第4章 ギャングとカルテル ⑤

「おい兄弟」


 ガレージから出て車――フィアットの方だ――に乗り込みながらマックスが言う。


「『あんたの気が変わることを祈ってる』――じゃねえよ! なんとかしねえとこのままじゃ戦争だ」


「あの場じゃああ言うしかなかったろ」


 運転席に乗り込みながら答える。エンジンを始動させ――


「とりあえず《ロス・ファブリカ》に行こう」


「『《モンティ家》が健在とわかれば無理して攻めようとは考えないはずだ』――だったか? 大した推察力だぜ」


「うるせえよ。思ってたよりバカなのか、それとも野心に溢れてるのか――どっちもかも知れないけど。《ロス・ファブリカ》はそうじゃないといいけどな」


「《ロス・ファブリカ》のボスはなんつったっけか」


「ええと――ジャレドだ。ジャレド・クロード・アスナール・テハダ」


 俺はキャミィから聞いた奴のフルネームを答え、車を発進させる。


「けど《ロス・ファブリカ》に行く意味ってあるか? 《グローツラング》が退かないんじゃ《ロス・ファブリカ》だって退かないんじゃないか?」


「それが場合によっちゃそうでもない」


 ハンドルとアクセルを操作しつつ、俺。


「どういうことだ?」


「連中のシノギはなんだ?」


「言うまでもねえ。麻薬カルテルが麻薬以外で商売するかよ」


「まあ、そうな。じゃあ《グローツラング》は?」


「……銃と車と麻薬だろ」


「そこだ」


 パチンと指を鳴らしてやる。


「クスリを商売にしてるのはカルテルだけじゃない。《グローツラング》のクスリの扱いはカルテルほどじゃあないがギャングの中じゃトップクラスだろ。《グローツラング》が潰れればそのロス・ファブリカが食い込める――《モンティ家》と《グローツラング》が潰し合えば《ロス・ファブリカ》は何もしなくても客が増えるってわけさ。《グローツラング》が退かなくても、《ロス・ファブリカ》が退くって可能性はゼロじゃない」


「……《ロス・ファブリカ》が退いたところで《モンティ家》と《グローツラング》の抗争は止らねえだろ?」


「まぁな。けどビーチェがギャングとカルテルを止めてくれって言ったのはゲヘナシティの内乱化を防ぎたいからだろ? もう《グローツラング》は止らない――なら《グローツラング》を押し戻して《モンティ家》を存続させる。海路の支配権が《モンティ家》にあれば軍が介入してくるような事態は避けられる」


「……《グローツラング》とやり合うつもりか?」


 驚いて尋ねてくるマックスに答える。


「ああ。だから《ロス・ファブリカ》が退いてくれるなら助かる。的を一つに絞れるからな」


「……《ロス・ファブリカ》も退かなかったら?」


「やることは変わらないよ。両方押し戻す。海路を諦めさせて東区から撤退させる。連中を手引きしたマフィアは《モンティ家》に任せるさ」


「……兄弟、マジで言ってんのか?」


「なにも壊滅させようってわけじゃない、抗争中に指揮を執れる――ボスや側近を潰せば撤退せざるを得なくなるだろ」


「……ヴィンセントを殺るつもりか?」


「ああ、場合によっちゃジャレドもな」


 俺がそう言うとマックスは呆れた様に、


「最初に無理だって渋ってたのはなんなんだよ」


「簡単じゃないのがわかってたからな。でも他に方法がないんじゃ仕方ない」


「――そんなランチのメニューを決めるみてえにこの街のビックボスを殺すなんて言うとは思わなかったぜ」


「ビーチェと約束したからな」


 そんな風に言ったところで――背筋に冷たいものを感じる。バックミラーを見ると黒いキャデラックが俺たちの車を追うように猛スピードで迫ってきていた。


「マックス、後ろ」


「あん?」


 俺の言葉にマックスは振り返り――


「くそ、行きがけに揉めた連中に見つかったか?」


「いや、あんなチンピラが乗り回せるような車じゃないだろ。《グローツラング》のヒットマンじゃないか?」


「あの野郎! 無事に帰すとか言ってたくせに!」


「ガレージからは無事に出れたろ――帰り道まで保証するとは言ってなかった」


 勘でハンドルを切る同時にサイドミラーが弾け飛んでいった。


「畜生、撃ってきたぞ!」


「わかってる。《グローツラング》は本気だってことさ――運転代ってくれ」


 憤るマックスに告げて、俺は開けた窓から出て車の上に登る。


「おい兄弟――」


「急ブレーキも急ハンドルもなしだぞ。吹っ飛ばされちまう」


 言いながらバックサイドホルスターから銃を抜き、魔眼を開く。


 俺の異能、《深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》の効果で世界が遅滞する。その世界の中で俺の目が捉えたのは追ってくるキャデラック――その車内だ。運転席に一人、助手席も後部座席も空――なら射手はドライバーだけだ。


 真っ黒いサングラスをかけたドライバーが大口径の拳銃を俺に向ける。俺も銃を構え――


 ――今。


 ドライバーの指が引き金を引こうとした瞬間を捉え、一瞬早く引き金を引く。俺が放った弾丸は狙い通りの軌跡で的――ドライバーが持つ拳銃の銃口に吸い込まれた。


 男の手の中で拳銃が弾け、地獄と化した車内で男は苦悶の表情を浮かべた。続くスキール音。キャデラックは派手な音を立てて脇の建物に突っ込んでいく。


 俺はそれを見届けて――


「終わった。助手席の窓を開けてくれ」


 俺の代りに運転席に移ったマックスに伝え、開いた窓から車内に戻る。


「一発で仕留めたのかよ」


「ああ、銃口にピンホールショットかましてやった。車の上からそんなことされちゃ奴も追って来ようとは思わないはずだ」


「兄弟の腕なら額に三つ目の目玉つくれてやれたろ? そっちの方が早かったんじゃねえか?」


「殺しちまったら奴の雇い主に『あいつはやべえ』って言う奴がいなくなる」


「……おっかねえ。兄弟だきゃあ敵に回したくねえな」


「《暴れん坊ランページ》にそんな風に言われるとは光栄だ」


 言ってやると、マックスは戯けた顔で肩を竦めて見せた。



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