第5章 超越者たち ②
「……電気はついてないっすね」
目的地についた俺たちは、車を降りて建物に目を向けた。
広い駐車場に、大きな建造物。敷面積は2500平米程だろうか。高さも相当だ。この手のホールは天井が高いことを差し引いても、三フロアはあるだろう。見た目には古臭さは感じない――が、営業していない元店舗だ。朽ちつつあるように見える。
その建物の周りをぐるりと駐車場が囲む。カズマくんの言う通り、駐車場の外灯も、建物にも灯りは見えない。
「潰れた店なんだし、外から灯りが見えないようにはするでしょ」
言いながら、グローブボックスからナイフとグローブを取り出す。グローブに指を通し、バトルナイフは背中側のベルト通しに吊って固定。パーカーのフードを被り、一応の戦闘モードの完成だ。
「……そりゃそうすね」
対するカズマくんは腹とベルトの間に銃をねじ込み、ポケットには予備マガジンや工具類を突っ込んでいた。というか中々後先を考えないやつだ。そんなところで銃が暴発したら……いや、考えるのは止めておこう。咎めたところでホルスターがあるわけでもないしな。
歩いて建物に近づき、建物を見上げる。見える範囲の窓や出入り口には全てシャッターが降りていた。一見人の出入りは無いように見えるが――
カズマくんを連れて壁沿いに歩き、もともと正面入口だったと思われる、一際大きなシャッターの前に立つ。
「ここかな」
「……ここがどうかしたんすか?」
「このシャッター、他に比べてあんま汚れてないでしょ? 普段から使ってんじゃない? 中ががらんどうになってれば、ここから車入れて隠せるよね」
「言われてみれば……」
カズマくんに言ったように、目の前のシャッターは他のものほど汚くない。雨で濡れてこびりついた泥や誇りがひと目でわかるほど少なかった。
「じゃ、シャッター破って突入しますか?」
確かに俺たち能力者ならこんなシャッター程度は簡単に破壊できるが。
「わざわざ正面から乗り込むってのはなぁ……でも、どうせ俺たちが来ることは過去知覚(リトロコグニション)で読まれてるだろうし……」
工夫を凝らしたところで、その先に回り込まれることは十分に考えられる。ならば正面から行っても変わらない。ここから踏み込んでも――
――そんな事を考えていると、ガラガラと音を立ててシャッターが上がった。中も灯りはついていないらしく、暗い空間が広がるばかりだ。だが、それでもその奥に人の気配と車の影が見える。
「……入って来いってさ」
「そうみたいっすね」
ここから中の全容は伺えない。しかし大きく想像を超えることはなさそうだ。パチンコ台などは見えない。数台見える車の陰は、カーミュージアムのように入り口から見て左右にわけて駐車させてあるようだ。ホールは更に奥もあるが、その先は闇に閉ざされている。
恐らく、今感じている人の気配――それらは車の陰からこちらを伺っているはずだ。
「じゃ、行ってみようか」
「いやいや、絶対罠っすよ!」
「そりゃあそうだけど」
俺は敢えてホールの中まで声が届くよう、声を張って。
「気配を殺せない待ち伏せなんて、自分のタイミングでしか攻めてこないと宣言して動かない木偶でしかないよ。そんなもん、いくらいたって恐くない」
ビシッ――と、空気が変わる。安っぽい挑発。だけど、辰さんを煽ってるわけじゃない。その手下の十把一絡げに向けての言葉だ。こんな安い挑発で色めき立つような連中だからこそ、使われる立場なんだろうが。
途端、ホールの中に明かりが灯る。建物に見合う煌々としたものではなく、地味で暗い明かり。一般的な照明としては不十分だが、視界の確保には事足りる。
その明かりで、ホールの奥に下りていた闇の帳が上がる。そこに立っていたのは――
「カズマくんの勝ち、だな」
「あざっす」
怒りに塗れた形相でこちらを睨むスーツくんだった。額に脂汗を浮かべ、それでも俺を憎々しげに視線を向けている。
「さっきは世話になったな、ああ?」
「いやいや、とんでもない。っていうか、それ以上にカズマくんの舎弟が世話になったらしいじゃん? カズマくんが礼をしたいってさ」
ドスを利かせて言うスーツくんに、俺は肩を竦める。
「なに余裕かましてんだ! 舐めてんのか、コラァ!」
「舐めるもなにも、もう俺とお前の格付け終わってるじゃんよ」
「ざけんな! 今度こそてめえを殺してやらぁ!」
先の一戦を経てこれだけ吠えられるのは大したもんだが、スーツくんはカズマくんを意図的に無視してるのだろうか。だとしたら馬鹿だとしか思えない。
カズマくんはこんなにも――味方の俺でさえ肌が粟立つほど怒気を放っているというのに。
「喰らえっ!」
スーツくんは手を掲げ、手のひらを俺に向ける。距離は十メートルほどか。遮るものはなにもない。放電攻撃を仕掛けようという肚だろうが――
背後でカズマくんが動く。
「羽柴ぁっ!」
奴が放電するよりも早く、カズマくんはそれを投げた。さっきトランクから持ち出したモンキーレンチだ。能力者の力で投げられたそれは、まさに弾丸のごとくスーツくんに迫り――
「な――」
放たれた電撃が、スーツくんのすぐ目の前に迫るレンチに直撃。形としては放電で迎え撃ったようにも見えるが、逆だ。俺に向けて放った電撃が、すぐ近くの導電体――モンキーレンチに引き寄せられた形。
スーツくんは慌てて身を捩って飛来するそれを避けた。そこに、自らが投げたレンチを追いかけるように走っていたカズマくんが迫る。
俺もそれをただ眺めているわけにはいかない。カズマくんのダッシュと同時に車の陰から現れた人影に目を向ける。人影は左側に二人、右側に三人――奥の二人は、突如走り出したカズマくんに気を取られているようだ。手前の左一人、右二人は拳銃を構え、銃口を俺に向けている。
身を低くして踏み出すと、頭の上を銃弾が過ぎていく。銃声が途切れない。カズマくんに渡したものと同じでフルオートなのだろう。的を絞れないように加速――半秒もかけずに左の奴の懐に潜り込み、走り込みながら抜いたバトルナイフを喉元に突き込む。
「かはっ……」
喀血。それを掻い潜るように背後に回り込むと、その体が小刻みに揺れた。右の二人からの銃撃だ。よほどのことがない限りこいつの体が盾になる。
同時に、カズマくんの背中を視線で追う――が、その姿が見えない。《忍び隠れる(ハイド・アンド・シーク)》を使ったらしい。突如姿を消した標的に、スーツくんと奥の二人は明らかに動揺している。
「クソがぁ!」
右の二人――その片方が銃を捨て、こちらに手をかざした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます