第5章 超越者たち ①

 病院を出た俺とカズマくんは一度マンションへ戻り、車を乗り換えて件のパチンコ店跡に向かっていた。運転は俺だ。バーで飲んだ酒は抜けたと主張していたカズマくんだが、運転をさせて万が一事故でも起こされたら目も当てられない。


 道すがら、簡単に打ち合わせをする。


「目標は三つ。拐われて監禁されてるいはずの女子高生の救出。辰さんの撃破。同じく襲撃者の撃破。どれが欠けても駄目だ」


「うっす」


「もともとはその拐われたJKの救出と犯人への報復が俺と夏姫ちゃんが請け負った仕事だったんだよ」


「それが会長襲撃の計画の一部だったんすね」


「一部と言うより、引き金になったって感じだろうな」


 急ぎたい――が、こんな状況で警察の目を引くわけにも行かない。深夜ということもあり交通量は少ないが、それでも赤信号では車を停める。


 やや乱暴なブレーキに、助手席のサブが抗議の声を上げた。


「急いでんのに、なんで車換えに戻ったんすか?」


「敵陣に乗り込もうってのにまともな車使えないじゃん。こいつはこんな時の為にウチでストックしてある車だよ。いざとなれば相手轢くのも躊躇わずに済むし、足もつかない」


「はあ、なるほど……」


「それに、武器も隠してあるし。グローブボックス開けてみなよ」


 言われるままカズマくんはグローブボックスを開け、手を突っ込んで中を探る。そしてすぐに顔をしかめて――


「こんなもん常備してあるとか、どっかと戦争でもするんすか?」


「必要があればどことでもするよ。俺と夏姫ちゃんの仕事、忘れた?」


「……そうでした」


 カズマくんが取り出したのは、大型のバトルナイフと拳銃、その予備のマガジン数本だ。


「ナイフは俺が使う。カズマくんは武器なんか持ち歩いてないでしょ? その銃を使いな。連射できるから、撃つと決めた時はマガジン撃ち切るつもりでぶっ放す事。ちょっと腕が立つ能力者相手だと単発じゃ牽制にもならない」


「うっす」


 神妙な顔で頷いたカズマは、一旦その手の中の武器類をグローブボックスにしまう。


「兄さんは銃なしでいいんすか?」


「相手も持ってるだろうから、使いたくなったら奪って使うよ。それに、俺には秘密兵器がある。グローブボックスの中にグローブがあったでしょ?」


「ああ、はい――レーシンググローブっすか? 使います?」


「それはレーシンググローブなんかじゃないよ。そいつが秘密兵器さ」


 再びグローブボックスを開けようとするカズマくんを必要ないと手で制し、伝える。


「特殊素材製のグローブだ。さすがに絶対零度やコンクリ溶けるようなレベルの高温は無理だけど、瞬間的な熱エネルギーにはかなり耐えるし、二百万ボルトまでの電流を防げる。俺たちのような人間が使うことを想定してるから、衝撃にも相当強い。小口径の拳銃なら貫通しないし、防刃性能も高いんだぜ」


 一見するとレーシンググローブか、でなければライダースグローブのように見える一品なのだが、その実入手しようと思えば結構な金と特殊なコネがいるそれなりの代物だ。銃なんかに比べれば入手はかなり難しい。


「うへえ……こんなもん、どっから手に入れるんすか?」


「中東の方。向こうはほら、紛争で能力者同士がバチバチ戦争するから。対能力者兵器の類は日本より全然進んでるぜ。型落ちの年代物だけど、使う分には問題ない」


 そう答えたものの、俺が自力で手に入れたものじゃない。ガキの頃、シオリがどこからか手に入れ俺に与えてくれたものだ。当時の俺には随分と大きなサイズだったが、今の俺にはちょうどいい。かつての住居――山小屋がなくなった今、シオリから与えられたもので唯一残っているものだ。


「こいつがあれば、兄さんも本気出せるってわけっすね」


「本気というか、熱エネルギーと電撃には耐性つくから、大分やりやすくなるよ」


 多対一が想定される場面では、一瞬の隙も見せられない。例えば先のスーツくんを考えてもみても、このグローブがあれば背後を取ったあと、わざわざ隠しナイフで手数を増やさずとも良かった。反撃の牙として体中に電気を纏っていたとしても、グローブの耐性に任せそのまま一撃できたのだ。


 ……スーツくんと言えば。


「……なあ、カズマくん」


「うっす」


「賭けをしようよ。レースは『逃げたスーツくんが辰さんと合流するためにヤサに戻っているかどうか』だ。俺は『いない』に賭けるぜ」


 唐突な俺の提案に、カズマはあからさまに顔をしかめる。


「そんな賭けをする意味がわかんないっす。それにそれじゃ俺、『いる』にしか賭けるしかありませんし。俺の勝ち確定じゃないっすか?」


 この状況でスカムから逃げ出したスーツくんが、そのまま逃亡するとは考えにくい。単独で逃亡するのは難しいだろうし、リアル側の手引きで逃走したのなら、恐らくリアルに合流するはずだ。


 俺はニヤリと笑って告げる。


「賭け金は『スーツくんを好きにしていい権』だ。どう?」


「……いいっすね、それ。乗ったっす」


 途端、カズマの目に暗い火が灯る。復讐の炎。


「会長――前会長の件や兄さんのお仕事優先しなきゃと思ってたっすけど、俺も舎弟殺られてますから。仇が討てるんなら大歓迎っす」


「気負いすぎるなよ。発電能力者(エレクトロキネシスト)を相手にして気をつけることはわかってるよな?」


「うっす。帯電のカウンターと放電攻撃っすよね」


「うん。トランクに武器になりそうな工具が積んである。上手く使って」


 例えば、大型のモンキーレンチだとか、ソケットレンチだとかだ。警棒代わりにもなるし、上手く使えば放電攻撃に対する避雷針代わりにもなる。


「了解っす。他に気にしとくことってありますか?」


「……そうだな。辰さんと襲撃者は基本俺が相手するよ。特に襲撃者は厄介そうだ。絶対にカズマくんから仕掛けちゃ駄目だ。アシストだとか、他の木っ端の相手だとか優先で。あとは状況次第で指示を出す。例えば先に女子高生を確保できれば、その子連れて撤退してとか。その時は頼むよ」


「うっす、任せてください」


 カズマくんは言って、力強く頷く。


 件のパチンコ店跡までもう少し。ハンドルを握る手に知らず力が入っていることに気づき、

俺はリラックスしようと大きく息を吐いた。


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