第15話 コンプレックス

「妹。迷惑だった。ごめんなさい」


 嵐のように過ぎ去っていったブランの一連の行動に、ノワールは頭を下げて本人に代わり謝罪をした。猫耳はぺたりと項垂れて普段から感情を感じさせない声には、似つかわしくない申し訳なさが滲み出ている。


 俺としてはノワールに謝ってもらうつもりなんてなかったし、ブランの行動に驚きはしたものの気分を害したわけでもなかった。深々と下げていた頭を上げさせ、ミルクと砂糖を多めに入れたインスタントコーヒーを淹れてやると一口飲んで小さな溜め息を吐く。それから突然やってきた妹について語りだした。


ブランは私の二つ下で、昔からなんでも器用にこなせる天才だった」

「そんなの、私の好敵手ライバルであるノワールさんだってそうですわ」


 少し言いにくそうに、モジモジしながらもノワールをそう評価するシーナに力なく首を横に振って否定すると、自分は努力を積み重ねることでこの立場を維持できてるだけだと自嘲気味に答えた。


「妹。完璧。何でもできる。私はいつも妹の影」


 ブランは幼い頃からノワールの後をついて回っては、なんでも姉の真似をする子供だったという。小さな頃は一緒におままごとをしたり、玩具で遊んでいると同じものを欲しがったり、姉の話し方を模倣してみたりするいたって普通なお姉ちゃんっ子だったのだが、成長していくにつれて様子が変わっていく。


 例えば――一月かけて完成させたジグソーパズルを奪うと突然眼の前で崩し、苦労して作り上げたぱずるをものの数分で完成させて自慢してきたり、授業で習った魔法の復習に四苦八苦している隣で、まだ習ってもいない魔法を見様見真似で再現して自慢してきたり、人付き合いが昔から苦手だった自分を変えるために意を決して新しい飛び込んだグループ内にいつの間にか融け込んでいたブランによって居場所を奪われたり――。

 

姉がやることなすことに首を突っ込んでは自分より優れているところを見せつけ、そして自信を失う度にノワールは次第に実妹と接するのも苦痛に感じて距離を空けるようになったという。


「妹は利口。私がいつも悪者扱い」


 もちろん姉妹で口論に発展することもあったというが、世渡り上手なブランは両親を味方につけ、逆に口下手なノワールが一方的に「お姉ちゃんなんだか」と言う理由で叱られるばかりで反論する気も失せたという。


 ちょうどその頃は進路に迷っていた時期でもあり、進学を目指していたノワールは成績では厳しいアストラ魔法学園と合格圏内の別の学校の間で第一志望が揺れていたのだが、全寮制という条件がノワールの進路を決定づけた要因の一つであることは容易に理解できる。

 その後無事、難関受験を突破して入学を果たしたまでは良かったのだが――なんと翌年になるとブランが中等部に特待生として入学をしたのだという。


「その特待生ってそんなにすごいのか?」


 その辺の知識は皆無だったのでシーナに会話を振る。


「すごいも何も、入学試験の際に学年で一人しか選ばれませんし、そもそも特待生に値しないという理由で選抜されない年もあるほどの超優等生ですわ。入学費や三年間の授業料、それにかかる雑費の全てを免除され、一般生徒は立入禁止の貴重な文献や書物が保管されている書庫にも自由に出入りできますの。本人が望みさえすれば一握りの天才達が集う大学院までにかかる費用の全てを肩代わりしてもらえますし、そもそも特待生に選出された時点で将来の就職先は選り取り見取りなのですよ」

「へ〜……なんだかわからないが、とにかく凄いってことだけはわかった」


 その他にも様々な厚遇を受けられると聞いて、学年一の成績を誇るシーナは特待生なのか尋ねると視線を逸して言い訳がましく答えた。


「……私達の学年は審査が厳しかったんですわ」

「誰も選ばれなかった。特待生すごい。妹は天才……」


 いつでもブレないシーナとは真逆で、こんなにも自己肯定感が低い彼女を見るのは初めてだった。吹けば消えてしまいそうな小さな肩を見ていると、顧客がどんどん離れていった時期の不甲斐ない自分と重なって見えてしまいやりきれなさが込み上げてくる。

 いっそのこと抱きしめて慰めることができればいいが、そんなことをしたら牢屋に直行間違いなしなので愚行を犯す前に自重した。


「コーヒー。ありがとう」


そう告げると、ノワールは暗い表情のまま店をあとにした。


「追わなくていいんですの?」

「あのな、人様の家庭の問題っていうのは最も気を遣う繊細デリケートな部分なんだよ。言ってしまえばこれは姉妹の問題だ。外部の俺達が覚悟もないまま気安く首を突っ込んでもロクな結果にならないぞ」

「ですけど……」


 なおも渋るシーナの言い分もわからなくはない。肉親同士で仲違いし、離散するケースなど特に珍しい話でもない。傲慢で口はちょっぴり悪いシーナだが、シーナなりにノワールの身を案じているのだろう。



「しかし……姉妹でそこまでま違いがあるとはな」


 人は誰しもコンプレックスを抱えているものだが、期せずして噴出した負の側面に俺が対処できることなどあるのだろうか――。

 

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