黎明のシュウキ律

きまぐれヒコーキ

1:虚無

この世は

生まれることを拒めない。

死ぬことも許されない。

幸せになれる保証も、不幸になった補填もない。


...


くだらないくだらない


なにもかもがどうでもいい


もう、しにたいとはおもわない


でもいきたいともおもわない


きょうもひがくれる


...


くだらない


なにもかもがどうでもいい


もう、しにたいとはおもわない


でもいきたいともおもわない


きょうもひがくれる


...


くだらない


「ちょっと良いかな」


なにもかもがどうでもいい


「君、いつもここに居るけど、どうしたの」


もう、しにたいとはおもわない


「...聞こえてるの? ちゃんとご飯食べてる?」


でもいきたいともおもわない


「パンだったら有るから、持ってこようか」


きょうもひがくれる


...


くだらない


「おはよう。って、やっぱり食べてくれないのね君は」


なにもかもがどうでもいい


「結局私が食べる羽目になってるわね、もう何日目よ」


もう、しにたいとはおもわない


「綺麗でしょう、ここは。海が好きなの?」


でもいきたいともおもわない


「きっと元気になるわ。いつか声を聞かせてね」


きょうもひがくれる


...


なにもかもがどうでもいい。


「おはよう...おっ、パン食べてくれたんだ!?」


まただ。


「何度も来た甲斐があったわ! ありがとう」


なんだきみは。


「パークの皆は、これを食べながら遊ぶんだよ」


なぜわたしにかまう。


「ゆっくりでいいから、いつかお話してね。無論焦ることはないから」


わからない。


「じゃあね、明日が楽しみ」


どうでもいい、けど、なぜだ。


いつもくる。


でんしゃのように。まいにちかかさず


かのじょに意思はあるのか


心はあるのか。


まいにちおなじように、わたしにかまうあのこ。


まいにちおなじように、こわれるまでだまってはしる、でんしゃ。


まいにちおなじように、こわれるまでだまってはたらく、みんな。


感情があるのは私だけで、ほかはみんなでんしゃなんじゃないか。


わからない。


きょうもひがくれる。


...


いやなゆめをみた。


「おはよう...って、どうしたの、泣いてるじゃないの!?」


あいつにどなられるゆめ。


「話さなくて良いから...涙くらい拭かせて、ね」


ゆめにしてはせんめいだった。


「やっぱり...辛いことが有ったのね」


まるでいまあじわったことのように。


「でも、きっと、きっと、元気になれるから」


だまれ。おまえになにがわかる。


「話せなくても、毎日来るから」


ちがう、ちがうちがうちがうこのこはなにもわるくない。


「もう夕暮れ...じゃあ、また明日ね」


いつもこうだ。


だれかのおもいやりにきづくこともなく。


つらいからって、だれかにかまってほしくても、こえもあげられず。


やっぱり、私は。


あの時、消えていれば。


...


「おはよう。うわ、目が真っ赤よ!?」

「また泣いたんだ。ここの所ずっとそうじゃん」

「ヒトの世界も...大変だったのね」

「泣きたければ泣けば良いわ。いつか元気になるために必要だから」


つらい。

産まれて来なければ良かったのに、死ぬことも許されない。

だったらもういっそ...

どうにでもなれ。


「うわぁ!」

「どうしたの、いきなり飛び付いて」


暖かい


「...何もしない、喋らない君も、やっぱり暖かい。生きてる証拠」


優しい


「よしよし...もう怖くないから。ここには君を脅かすものはないわ」


うっ...

くっ...うぁ...

ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ...うあぁ...ぁぁぁぁぁぁぁ


「安心して泣きなさい、今日は夜も一緒に居るから」


...


目が覚めた。

さっきまで寝てて、今起きた。

いつもの半分寝て、半分起きてるような、酒に酔ったような感覚ではない。

そして、暖かい。

人肌に触れたのはいつ以来か。

いつも私を気遣ってくれた、この子。

暖かい腕、柔らかい体、もふもふの羽根。


もふもふの羽根!!?


「んあ、君も起きたようね。おはよう」


えっっと、羽根ってことはこの子は、んで、つまりここは...


ああ、そうだ。

思いだした。ここはジャパリパーク。

そしてこの子はアニマルガールもといフレンズ。

動物の特徴を受け継ぐ、少女の形をした何者かだ。


構ってくれたのにずっと挨拶もせず、申し訳なかった。

起き上がって改めて見ると、スラッとした長身に白シャツとスカートを纏う、美しい姿をしていた。その上に羽織る黒のロングコートは裾がボロボロだった。


「...寄り添ってくれてありがとうございました。どちら様でしょうか?」

「...おお...おおおおおお!!!」


私が口を開くと、その鳥のフレンズは目を見開いて驚く。


「遂に喋ってくれたのね! 私はスパーグ、ツメバガンのフレンズよ!」

「ツメバガン...ああ、それは心強い。アフリカ最強の水鳥ではありませんか」


昔、ネットサーフィンで知った。

体重7 kg 、時速140 kmで一日に1000kmを飛ぶ。

翼には戦う為の爪、体内には猛毒カンタリジンを含む。

まさに「ぼくのかんがえたさいきょうの水鳥」だ。


「フフッ、そういって貰えると嬉しいけど、それほどの者じゃないわ」

「誇ってください。謙虚、優しさ、強者の持つ感情です」

「君に励まされるとはね。ところで君は?」

「私はシュウキ、研究者の端くれです」


悲しみと絶望に暮れ、長い間まどろんでいたようだ。

久しぶりに明瞭な意識が戻った。

あの日を最後に、記憶があやふやだ。


「研究者! 凄い偉いヒトじゃない」


満面の笑みでスパーグは私を称える。

もはや未練も誇りもない肩書きだが、こう真っ直ぐ言われると照れ臭い。

しかし次のスパーグの言葉に、私の思考は再び停止する。


「それで、君はこれからどうするの?」


私には行く宛がない。

しかし、ここに留まることもできない。

とにかくこれ以上この優しい鳥さんに手を焼かせてはいけない。


「...私も一緒に居よっか?」

「いえ、もう迷惑をかけるわけには」


慌てて立ち上がると、壊れたディスプレイのように視界がぼやける。

たまらずよろめき、スパーグの腕によりかかる。


「無理はダメ、休んで! 今まで何日もパンだけで座りっぱなしだったんだから!」

「ええ、その...ようですね。いずれにせよ私には向かうところも帰るところもありません」

「だったら...君のやることはリハビリよ。ゆっくりで良いからパークを散歩しましょう」

「...申し訳ありません」

「君は礼儀正しいけど、 "申し訳ありません" より "ありがとう" の方が私は好きかな」

「フフッ、ありがとうございます」

「そうこなくっちゃ!」


スパーグの腕の中は安心していられた。

久しぶりに笑えた気がした。


その時だった。


スパーグの後ろに、巨大な影が見えた。


グォォォォ...


一軒家ほどの大きさの、七色に毒々しく光る球体。

おぞましい雄叫びを上げる、セルリアンの姿があった。


「スパーグさん! 私を置いて逃げて! セルリアンが!!」

「そうね、ちょっと降ろすよ」


スパーグはおもむろに、優しく私の背中を地面に預ける。

そして振り返り、セルリアンと真っ向から対峙する。


危険だ。

そのサイズのセルリアンは、避難レベル3/5。

大学の研究棟を複数破壊可能で、対セルリウム特殊部隊が出動する規模。

一人でどうにかできる相手じゃない。


しかし、これが最初となるのだった。

私が”アニマルガール”という存在の可能性を見ることの、だ。


次の瞬間、スパーグの全身から七色の輝きがゆらめき、袖が破裂する。

剥き出した腕には、水鳥のくちばしのような堅い籠手。

そしてツメバガン特有の、鋭利なナックル。


「せっかく笑顔になってくれた”友達”に手ェ出さないでくれるかな?」


優しくも、ドスの聞いた言葉が耳に入った直後。


ドズンッ

ズドバァァン...


ほぼ同時に二発の重い爆音が、辺りの空気と大地を揺らす。

スパーグの肘はセルリアンの土手っ腹にめりこみ、肘についていたナックルは深く深く突き刺さっていた。


ギュゥゥァァアアアアア...


鉄屑がきしむような断末魔と共に、セルリアンの体は七色に散っていった。

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