第5章 暁の魔眼 ①

「……酷くやられたね、ラビィさん」


「うるさい! あのクソ女には手を出さないで。私が殺す!」


 現われたラビィにスクリットが声をかけると、ラビィは声を荒げて殺意を剥き出しにする。


「女って――どっちかな。まあ状況的にあっちの子じゃないと思うけど」


 そう言ってスクリットが示したのは夏姫だ。ラビィは夏姫にちらりと目を向け、


「知らない顔だわ。殺すも犯すも好きにしていいわよ」


「――FBIの言葉とは思えないなぁ……それにそれは下策だよ。あの子は彼の大事な人なんだ。この国に二人目の破壊神を召喚するつもりかい?」


 よろよろと立ち上がった荊棘がそう言うと、ラビィは改めてスクリットに、


「それは都合がいいわね。人質に取って彼をコントロールしなさい」


「言うは易しって言うよね」


「――返事は?」


「……はいはい、引き受けましたよ。というわけでさっきのお礼はできそうかな」


「私を人質に? してもらおうじゃない――私だって気が済んでないんだからね!」


 スクリットの挑発に夏姫が乗せられて声を荒げる。


 ……俺は蚊帳の外ってわけか。俺は自分が主役じゃないと気に入らないタイプではないと思うが――


「夏姫ちゃん。夏姫ちゃんはさっき礼をしたろ? 俺はまだ奴にチェーンそれを踏まれた礼をしてないんだ。俺にやらせて欲しい」


「――! う、うん。わかった……」


 俺の気持ちを察してくれたのか、夏姫は頷いて俺たちから離れていく。


「荊棘ももういい。下がってろ。俺がまとめてねじ伏せる」


「おお、それは頼もしいねぇ――けどごめんね、アタルくん――今回の件とは別件で彼女は私の敵だってことが判明したんでね。彼女のお片付けは私の仕事だ」


「そうか――あんたが死んでもT市の件例の件は勝手にやるから安心して死んでこい」


「辛辣ぅ。もしかして機嫌が悪いのかな」


「かなりな――お前、銃は?」


「それが落としてしまってね。ウィリーでバイクから振り落とされたのは想定外だったんだよ、あの時にね――ああ、君を責めてる訳じゃないから、これっぽっちも気にしなくていいからね? そんなことで動揺してせっかく入手した銃を取り落としたのは私が未熟だからさ」


 クソが。なければないとだけ言えばいいんだよ。


 俺はカルロスから受け取った銃とマガジンを荊棘に投げ渡し、


「使え」


「なんだか催促したみたいで悪いなぁ。彼女を殺ってしまっていいのかい?」


「あんたの敵なんだろ? テメエでケツが拭けるなら好きにすれば良い――夏姫ちゃんに手ぇ出さすなよ」


「仰せのままに」


 荊棘は大仰にそう言うと、マガジンを確認、スライドを引いて――


「やあ、計らずともご主人様から許可が下りてしまったよ。決着を着けようか、レディ。あなたが死ぬか、私が死ぬか――」


「――あんたはこの世界に必要無い!」


 二人とも余力がさほどないのだろう――異能は温存するつもりらしく、荊棘とラビィは互いに吠えて間合を詰める。


 スクリットは仮面をしていてもわかるほど敵意のこもった目を俺に向けていた。


「……アキラさんてそういう人? 女の人が出てきたら急に恰好つけるじゃない。話に聞く《魔眼デビルアイズ》はもっと孤高って感じの印象だったんだけど、なんかがっかりだな」


「予想外の出来事に理解が追いつかなくて少し混乱したけどな――」


 言葉の途中でスクリットに対して踏み込む。大した技術じゃない――足首から下だけを動かして体を捌くすり足に似た歩法だ。だがムエタイにはない技術だろう――急に間合を詰められたスクリットはぎょっとするが、遅い。


 力一杯握った拳を、スクリットの顔面――顔を覆う鉄仮面に叩きつける。


「ぐぅっ――!?」


「――お前がルールを犯した時点でもう俺はその気になってるんだよ。その上夏姫ちゃんに礼だって? 冗談じゃない」


 たたらを踏んで後退るスクリットを歩いて追う。実際に奴が『殺してください』と懇願するまで痛めつけてやるつもりはない。時間をかけて――この街に夏姫がいる時間を長くするつもりはない。彼女にそんな危険を冒させたくない。夏姫を連れて一秒でも早くこの街を出る。


 その為にスクリットを殺す。夏姫の思い出を踏みにじったこいつを許すつもりはない。


「後悔しろよ――あれを踏みにじったことをな」


「驚いた――まさかただ無策で殴ってくるなんて。手、痛くないの?」


 なおも殴ろうと迫る俺に対し、スクリットが身構える。洗練されたムエタイの構えだ。


「無視? 酷いなぁ――もっと楽しもうよ」


 スクリットが上段を蹴ってくる。こいつも荊棘と同じタイプか――いや、違うな。こいつは荊棘と違い、自分は傷つかないよう、相手を痛めつけるのが好きなタイプだ。異能がそう物語っている。荊棘の趣向も褒められたもんじゃないが、こいつのそれは荊棘より趣味が悪い。


 眼前に迫るハイキック――上体を反らしてスウェーで躱す。


「なっ――」


 続けて逆の蹴り――そいつは屈んで躱す。蹴り脚が後頭部のすぐ上を薙いで行く。風を切る凄まじい音が耳に届くが、当たらなければ扇風機と変わらない。


「目が慣れたよ、それは」


「くっ――」


 足技では回転が間に合わないと判断したか、スクリットはジャブを刻んで来る。ヘッドスリップで躱すと今度は肘を被せてきた。さすがに鋭い――回避が間に合いそうにないため軌道に腕を割り込ませてブロックする。骨まで衝撃が走る痛打――肘にも補強が入っているらしい。威力を考えたらこれが本命でもおかしくない――それほどの威力。


 正直かなりハイレベルな相手ではある――……だけど。


「速くて堅いってだけじゃ北区のトップスリーにはなれない――まだ底があるんだろ? 見せてみろよ。お前の全てをねじ伏せてやる」


「言ってくれるなぁ。僕はアキラさんを殺せないんだよ?」


「良かったな、その言い訳ができて――薄っぺらいプライドを大事にしろよ」


「……なんだって?」


 構えは崩さないまま、スクリットの動きが止まる。


「だってそうだろ? お前が俺より上ならラビィが俺にこだわる理由はない。てめえが役に立たないのを知ってるから、ラビィは俺が欲しいんじゃないか?」


「……ラビィさんはアキラさんのまだ覚醒してないセカンドスキルに興味があるんだよ。それは僕も理解できる。アキラさんのセカンドスキル次第じゃFBIにとってアキラさんは僕より価値があるかも知れない――それだけさ。強い弱いの話ならアキラさんは明確に僕より下だよ」


「いいペラ回しだ。弱い奴は得意だよな、それ」


「――……アキラさんに自殺願望があるなんて知らなかったよ」


 スクリットの声に殺気がこもる。


「――スクリット!」


「ラビィさん、ここで死ぬようならどうせ役に立たないよ――その時は僕が彼の分まで働けばいい話だ」


 ラビィがスクリットに檄を飛ばすが、スクリットの腹は決まったようだ。もう纏っている空気が違う。


 それでいい。本気のお前をねじ伏せてやらなきゃ借りを返したことにならない――……




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