第4章 リアル ③
適当な場所に車を止めて、二人で夜間の受付口へと向かう。七階建ての三棟が連絡通路で格子状に繋がる、県下でもそこそこでかい病院だ。
と、夜間受付の前にガラの悪そうな男が二人、扉を塞ぐように立っていた。名前は覚えちゃいないが顔に見覚えがある。兼定氏の側近だ。
「――お嬢さん!」
そのうちの一人が、気を取り直してつかつかと歩く夏姫に声をかけた。
「お祖父ちゃんは?」
「東棟の七階です……って、危険ですから来ないで下さいとお伝えしたはずですが……」
男が夏姫を押し止めようと手を伸ばす。が、させるつもりはない。男と夏姫の間に体を割り込ませる。
「らしいね。けど、兼定氏がこんな時に見たい顔は誰の顔かな。俺か? あんたか? それとも可愛い孫の夏姫ちゃんかな」
「てめえ……」
男が険しい顔で俺を睨む。どうやらあまり俺のことをよく思ってないらしい。
まあ、そんなのは関係ない。
「どいてくれないかな。夏姫ちゃんを兼定氏のところへエスコートしたいんだ」
「身内でもねえてめえにいい顔する奴ばかりだと思うなよ」
「いい顔をしろなんて言ってないよ。どいてくれと言っているんだ」
男と睨み合う形になったとき、ふっと鉄の匂いが鼻先を漂った。もう一人の男が懐から何かを出してそれを俺に向けている。
拳銃だ。
「会長から部外者は誰も通すなと言われている。あんたも、お嬢さんもだ。俺はあんたのことが嫌いじゃない。だが、今の俺の仕事はあんたを追い返すことだ」
「……本気で言ってる?」
その銃を構えた男に問いかける。銃口は俺の眉間を狙っていた。
「本気で、そんなもので俺を追い返せるって?」
拳銃の破壊力は驚異的だ。それは能力者も一般人も変わらない。が、それは当たればの話。俺なら能力を使わなくても銃口と引き金を引くタイミングを見極めて躱すのは難しくない。
けど、それ以前の問題だ。
「俺を止めたきゃ機関銃でも持ってきなよ」
そう言って銃を構えた男に歩み寄り、その銃口に額を押し付ける。この二人も悪い腕じゃないんだろうが俺とは踏んだ場数が違う。
「ううっ……」
ごつっ、ごつっと銃口を額で押すと、男は銃を引いて後ずさる。
――ふん。
「さ、夏姫ちゃん。行こう」
「うん」
手を伸ばすと、夏姫は俺の手を取った。そのまま手を引いて病院の中に入る。夜間のため照明が最低限に絞られた廊下を歩き、エレベーターホールへ。他に人影はない。ボタンを押すと利用者を待っていたエレベーターはすぐさま俺たちを招き入れようと扉を開けた。乗り込んで七階のボタンを押す。『閉』のボタンを押すのも忘れない。
扉が閉まり、静かなモーター音と特有の浮遊感。鉄の箱がゆっくりとせり上がる。
会話はない。負傷した兼定氏と対面することを意識して緊張しているのか、俺の手を握る夏姫の手は冷たかった。
程なく再び浮遊感。インジゲーターが七階に到着したことを示し、扉が開く。
東棟、西棟、中央棟と分かれるうち、ここ東棟の七階は関係者以外立ち入り禁止のフロアになっている。VIP専用の貸し別荘って奴だ。勿論医療環境は揃っていて、裏社会の顔役なんかが怪我や病気で入院する時はずいぶんと儲かるんだそうだ。
エレベーターを出るや否や、それを示すように立入禁止の看板と、関係者用の区画を装った
奥を見せない開閉式の間仕切りが出迎えた。その脇の通用口のドアを開けると病院とは思えない装丁の廊下が奥に続いている。人影はない。廊下の中ほどにナースステーションが設けられているのが灯りで知れる。
「……どこの部屋かな?」
夏姫が呟いた。フロアにはいくつか部屋がある。一般病棟のそれとは違い一部屋一部屋がVIPルームなので部屋数は多いわけではないが、だからといって総当たりで探すのも馬鹿らしい。
「一番奥か、じゃなけりゃナースステーションの裏かな。ナースステーションで聞いた方が早いかも」
エレベーターから一番遠い部屋か、でなければ望まない訪問者を察知しやすいナースステーションの裏か。ナースステーションに隣接する病室には一般的には看護師の目が離せないような患者が配されるはずだが、このフロアに限っては別だ。仮病だろうが、金を積めば好きな部屋に入れる。
夏姫と並んで深い絨毯が敷かれた廊下を歩く。病棟なんかは足音が立たないような工夫があると聞くが、この絨毯はそういう目的じゃないんだろうな。単に客層に合わせたんだろう。
フロアで唯一仕切りのない空間――ナースステーション。そのカウンターに着くと、夏姫は中で作業をしていた看護師たちに声を掛ける。
「あの、天龍寺兼定の病室は――」
豪華な絨毯が災いし俺たちの来訪に気づいていなかった看護師は、びくりと体を震わせてこちらを見る。若い女性二人だ。このフロアで働いているのだ、裏側の事情も多少は掴んでいるだろう。俺たちの来訪に驚いたものの天龍寺の名前を聞いて口を閉ざす。
「――この娘は天龍寺夏姫。兼定氏の孫だ。俺は山田アタル。彼女の護衛みたいなもんだと思ってくれればいい。部屋を教えられないってんなら、兼定氏の付添人に確認を――」
「――その必要はない」
と、看護師たちの後ろ――ナースステーションの奥からスーツ姿の中年が出てきた。険しい表情だ。頬傷がそれに拍車をかけている。名前は知らないが顔には覚えがある。こいつもスカムの幹部の一人だったはずだ。
「表の見張りから連絡があった。お嬢さんとてめえが来たってな。会長が通せと言っている。こい」
頬傷はそう言うと踵を返し、ナースステーションの奥へと向かう。態度に険があるな。俺が嫌いと言うより、組織の長が襲われてピリピリしてると言った風だ。
「あっくん……」
夏姫が俺の手を強く握る。
「大丈夫だよ。会長がって言ってたじゃん? 意識があるってことだよ」
「うん……」
その手を握り返してやると、夏姫は頷いて見せた。連れ立って頬傷のあとに続く。
医療機器の類いだろう。見ただけじゃ何が何だかわからない機械の脇を抜けていくと頬傷が引き戸の前で立っていた。顎をしゃくって『ここだ』と示す。
無駄に重厚な引き戸を開けると病室とは思えない内装の部屋が広がっていた。入ってすぐ
無駄にでかいセンターテーブルと革張りのソファ。部屋の隅にはキッチンと冷蔵庫。間仕切りの向こうはトイレと風呂だろう。
その大きなテーブルとソファには、強面の青年や中年が十人ほど座っている。ちらちらと知った顔もあるな。スカムの中枢的な位置にいる人間が勢揃いしているようだ。
そしてその奥――ホテルのスイートを思わせる大きなベッド。そのリクライニングベッドにもたれかかり、こちらを眺める人物は――
「お祖父ちゃんっ!」
夏姫が叫び、俺の手を離して駆け出した。
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