第20話 アルバトロスの家族
「今さらだけど、あんたがアルバトロスだろ? なぜ俺たちを」
ジョーが、すでに戦意を喪失しているその男に話かけながら歩み寄ろうとしたそのとき、
「お父さん!!」
と、甲高く澄んだ声が聞こえた。母屋の方から子供が二人、男のもとに駆け寄ってきた。子供は二人で、一人は7歳くらいの女の子で、もう一人はその女の子よりも背が低い五歳くらいの男の子だった。
(お父さん? アルバトロスの子供か?)
母屋からはさらに、本当にこれだけのALがあそこにいたのかと思わせるくらい、若者からお年寄りまで、三十人くらいのALが次々と姿を現した。
(うわー、いっぱい出てきたな)
ALたちは、男を守るようにその周りを取り囲み、各々がジョーに冷たく厳しい視線を送っていた。
その中の若い四、五人のALたちが、熊手や鍬をもってジョーに凄むようにジョーの前に出て来た。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 俺は別にあんたたちと争うためにここに来たわけじゃない!」
しかし、若いALたちは、じりじりとジョーに近寄ってきた。特に、首に赤いスカーフを巻いた先頭の若いALは、異常なほど目をつりあげていた。
「よせ! ラルフ!」
男がゆっくりと立ち上がって言った。
「たとえここにいる全員でかかっても、そいつにはかなわない」
男のそばには、さきほどの二人の子供と、さらに奥さんらしき女性のALがいた。
男がジョーの方に向かって歩きだすと、若いALたちが道を開けて、子供たちと女性が男の後に続いた。
「そうだ、お前の言う通り、私の名はアルバトロス。そしてここにいるのは私の家族と、この農場で共に働く仲間たちだ」
二人の子供は、男の足にまとわりつくようして絶えず動いていたが、目だけはジョーから決して離さなかった。
(あれっ? あの女性、どこかで見たことがあるような……)
ジョーは、男の傍らで細く佇むロングヘアーの女性を見て思った。
男は、ジョーの視線が女性にほうに向けられていることに気がつくと、
「これは私の妻、アオイだ」
「アオイ? その名前、どこかで聞いたことがあるような。アオイ、アオイ……あっ、葵さん! うそお? 高校のとき同じクラスだったあの葵さんか!」
ジョーの言葉を聞いた女性は眉をしかめ、説明を求めるような顔でアルバトロスの方を見た。
「そうかーあんた、葵さんのALと結婚しているのか。しかもそんなかわいい子供を二人も!」
ジョーは辺りをぐるりと見回した。
「嫁さんは俺の初恋の女性で、子供も二人、そしてこんなでかい農場を持っていて仲間もたくさん……あーあ、こんなふうになるんだったら俺も勇気出して告っときゃよかったな」
「お前、さっきから何をごちゃごちゃと言っているんだ?」
「うるさい、あんたが羨ましいって言っているんだよ! しかも、ここは空気もうまいし、風も優しい。まあちょっと舎内の糞の臭が気になるけど」
「何だと? お前、ここでそんなものまで感じ取っていたのか?」
ジョーの言葉に、男はなにか不意をつかれたような驚嘆する表情を見せた。
そのとき、ジョーのブレスレットからその場の空気を切り裂くクリアな声が聞こえてきた。声の主はカナだった。
「ジョー! ジョー! 返事をして、ジョー!」
「カナ、カナか?」
「えっ! ジョー? ジョーなの?」
「そうだよ、俺だよ!」
「やっとつながったわ! ジョー、大丈夫!? 無事なの!?」
「ああ、何とかね」
「そう、よかった、本当によかった。ぐすっ、えっく……」
安堵するカナの嗚咽が聞こえた。
「心配かけたみたいだな。ごめんよカナ。そうだ、ガンダーレ兄弟はどうした? ウエズリーとミエズリーは?」
「ウエズリーは意識不明の重体よ。ミエズリーも肋骨が何本か折れているみたい。二人とも医務室の方に運ばれたわ」
「まさか!? なぜそんなことになるんだ?」
「原因は分からないけど、二人がTWにいるとき、かれらの本体に突然、過剰電流が流れたの。二人とも落雷に撃たれたみたいになって……ジョー、あなたの本体も一時は同じような状態になったんだけど、どういわけか今は持ち直しているわ」
ウエズリーとミエズリーの容態を聞いて驚いているジョーの周りでは、アルバトロスを初めとするALたちがジョーを静かに見守っていた。
「ジョー、とにかく何とかしてあなたをそこから脱出させるわ! 今、スエズリーがその準備をしているところなの、だからもう少しがんばって!」
「スエズリーがそこにいるのか?」
「ジョーさん! スエズリーです! 無事で何よりです。ジョーさんの声は、スピーカーで部屋全体に聞こえています!」
「スエズリー、俺は後どれくらいここに居られる? 残り時間は?」
「えっ? 残りの時間って、当初の予定ではあと三十分くらいですが、もうそんなことを言っている場合ではありません。ジョーさんの本体も相当のダメージを負っているんです。今すぐにでもそこを出ないと!」
「ちょっと待て、これからアルバトロスと話をする。このまま一緒に聞いてくれ」
ジョーは左腕を下げてアルバトロスの方を見た。
「アルバトロス、いや、アルと呼ばせてくれ、聞いただろ? 俺には時間がない。なぜあんたが俺たちを襲ったのかその理由について今は聞かない。ただ頼む、俺たちに協力してくれ!」
ジョーはアルバトロスに向かって心身一統、頭を下げた。
「……だめだ。他を当たってくれ」
「アル、あんたの力が必要なんだ。オー・プロジェクトを成功させなければ、この世界そのものがなくなってしまう!」
「お前たちは最初から勘違いをしている。俺はお前たちの言うレベル3ではない」
「レベル3じゃない? それはどういうことだ?」
「お前たちの基準に従って言うなら、俺のレベルは5だ!」
「なっ、レベル5だって!?」
アルバトロスの言葉を聞いたスエズリーが驚きの声を上げた。
「まさか、そんなALいるはずありません。レベル3ですら自然発生率が数千万分の1にも満たないのに、レベル5ならおそらく数千億分の1もないです。つまり、今のTWの規模から言えばその存在確率はほぼ0に等しいはずです」
アルバトロスは、半ばあきれたように首を横に振った。
「信じようが信じまいが、お前たちの勝手だ」
「スエズリー、ちょっと落ち着いてくれ。仮にアルの言うことが正しいとして、それでも彼に協力してもらうことはできないのか?」
「できません。もし本当にレベル5なら、レベル2のALとのオクテットは無理です」
「なぜだ? レベル3とのオクテットが可能なら、レベル5とだって」
スエズリーがジョーの言葉を遮るように言った。
「そこまでレベルが違うと、人間で例えて言えばおそらく、生まれたばかりの赤ん坊と、知識と経験が豊富な超一流の科学者くらいの開きがあります。そのALが努めて自分のレベルを落として対応しようとしても本来の動きがかなりの程度抑制されてしまいますから、結局、バランスを取ることができず、フォーメーションは簡単に崩れてしまうでしょう」
「じゃあ、オー・プロジェクトは」
「このままじゃだめです。始めからやり直しです。っていうか、もはやそんな時間はありません。残念ながら計画は失敗です!」
「失敗!?」
このときジョーはあらゆる思いや考えが、一挙に自分のもとに収束されるの感じた。リサ博士、カナとミカ、ガンダーレ兄弟、TW、そしてマリアのこと……。
「ジョーさん!」
スエズリーの声が、ジョーの思考を現実に戻した。
「なんだスエズリー?」
「やはり彼の言うことには無理があるように思います。本当にレベル5かどうか確かめる必要があります」
「どうやって?」
「そ、それは……」
スエズリーは即答することができかなった。レベル3を超えるALの存在は全くの想定外だったため、それ以上のレベルを確認できる方法を用意していなかったのである。これまでの確認方法を使ったとしても、少なくともレベル3であるということしか判断することができなかった。
「スエズリー、根拠は何も無いけど、アルの言うことはおそらく本当だと思う」
なぜかジョーは、アルバトロスのいうことを疑う気にはなれなかった。
ジョーの言葉を聞いたアルバトロスは、くるりと背中を向けて母屋の方に歩きだした。
「待ってくれアル! 答えてくれ! あんたの目的は、俺たちを騙してここにおびき寄せることだったのか?」
「騙すだと?」
アルバトロスは歩みを止めた。
「俺は初めから、自分がレベル3だとか、お前たちに協力するとか、そんなこと一言も言った覚えはない」
「どういう事だ?」
「俺はただ、お前に会ってみたいと言っただけだ」
「俺に? なぜ?」
「……」
アルバトロスは視線を落としたまま何も答えようとはせず、再び母屋の方に向かおうとした。
(俺に、会いたい……)
アルバトロスの言葉が染み込むように、ジョーの中に消えた。すると突然、ジョーの内側で何かが閃き、ほとんど反射的に言葉が口をついて出た。
「アル! もし仮に、今のあんたと同じように俺に会いたいと思っているレベル5が他にもいるとしたら? いや、もっとはっきり言えば、そのレベル5をあと七人集めることができたとしたら? そのときは、そのALたちと一緒にあんたも協力してくれるか?」
これを聞いたアルバトロスは、ジョーがそう言うのを待っていたかのように、挑発的な笑みを浮かべながらくるりと振り向いた。
「もし本当にそんなことができるのなら、俺に断る理由は無い」
「あなた!」
妻のアオイが驚いたようにアルバトロスの方を見た。しかし、アルバトロスは、手のひらを彼女に向けて言いかけたその言葉を制止すると共に、ジョーに向かって言った。
「だが、どうやって集める? もうそんな時間などないはずだ」
「俺が直接探し出す!」
「なんだと?」
ジョーの提案に、アルバトロスが驚きの声をあげた。
これを聞いていたスエズリーがすかさずジョーに質問した。
「ジョーさん、それは一体どういう意味です?」
「スエズリー、すまない。うまく説明できない。でも、今の俺には何となくそういうことができそうな気がするんだ」
理解し得ない煩悶からの静寂が、スエズリーとジョーとの間を通り過ぎた。
「ジョーさん、そもそもレベル5のALが他にもいるなんて保証はどこにもないんですよ」
「いや、俺と同じような奴は他にもいる」
アルバトロスが、低く重みのある声でいった。
「なぜそんなことが分かるんです?」
スエズリーは声を荒げたが、アルバトロスは、それ以上は何も答えなかった。
ジョーは黙り込むアルバトロスの様子を少しだけ眺めた後、静かに目を閉じた。
「ああ、感じるよ」
「ジョーさん、一体どうしたんです!?」
「アルと同じくらい強い力を持つALの存在をいくつか感じるんだ」
「感じるですって!?」
スエズリーの驚きとともに、アルバトロスの瞳孔が大きく開いた。
「スエズリー、ここにきてアルと出会ってから、俺の中で何かが大きく変り始めている。彼との出会いは決して意味のないものじゃなく、寧ろ必然的なものかもしれない。だとすれば……」
ジョーは目を細め遠くを眺めるようにして、小さく顎を引いた。
「スエズリー、ブーストエネルギーを今の倍くらいにできないか?」
「ブーストを二倍にですって!? ジョーさん、突然何を言い出すのですか!?」
「他のレベル5に会うには今のままではパワーが足りないんだ」
「パワーが足りないって、それは一体どういう意味で」
「いいから答えてくれ! できるのか、できないのか!」
「二倍でも三倍でも、ブーストエネルギーを単純に増加させることはできます。しかし、ジョーさんの体がその負荷にどれだけ耐えられるのかは分かりません。TW滞在期間が短縮されるのはもちろんですが、最悪の場合、その負荷を受けた瞬間に、本体である肉体が崩壊する恐れだってあります。いずれにしてもかなり危険な行為であることは確かです」
「できるのか。よし、やってくれ!」
「ジョーさん、私の話をちゃんと聞いていましたか? 決断が早すぎます! もっと慎重に考えて下さい」
「いや、考えている暇はない。こうしている間にも時間はどんどん無くなっていく」
「それはそうですが……」
ジョーはアルバトロスの方に向き直った。
「アル、俺はこれから他のレベル5を探しに行く。いいか、必ず、必ず見つけてくるから、約束を忘れるなよ」
「フン、一度口にしたことは守る。それよりお前、その格好で行くつもりなのか?」
「え?」
ジョーの衣服は、さきほどのアルバトロスとの戦いでボロボロになっていた。
「オイ!」
アルバトロスは妻のアオイを呼んだ。
「この男に新しい服を用意してやってくれ。サイズはそうだな、ラルフが今着ているくらいのがいいだろう」
アオイは、いかにも不満げな鋭い目つきをしながらも、アルの方を見てうなずき、ジョーに言った。
「こっちだよ! 来な!」
アオイが母屋に走ると、ジョーもその後を追った。二人の子供たちも、何か嬉しそうな声を上げながらジョーの後に付いて行った。
母屋に入ると、おそらく端同士だと声が聞こえにくくなるくらいの広さのリビングがあり、煉瓦づくりの暖炉が一番奥に備えられていた。
大きな丸テーブルが中央におかれ、その周りに長ソファーとロッキンチェアーがあり、食器棚には、白く光るお皿やカップがきれいに並べられていた。
その部屋には、普通の人間が住む部屋なら大抵そうであるように、何らかの拘りや趣味を感じさせるものがあった。
(へえー、なかなかいい家だな)
ソファーに寝転がって遊んでいる子供たちの傍らで、ジョーが部屋の中を見回していると、
「何をしているの? さあ、向こうのドアへ行って、シャワー室があるから」
「えっ? シャワー?」
「まさかそんな泥だらけの体で新しい服に着替えるっていうの?」
「ああそうか」
ジョーは、ブレスレットをはずしてテーブルに置くと、アオイに促されるままシャワー室に入った。少し熱めのシャワーを浴びて体を洗い流した後、アオイが用意してくれた新しい服に着替えた。服のサイズはぴったりで、その恰好はカウボーイのようだった。
シャワー室を出ると、リビングにはアルバトロスと4、5人の若いALたちがいた。
「シャワーまで使わせてもらっていろいろすまないな。どうだい、似合うかい?」
アルバトロスは首をゆっくり横に振るだけで、何も答えなかった。
「ジョーさん! 聞こえますか? こっちは準備OKです」
テーブルのブレスレットからスエズリーの声が聞こえた。ジョーはテーブルの方に行き、ブレスレットを手首にはめた。
「ああ、こっちもOKだ。カナはいるか?」
「ずっとここにいるわよ、ジョー。さっきまでスエズリーと喧嘩をしていたの。一刻も早くあなたを戻すべきだって。あなたのやろうとしていることはやっぱり無茶よ! そもそも、仮にレベル5を見つけられたとしても、彼らが私たちに協力してくれるとは限らないじゃない!」
「いいや、おそらく彼らは拒まない」
アルバトロスは、カナの言葉を打ち消すように、控え目だが力のある声で言った。
「アルバトロスさん、あなたさっきから一体なにを言っているの? 根拠でもあるの?」
カナの少しヒステリックな声に、アルバトロスは再び黙り込んだ。
「無茶か。確かにそうかもな。カナ、俺にもし万一のことがあったら……いや、今はよそう」
「なに? どうしたのジョー?」
「スエズリー、10カウントダウンでやってくれ。カナ、心配しないで、俺は必ず戻るよ」
「ジョーさん、本当にいいのですね? いきますよ」
「おうっ!」
アルバトロスとその家族・仲間らに見守られながら、スエズリーのカウントダウンが始まった。
「10、9、8、……3、2、1、ゼロ! ブーストエネルギーを二倍にアップします!」
ブーストエネルギーを上げると、透明パネルに映し出されているジョーのが、その輝きを急激に増した。一方、TWにいるジョーの体が青白く光り始めた。
「おお!」
その様子を見ていた若者たちは驚嘆の声を上げ、中には家を飛び出す者もいたが、アルバトロスは、二人の子供とアオイを抱き抱えながら、ジョーの姿を静かに、そして厳しい目で凝視していた。
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