第5章 暁の魔眼 ③

 勝ち誇る彼女に、私は笑いかける。


「いやあ、まだまだこれから。この危機的状況に私の素質が覚醒して体現者に――目覚めた新たな力で君を圧倒して大団円、というシナリオなんだ」


「馬鹿馬鹿しい――と言いたいところだけれど、さっきはあなたの挑発にのってこの状況からやられたからね。もう油断はしないわよ」


 彼女はそう言って一歩離れ、私の顔に銃口を向ける。足は掬わせないと、そう言いたいわけだ。


 周囲に視線を走らせて状況を把握する。アタルくんは交戦中――こちらの状況は見えているようだが割って入るつもりはなさそうだ。これが私じゃなく天龍寺夏姫なら形相を変えて助けにくるんだろうけれど、これでいい。協力ならまだしも借りを作ってしまえば、いつか彼の拳を受け、それを百倍返しにする時にうっかり手加減して十倍返しぐらいで留めてしまいそうだ。それは愉しくない。


 天龍寺夏姫は慌ててこちらに駆けだそうとしている。ふん、いけ好かない――私と君はそんな関係じゃないだろう。でも、それでも動くのが君なんだろうね。アタルくんもそんな君だから気に入ってるんだろうな。理解はできるが、私には打算がなければできそうにない行動だ。


 ――だが、本当に天龍寺夏姫が割って入り彼女と敵対すればアタルくんが黙っていない。それはちょっと計算が違ってしまう。


 私は人差し指と親指で拳銃の形を作り、それを天龍寺夏姫に向ける。彼女はびくりと反応し、足を止めた――良い子だ、それでいい。


 天龍寺夏姫が足を止めたことを確認し、その手のピストルを異常者に向ける。


「……何の真似? まさか都合良くセカンドスキルが覚醒したとでも言いたいわけ? それとも何か奥の手でも?」


「勘がいいじゃないか。たった今能力進化を成し遂げたよ。私はデュアルスキラーみたいだ。セカンドスキルは――そうだね、《銃はここに在るバレット・オブ・ファンタズム》とでも名付けようかな。過去に撃ったことがある銃撃を再現する能力さ。私の好みじゃあないけれど、銃を持ち歩かなくていいのは便利だねぇ」


「つまらない遺言ね? 一度だけならやり直しても良いわよ?」


 私の言葉に彼女は嘲笑を浮かべる。やれやれ――学習しない女だな。油断しないと言った口でよくもまあ。まだ舌の根も乾いていないだろうに。


BANGバン


 手のピストルで撃つ真似をする。沈黙――


「――ハハハハハ! 滑稽ね! 最後の抵抗がそれ? あなたには随分苦しめられたけど最後に笑わせてもらったわ! その死に様、仲間と後世に語り継いで――」


 私のそのジェスチャーに高笑いをする彼女――そしてそれに割り込む銃声。放たれた弾丸が彼女の銃を持つその手を貫く。


「ぐぁあああっ!」


 右手を貫かれた彼女が悲鳴を上げる。舞う血風――アタルくんから借り受けたガバメントの弾丸は.45ACP弾――対人体破壊力が9ミリ弾より高い。手から血を滴らせた彼女は膝をつき、ゆっくりと体を起こす私を睨みつけ――


「一体何が――まさか本当にセカンドスキルが――」


「はっはっは。嘘に決まってるだろ? そんな都合のいい偶然があるわけない。そんなことが私の身に起こるなら無神論者の私でも神の存在を信じるよ」


 立ち上がった私は背後を指し示す。彼女は目を見開いた――彼女自身が蹴り飛ばしたガバメントが、まるで意志を持っているかの如く地面で自立してその銃口から硝煙を吐いている姿を見たのだろう。


 いや、まあ自立しているわけじゃないのだけれど。蹴り飛ばされた際に巻き付けた髪で操っただけ――《パンドラあの店》で見せた《貪食グレイプニル》を使った手品だ。


「奥の手は最後までとっておけとは言うけどね、今回は最初に見せちゃったんだよねぇ。でもまあ、最初に最後のカードを切ってるとは思わないだろう?」


 髪を操作して銃を手元に引き寄せる。同時に能力を解除するまでもなく《貪食グレイプニル》は制御を失った。やれやれ、本当にギリギリだったな。


 彼女の方も打ち止めのようだ。瞬間移動テレポートで逃げる素振りは見せず、自分の足で逃げようと立ち上がろうとしているが、体力も限界に近いのか中々上手くいかない様子。


 そんな彼女の額に銃を突きつけて――


「さようなら、超能力至上主義者スペシャルレイシスト超能力至上主義者お友達は見つけ次第地獄に送ってあげるよ――けど、今日のところはあなた一人だ。黄泉平坂は一人で往くんだね」


 そう告げる。


「――くたばれ、異常者が!」


 ……まあ、命乞いをしないのは潔いし、呪いの言葉を吐けるのは見上げたものだ。そんなことを考えつつ私はトリガーを引いた。




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