第2話 大川心斗の最後の記憶

世の中は12月。世の中の商売というもの、全てがまがい物のサンタさんを宣伝に『クリスマスセール』というものをやり始める時期。


 受験生は来る受験という壁を前に意味も分からず勉強の嵐、そこに付け入るのは塾という企業だ。


それ以外の人間はどんどんイチャイチャし始め、世間一般様の言うリア充というものがまるで生産ラインでもあるのかと聞きたくなるような増殖ぶりを見せる。


 そんな中、俺こと、大川心斗は別の方向に思いを馳せていた。


「成績、また真ん中だなぁ…」


 高校1年は全部で300人くらい、その中の特進は内部からの1クラスと外部の1クラスのみ。ああ、来年からは内部、外部混合になるんだっけ…。


 とにかく、1クラス約40人だから全部で80人。そんで、俺の模試の結果は40位。偏差値は普通クラスを混ぜれば64はいくが、特進だけだとキレイな「50」という数字だ。


 最近は伸び悩んでいるな。こんな中堅の所でこれじゃあ大学なんてしょせん夢物語にしか過ぎないのかもしれない。


「起立…」


目の前で偉そうな面ぶら下げた担任教師の終礼の演説がようやく終了する。誰だ、こんな終礼なんて儀式を考えたのは。一度でいいからぶん殴ってやりたい…


 なんて思いながらもしょうがなく会釈程度に頭を下げる。


「さようならー」

「はい、さよなら。掃除当番は4列目ね」


 途端に後ろの連中がいやそうな顔をして「うえー」なんて言っている。ったく、今の時代家の中ではお掃除ロボットが這いずり回っているのだから学校にくらいお掃除ロボット置くか、清掃員いるんだから外国みたいにそいつにやらせりゃいいだろうに。


 とにかく、俺は教室を出て、階段を上がり、3階から5階まで一気に駆け上がる。


 特別教室階と御大層な名前を付けられてはいるが、ただのPC室なり音楽室なりが連なっている文化部の巣だ。


 今日は兼部している運動部の方は休み。今日はもう一つの部活…PC部に行くのだ。


 PC室は何故か中学棟から離れた隅のところにある。確かに、PC部はキャラが濃くて、俗に言うオタクどもが集まる場所だがさ。予算も少ないしホント、生徒会も校長も使えないな。


「おつかれー」

「「あ、お疲れ様でーす」」


 中ではすでに2人の部員が作業をしていた。PCからは排熱の音がなり、彼らの使っているもの以外は黒い液晶パネルがLEDの電球を反射しているだけだ。


 やけに部員の数が少ないな…と思いながら通路を歩いていると片方の部員がこっちに駆け寄ってきた。


「先輩!あのマンガやっと最新刊出たんですよ!」


 なんだと!それは一大事だ!なんだ早かったな…予想ではあと3か月後だったのに…って近い近い近い!どうどう!


「今回はですね…」


 えー、今、目の前でマシンガントークを始めたのはPC部員にして唯一の女子、新田明里。中等部ではいつも学年1位の秀才なのだが、この通り毎年同人誌即売会にすら行くオタク。一度しゃべりだしたら疲れるまで終わらないのだ。ちょっと苦手かも…。

それを聞きながら俺は彼らの近くの席に移動し、腰を下ろす。


「はあ…はあ…」


 やっと新田のマシンガントークは終了したようで、口周りの筋肉を使った反動で口呼吸モードになっている。


「先輩…」


今度はもう1人の方が話しかけてきた。こいつは赤坂唯一。唯一と書いてゆういちと読ませるわかりにくい名前。俺もそうだけど。


「英語…死にました」


 は!?おいおいあれだけつきっきりでコツとか教えたのにまたかよ…


「あー、聞きたくないけど点数は?」

「45です…」


 は!?おめー何それ!言っておくがここの試験の英語なんて3級もあれば80とれるようなところなのに…俺のここ数日の時間はいったい…


 自信を無くした俺は椅子から転げ落ちて、きたないとはわかっていてもカーペットのようなものが敷かれた床に仰向けで倒れ大の字になる。


「もう、俺は自信失った…」

「先輩、死ぬなあぁぁぁぁ!」

「ありがとう、新田。のってくれて。その分、あいつに英語叩きこんでくれ…あのままだとあいつ本当に内部進学できないぞ」


 おおっと、そんなことはどうでもいい。気になっていることを聞かなければ。


「お前ら、ほかの部員どもはどうした?ちなみに高1の他の奴らは模試で危機感覚えて自習室にこもってる」


「やはりですか。こちらも同じですよ。俺たち以外は全員塾に行ってます…あ、1人だけ点数悪すぎて強制補修の奴もいますが…」


 そういうことか。今は追い込み時期だもんな。とか言いながらもセンター控えた高3の先輩がよく遊びに来るのだが。


 そんな会話をした後、俺たちは作業に入った。プログラムにクソゲー作成、動画編集と相変わらずまとまりがなさすぎる。よくこんなのが部活に承認されたな。


 キリの良いところまで進めると、後ろから同じく休憩しようとしている赤坂が質問してきた。


「先輩。先輩は例の事件信じてますか?」

「あ?例の事件?」

「ほら、あれですよ。なんか突然人の真下に光るものが表れて、中にいた人物が行方不明になるってあれですよ。最近この近辺でばかり起こってないですか?最近うちのクラスじゃその話題で持ちきりですよ?」


 ああ、そういえばそんなのあったな。ニュースにもなっていて、神隠しとか言われてるな。


 いや、どう思うってさ…俺の持っているラノベとかにも同じ展開あったけどさ。現実で起こるとか無理じゃない?


「いや、無理があるだろいくら何でも。どうせ誰かの嫌がらせだろ。行方不明ってのは怖くなって引篭もったとかさ」


 そんな自論を展開していると、後ろから新田が割り込んできた。


「そうとも限りませんよ?もしかしたら先輩の持ってるそのライトノベルみたいに本当に異世界あるかもしれませんよ?世の中は広いですから」


 そりゃそうだが。でも、よっぽどのことがない限りそんなことに巻き込まれまい。


「まあ、俺たちには関係ないだろ。俺は何事もなくのんびりだらり過ごせればそれでよし!」

「はは、相変わらずですね…」


 人間は、楽なことをしたい生物だ。無論俺もその1人というわけさ。


 さて、作業に戻ろう。1月の学校説明会までに間に合わせないと…


 そして、PCがフリーズした!


「なんだ?バグか?」


 なんて思って、後ろを振り返ると新田のPCも、横を見れば赤坂のPCもフリーズし始めた。


「なんだなんだ?」

「どうなってるんですかねぇ?」


いや、俺に言われても。嫌な予感がする。まさか…いや、認めない!そんなの小説の中だけにしてくれないか?


 だが、その嫌な予感が的中してしまった。


「な…!」


 突然PC室全体の床が白く光り始めた。意味不明で、繊細な模様をした円形のそれは、いきなり現れてどんどん光を増大させていく…


(これは…まさか魔法陣!?)


 魔法陣(仮)の輝きはさらに増し、俺たちに発動直前だと悟らせる。

それは部屋のドアまで続いている。ここからドアまで20m、通路も狭い。他2名は荷物を持って逃げようとしているが、もう今からじゃ間に合わない。


 俺は素早くノートの1ページを破り、そこに「魔法陣、異世界」と書いて丸めて、近くの換気している窓に投擲!無事に紙は外に飛び出ていく。


それが、俺の地球での最後の記憶になった…






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