのが本音だ。




 さてどうやって誤魔化そうか――そんなことを考えていると、店員が新たな肉を運んできた。




「あ、夏姫ちゃん。焼いてよ」




「誤魔化し方が雑!」




 文句を言う夏姫だが、それでも肉は焼いてくれる――取りあえず問題を先送りにできた俺は、胸中で胸をなで下ろして食事を再開した。





※魔眼の超越者 第五話更新開始です。


完結まで毎日更新します、よろしくどうぞ!



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