闊歩猫

Mother

もう終わってもいいと思うんです。

少し疲れたし、そこの絨毯に寝転んで万歳したい。

万歳って悪い事じゃないですよね。


 「そう、朝起きて、一本だけ吸おうと思って、寝起きにいきなり煙草って、健康的にね、あれなんで。一本だけ吸おうと思って。で、外に出たら水溜まりがあって、寝てる間に結構降ったなあとか、思ったりしたんですけど。蛙が水溜まりの淵にいて、目を閉じてサビた住宅街を見て鳴いてたんです。多分泣いてたと思うんだけど、蛙だし、まあ、鳴いてたんです。ああ、あの話ですよね。私。」

 遠くで波が音を立てていて、視界には黄色い生物がたくさんいて、近くの雑音は一切聞こえないのに、遠くの波の音が聞こえる。温い風が砂浜を交差して、空には蜃気楼が映っている。こんな事ってあり得ないし、こうなってる今、僕は相当危ないというか、ヤバい状況なんだろうな、と思いはするが、それを気味が悪いくらい真直ぐに、冷静に、少しだけ笑いながらこっちを見ている僕もいる。そういえば、太陽が照り突く初夏にも、からっと晴れて風が痛い真冬にも、見えてはいないだけでずっと空で星は光ってる。目には見えないほど光は弱いけど、でもずっと星は光っている。そんな話を聞いたことがあった。

 「ずっと思ってることがあるんです。空を飛んでる鳥って、例えばカラスとか、知ってるじゃないですか、街にビルが建ち並ぶ前の、おいしい空気とか、なんか地球全体が穏やかだった時の事とか。知ってるはずなんですよ。なのに、なんでビルの山々に頭下げて帰っていくんだろう。わかります?なんでか。分かったら教えてくださいね。この話したことを私が覚えてないかもしれないけれど。」

「バイト先の隣にね、セブンがあって、このご時世だから灰皿撤去されちゃってたんだけど、携帯灰皿OKって書いてあって、そこで吸ってたんですよ。向かいに小さい病院があってね、その待合室におばあちゃんが、二人、談笑してたんですよ。かわいいなと思って眺めてたんだけど、眺めながら、もしあのおばあちゃんの、小さい頃の将来の夢が看護師だったら、とか考えてたらね、うん。あなたはどう感じますか?仕方ないことだとか詰まんないこと言わないでよね。」

「そう、あの話するとね、私だよ。この人の事すごい好きで、今もなんだけどね。誰にも理解してもらえない私の話を、うんうんって聞いてくれて、すごい優しい人だったんだけど。子供も産まれてね、子供にも彼の顔を見せてあげたかったなあ。そこが残念。本当に残念。あ、この話知ってる?これ聞いたときすごい吃驚しちゃったんだけど、真夏の昼間とか、冬の昼間とか、晴れてるとき。夜じゃないときってさ、星なんて見えないじゃん。でも星はずっと空にいて、光ってるんだよ。」


もう終わってもいいと思うんです。

少し疲れたし、そこの絨毯に寝転んで万歳したい。

万歳って悪い事じゃないですよね。


 

 



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