第20話 懇願
以前、路上で肩がぶつかって倒れてしまったときに手を差し伸べてくれた
冒険者稼業を営んでいるクルススクさんの体表は蜥蜴人特有の鱗に覆われているため、生半可な攻撃は弾いてしまう硬度を誇っている。
爬虫類というよりワニに近い鱗はハッキリ言って軟弱な力では到底施術など行えない。初回のときはどうやって指を入れたら良いのやら途方に暮れて難儀したが、鱗と鱗の隙間に辛うじてねじこむスペースがあったのでそこから経絡と経穴にアプローチをするといたく気に入ってもらえた。
今日もたっぷり二時間――120分コースを堪能してご満悦な様子のクルススクさんは、あまりに頻繁に訪れるものだから会員さんに発行しているポイントカードが既に三枚目に突入しようとしている、ほぐし庵一の常連さんである。
仕事で痛めたというギックリ腰で急遽来院してきたクルススクさんの足関節後外側、
もろに当たってしまえば一溜まりもないので自重してほしいのだが本能で動いてしまうため抑えられないのだとか。
「ギックリ腰は『魔女の一撃』って呼ばれるほどの激痛ですからね。歩くのもしんどかったでしょう」
「いやはや、キツイのなんの……様々な強敵とこれまで命を賭して戦ってきたが、これほどまで動けなくなるダメージを負ったことなど記憶にない。その魔女とやらは相当な実力の持ち主なんだろう」
「あ、あくまで
「むう……そうだったのか。是非とも
起き上がると腰を右左に回転させて回復した腰の具合を確かめる。
この世界に訪れてはや半年――どうやら聞いた話では日本に似た四季が存在することが判明して、朝目覚めると少しだけ肌寒い寒気がアトラスの街に訪れていた。自分に郷愁の念などないと若い頃には思っていたが、近頃は二度と戻れない日本を思い出す回数が増えているような気がする。
「そういえば、マチダは里帰りしないのか?」
カーテンの向こうで着替えているクルススクさんが、脈絡もなく話題を振ってきた。
「いやあ……俺の故郷は遠いもんで、早々簡単には帰ることはできないんですよね」
「なんと、そうであったのか。いやいやこれは失敬」
「いいんですよ。元々実家に帰るような親孝行者でもなかったですしね。会わずとも元気に暮らしているはずですよ」
グランキュリオは厳冬期が訪れるたびに豪雪に見舞われるようで、実家に帰省する予定がある者は本格的な冬の到来を前にこのアストラを離れるのだという。シーナもノワールも魔法学園が長期休暇となる冬の間は、それぞれ実家に帰ると名残惜しそうに話すのを聞いていた。
当然帰る場所もない俺は調子を合わせて返事をすると、着替え終わってカーテンを開いたクルススクさんが突然頭を下げてきた。
「ちょ、どうしたんですかいきなり⁉ あ……もしかして今持ち合わせがないとかですか? それなら次回訪れたときにでも、」
「いや、そうではないんだ。実は折り入ってマチダに相談がある」
「相談?」
とりあえず頭を下げ続けられても困るので、椅子に座らせて好物だというブラックコーヒーを淹れてやると熱さも気にせず一気に飲み干す。もう一杯淹れてやるとクルススクさんの故郷について話を聞かされた。
「某の故郷は、このグランキュリオから幾つも山峰を超えた先にある山中のザビオという小さな村なんだが、長年外部と接触する機会が殆どない辺境の地にあるのだ。しかも村の周囲には高ランクのモンスターが
「俺が、ザビオにですか?」
自分で自分を指差しオウム返しに聞き返すと、出来れば山道が雪で閉ざされる前に出立したいと付け加えられて会話のボールを投げ返された。余りに突然の申し出に面食らっていると、俺の不思議な
「もちろん無理強いをするつもりはない。ザビオは人間が住むには厳しい環境であるし、報酬も某に支払える金額は微々たるものだ。勝手な申し出だと承知の上で、恥を忍んでこうして頭を下げている。しかしザビオ村に住む同胞の多くは、こうしている今も苦しんでいると考えるとマチダのような人材が必要なのだ」
「すみません……。少し、考えさせてはもらえないでしょうか」
クルススクさんの必死な様子から本気で来てほしいという意思が感じられ、すぐには答えが返せない旨を告げると、「次に顔を見せたときに返事を聞かせてほしい」と言い残してコーヒーの礼を告げると店をあとにした。
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