沙覇丘 砂漠の町
敦煌
壱
沙覇丘には賑やかな市場があった。門をくぐるとすぐに、沢山の人の群れとむせ返るような熱気に襲われ、ざわめきや喧騒が聞こえて来る。ちょうど
連なる店は全て麻の幕屋であった。ある一つの中を覗くと、そこには店主を囲むように奇妙な形の壺がたくさん置いてあり、それらは珍しい香料や、酒や、獣の乳で満たされていた。となりの籠には砂色の
その幕屋の列の中を、
その頃のわたしは疲れていた。以前は
「やい女、おれはこうして急いでいるんだから、貴様、前くらい見て歩いたらどうだ」
よく見てみると、そこには荷台を押した男と、素焼きの壺を抱えて座り込んでいた
人混みの中、女は魂の抜けたように虚ろな眼をしてぼうっとそこに座っていたが、暫くするとゆっくりと壺から溢れた中身を拾い始めた。わたしは思わず、その光景に引き寄せられる様にして近づいた。この女から、常人とは思えぬ異様な気を感じたからである。
はたしてその予感は見事に的中した。女はおもむろに手を伸ばして、そこら中にばらばら散乱している小さな白い
その時である。わたしは、
骨である。
乾いた乳白色のそれはなかば球状で、二つの大きな穴がぽっかりと開いていた。そして、その先に鋭く尖った嘴と思しきものが付いていた。これは鳥の頭蓋骨である。
それを悟ったとき、わたしは暫時、心臓を掴まれたかのように感じ、思わずそこで足を止めた。おそるおそる、首を伸ばして壺の中を見てみると、融解する円い冥闇のなかに、小鳥や、鼠や、蛇や、
そこ迄見て突然、先ほどの恐怖にも似た衝撃は、すっかり女に対する微かな
わたしはこの女の名前すら知らないし、女がなぜそのようなことするのか検討も付かなかったが、この市場で、鳥類畜生の死骨を壺に入れて、持ち歩いていると言うだけで、それはほかでもない明らかな愚弄の対象であった。
女は、散乱した骨を全て回収し終わると、壺を抱えながら大儀そうに立ち上がった。それから漸くあたりを見回して、ごく近くに立っていたわたしに気づいた。すると女は、覆面越しだが確かに、こちらを見てにやりと笑ったのである。それは少なくとも、好意的な意味ではなかったように思う。ある種同情のような、或いは嘲笑のような、そう云った嗤いをかけられて、先ほどの酔ったような心もちはすっかり冷めてしまった。そうしてまた、女はゆらゆらと人混みの中に消えて行った。
その姿は、まるで陽炎に溶け込むように、少しでも風に吹かれたら消え去ってしまうように思われた。
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