第5章 暁の魔眼 ④
◆ ◆ ◆
頭蓋骨が頑丈にできているのは、人体で最も重要な器官――脳を保護しているからだ。とは言え完全に保護できているわけではない。外部からの衝撃で頭部を強く揺さぶられれば中の脳は揺れ、いわゆる脳しんとうを起こす。その先には脳挫傷も。
それらを打撃によって最も効率良く誘発させる手段が顎を狙った攻撃だ。だがスクリットは顎を打たれたことによる脳への衝撃を減らすため、《
しかし頭蓋骨――そして《
だが確信した。《
あるいはラビィは荊棘が片付けるであろうこの状況なら持久戦に持ち込み、奴の援護を待ってもいいし、そう匂わせて焦ったスクリットの隙を狙って頸動脈をナイフでハスってやってもいい。他にもやりようはいくらでもある。
だが――それじゃあ俺の気が済まない。こいつの自信ありげなこの異能を正面から叩き潰さなければ。
「シィッ!」
スクリットが距離を詰め、右ストレートを放ってくる。それを躱しながら、俺はホルスターからグロックを抜いて捨てた。同様に予備のマガジンとナイフも地面に落とす。
「――あれ? 威勢のいいことを言っていたのに武装解除? もしかして降伏する気になったのかな?」
はっきりと殺意を纏ったスクリットが、地面に武器を落とした俺を見てそんな風に言う。
「お前を殺るのにこんなもの必要ないからな」
「アキラさんもハッタリが上手いね!」
ストレートを躱して重心が後ろ足に乗った所をスクリットがローキックを放ってくる。体ごと躱す必要はない。ましてカットで逃れることも――前足を出して足裏でスクリットの蹴り足を押える。
「なっ――」
「だから、目が慣れたって言っただろ。早く本気を見せろよ――」
そのまま前足でスクリットの腹を蹴飛ばして突き放す。
「じゃないともう殺すぞ」
「随分と張り切るじゃない――女の子の前で恰好つけたいのかな」
「お前のその喋り方――」
今度は俺の方から踏み込んで間合を詰める。
「――丁寧なようで相手を見下したその喋り方、鼻につくよ。恰好つける? 知るか――お前如きにチェーンを切っちまった俺自身にも腹が立つが、それを踏みにじったお前を惨めに殺してやりたいだけだ」
「如き、ね――超越者如きが体現者の僕に言ってくれるよ」
「超越者だとか体現者だとかどうでもいいんだよ」
スクリットの迎撃の肘をいなし、右の拳を握りしめる。
「お前が一番大事なものはてめえの命だろ? お前は俺の一番大事なものを踏みにじったんだ。俺もお前の大事なものを壊してやらなきゃ気が済まないってだけだ!」
セオリーは無視――拳を振りかぶり、叩きつける。狙いは鉄仮面。《
馬鹿な、まだ制限は先――限界は近くとももう何度かは使えるはずだ!
――過去に動揺して魔眼が制御できなくなったことがあることを思い出す。栞ちゃんの件でシオリと不意に再会したときだ。今回は頭に血が上りすぎて制御できなくなってるのか?
ともあれ、ブーストを得られなかった拳はただのテレフォンパンチだ。スクリットは俺の拳を躱し、カウンター気味にボディブローを放ってくる。ナックルを武装した拳が肋骨を貫いて肝臓を叩いた。
――!! これは――
思わず腰が落ちそうになるのを堪え、スクリットから離れるべくバックステップ。しかしスクリットは逃したくないようだ――俺に合せるようにステップインして着いてくる。
なんだ、今の攻撃は――《
「顔が青いよ、アキラさん――効いたかな? 惜しいな、もう少し角度が良ければ刺さったんだけど」
「――どんどん来いよ。その方が潰し甲斐がある」
「口が減らないね、アキラさんも。でもそんなに余裕見せてて大丈夫? さっきの攻撃はアキラさんにしては雑だったよね。なにか動揺するようなことでもあった?」
「……なんのことかわからないな」
突っかけてくるスクリットの追撃を避け、今度はこっちが反撃を差し込む。守勢からでは威力は半減するが、この密着状態なら可能は可能。打点をずらして効かせる打撃で同じくスクリットの肝臓を狙い――
「――っ!」
重心移動から震脚、打撃――その瞬間にスクリットは体当たりをするように肩を押しつけ、俺の首に手をかける。首相撲だ。そのままスクリットは俺を振り回そうとする。咄嗟に奴の腕を掴み、そこから体重移動を読んで崩そうとしてくるスクリットに抗う。気を抜けば一瞬で転がされそうだ。
「重心をコントロールできなきゃアレは出せないでしょ?」
耳元でスクリットが嗤う。
「試してみるか?」
この状況じゃ重心でタメを作るのは難しい――が、震脚だけでもある程度の威力を保って打点をずらす打撃は打てる。打てるが――決め手に欠ける。一撃で相応のダメージを与える事ができなければ転がされてかなり不利になるだろう。俺が倒れれば夏姫に危険が及ぶ。
魔眼さえ開ければそのブーストで脳や内蔵を壊してやれるだろう。何故さっきは開けなかった? 再び魔眼を開こうとして――そしてその手応えを得られない。
経験、感覚から魔眼はまだ使えるはずだ。だが開けない。腸は煮えくり返っているが戦況や己の状態を分析できる程度には冷静だ。異能もコントロールできるはず、なのに。
「――使いなよ、アキラさん。《
再びスクリットの声――その声音には嘲りの色が濃く出ている。
「……そうか、お前の《
スクリットの《
「一度観測した異能は僕の前じゃ使えないよ」
「……お前が体現者であるにも関わらず、ラビィが超越者の俺よりお前を下に見る理由がわかったよ」
膠着状態で告げると、スクリットは余裕を感じさせる声で――
「へえ? 後学の為に聞かせて欲しいな」
「――お前がてめえの異能をひけらかして獲物をいたぶりたいチンピラだからだ」
「チンピラ――僕が? はは、じゃあこの街の人間は全員チンピラ以下ってことだね。アキラさん、あなたも――」
言葉の途中で
「そのチンピラ以下に負けるんだ」
そして、とうとう崩される――膝蹴りを防御しようとして踏ん張ったところを狙われた。軸足を刈られ、そのまま捻るように投げられて――
大きく体勢を崩され、それを整える間もなくサッカーボールキックが飛んできた。
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