元魔王様が転生したのは異世界化したニッポンでした

夜神

第1話 「誘って欲しい方に誘われなかったので」

 深い溜め息を吐いた。

 俺が、ではない。

 目の前でぐったりとイスに背中を預けている担任が、だ。

 彼女の名前はナガレ・ミヤコ。

 長い黒髪に切れ長の目、抜群のプロポーションが目を引く美人教師であり、気さくな性格をしていることもあって男女問わず人気がある。

 が、未だに結婚はしておらず彼氏もいない。そのへんの理由としては…… 


「あのクソジジィども……無駄な会話をネチネチと。こっちは授業や明日の準備やらやることはたくさんあるっていうのに。これだから現場を知らない無能は……!」


 誰かを半殺しにしてもおかしくない顔でこんなことを言うところが関係している、かもしれない。

 いやまあ彼女が担当している《魔剣士科》の生徒の大半は割と似たような目に遭っているんですがね。

 急に訳の分からん単語が出てきた、と思った人のために簡単に説明しておこう。

 ここは学校ではあるがただの学校ではない。

 世界各地にあるダンジョンに挑み戦利品を持ち帰る《冒険者》の育成学校。

 冒険者育成機関《デュランダル》。そのニッポン支部だ。

 異世界化した地球、剣と魔術が現実社会に浸透した日本。そう言った方が分かりやすい者もいるかもしれない。


「先生ッ!」


 うるさい。

 非常にクソうるさい声を発したのは、俺の隣に立っていた黒い制服を着た女生徒。

 腰まである長い茶髪にクラスで3番目くらいには整った顔立ち、そしてそこそこに発育の進んだ身体を持っている。

 確か名前は……アイザワ・アイカだったはず。

 ぼんやりしている理由としては、俺とアイザワは同じクラスではあるが特に話す間柄ではないこと。加えて彼女が俺と違って魔剣士科を専攻しないのが挙げられる。


「うるさいぞアイザワ」

「すみませんッ!」

「元気なのは分かった。だからもっとボリュームを落とせ。そんなに大声を出さなくても私には聞こえる」


 最後のは私はまだ若いんだぞ、とでも言いたいのだろうか。

 いや考えるのはここまでにしておこう。

 女性の年齢に関することを気軽に触れるべきではないし、口に出すべきでもない。

 何より感づいていそうな担任が怖い。今もむっちゃ睨まれている。

 ただでさえ教師から呼び出されている状況なのだ。機嫌を悪くするような真似は悪手でしかない。触らぬ神に祟りなし。


「それでどうした?」

「あたし……というか、あたし達は何で先生に呼び出されたんですか?」


 ナガレ先生に呼び出された理由は、今日がどういう日なのか理解していれば何となく分かりそうなものだが……。

 ちなみに呼び出された生徒は、俺とアイザワ含めて4人。

 俺とアイザワを除いた残りの2人はここまで口を開いていないが、呼び出された理由に関しては分かっていそうな雰囲気をしている。

 故に本気で分かっていなさそうなアイザワにナガレ先生も少し呆れ顔だ。


「アイザワ、今日は何の日だ?」

「え、今日ですか? 今日は……あっ!」

「そうだ、今日は」

「週刊ダンダンの発売日!」

「そう! 『竜滅の剣』が最終回間際で私も毎週非常に楽しみにしてい……って、そうじゃない!」


 えー違うんですか、と言いたげな顔のアイザワ。

 それに対してナガレ先生は、怒るというよりは「これ以上は追及するなよ」という顔をしている。

 どうやら毎週少年向けの雑誌を楽しみに知られたことが恥ずかしかったらしい。

 別に気にすることはないだろうに。

 むしろ俺は良いと思う。ファッション雑誌ばかり読んでいる女教師よりも少年誌を読んでいる人と仲良くなりたい。


「今日は仮パーティー申請の最終日だ!」

「あ~そういえばそうでしたね」

「お前な……」


 ナガレ先生の右拳がプルプルしている。

 もしも教師という立場でなかったならば、世間的に体罰への批判が少なかったならば多分アイザワはゲンコツをもらっていたに違いない。

 ただ冒険者という職業は命懸け。

 故に世界中にはいくつもの冒険者育成機関が存在し、武器や魔術の扱いを生徒の資質に合わせた学科で伸ばそうとしている。

 故に授業で武器や魔術を使うのは日常茶飯事。授業の中には実際にダンジョンに潜るものも存在する。

 それだけに卒業するまでに命を落とす者は毎年少なからず存在すると聞いている。

 自分の不注意で自分だけが命を落とすなら自業自得で済む。

 しかし、もしも他人を巻き込んで怪我をさせるようなことがあったならば。

 その場合、教師から鉄拳のひとつやふたつもらっても仕方がないことだろう。


「でも分かりました。あたしを含めたここに居る4人は仮パーティーを組むことが出来なかったボッチってことですね」


 ボッチって言葉は必要ですか?

 自然と出てしまっただけなのかもしれないけど、そういうのを親しくない間柄で言っちゃうのは良くないと思う。

 世の中には孤立することを極端に恐れる人もいるわけだし。一般的に考えてもマイナスのイメージしかない言葉だから。


「自分を卑下するような部分に関しては教師として思うところがあるが、まあそういうことだ」

「なるほどなるほど……けど、それって呼び出される理由になるんですか? 絶対にパーティーを組まなくちゃいけないって話でもなかったような気がするんですけど」

「それはそうだが……」


 心底面倒臭そうな顔を浮かべたナガレ先生は、気分を変えるかのようにタバコを取り出す。

 俺の感覚では学校で、それも生徒の前でタバコを吸うのはどうかと思う。

 が、ここは冒険者なんて職業が存在する世界。ダンジョンや魔術が発見され1世紀以上経過し、社会常識として浸透しきったニッポンなのだ。

 加えて今居る部屋は、学校内にあってもナガレ先生に貸し与えられた専用の個室。禁煙指定もされていない。ならば文句は言えないだろう。

 というか、上司と生徒の間で板挟みになって苦労していそうなこの人の気がタバコで晴れるのなら俺は喜んで我慢したい。


「ここは冒険者育成機関だとか大層な名前が付いているが、世間の認識では学校だ」

「でもあたし達って入学する際に何かあっても自己責任みたいな契約書を書かされた気がするんですけど」

「確かに書いてはもらった。しかしだ、パーティーも組ませずソロでパーティー前提の授業を受けさせたとなったら……世の中には安全面に配慮してなかっただのなんだの言いたがる輩も居る。そうなると学校側としては面倒臭い。非常に面倒臭い」


 だからパーティーが組めていない俺達は呼び出された、と。

 そして、流れ的にここからこれからどうするか決める……というか、決めさせられるんだろう。


「というわけで、パーティーを組めていない君達には今後どうするか決めてもらわなければならない。なので……」


 何か視線がこっちに向いたんですが。

 俺からひとつ隣に……俺が右端に居るから無理な話か。左隣のアイザワから視線を移されたわけだし。

 いやまあ、分かるよ分かりますよ。

 こういう時に端からって流れがこの国の伝統みたいなところあるしね。

 異世界化したとはいえ、1世紀くらい前までの時系列とかは俺の知ってる日本と変わらないもんね。


「クロサキ、まずは君から話を聞くとしよう」


 にっこり。

 そんな言葉が似合いそうな優しい微笑みを浮かべるナガレ先生。

 だが俺にはその裏にある「何でお前はパーティーを組んでないんだ? あ?」みたいな顔が見える。

 ちなみに分かっていると思いますが、クロサキというのは俺のことです。

 フルネームはクロサキ・クロト。覚えたい人だけ覚えてください。


「どうして君はパーティーを組んでいない? この1ヵ月の間、君はいったい何をしていた?」


 担任であり専攻科目の教師でもある私の顔に泥を塗りたいのか?

 そう言われているようにしか思えないのは俺の錯覚だろうか。いや、きっと錯覚ではないだろう。内心では多少なりともそう思っているはず。


「何で組んでいないと言われましても……先生は俺の成績を誰よりもご存知ですよね?」


 俺は先日の試験で魔剣士科で最下位に等しい成績を収めた。

 ここに入学してから3ヵ月経っての初めての試験。仮パーティーを組む前に行われるある意味では最も今後を左右する大事な試験で。

 でも仕方ないんだ。

 俺は魔力は人並み以上にありはするが、使える魔術が極端に少ない。

 元々武器に魔力を纏わせて戦う魔剣士科というのは、魔術をメインに戦う《魔砲士科》と違って使える魔術は少ない傾向にあるが。

 俺はその中でもワーストだと言える自信がある。

 何故なら使える魔術はたったの2種類だけだから。


「俺のような落ちこぼれ魔剣士と組みたいと思う物好きがいるとでも?」

「確かに君の試験の成績は決して褒められたものではない。が、冒険者としての実力は試験の成績だけで計れるものでもない」


 魔力量や扱える魔術の幅をメインとした現在の試験内容にナガレ先生は、割り切ってはいるは納得は出来ていない。そんな顔をしている。

 故に俺の成績に対して俺と同じように……いやもしかすると俺以上にもどかしさを感じてくれているのかもしれない。


「それには俺も同意……というか、同意しないと冒険者としての自分を否定することになるので同意せざるを得ないんですが。今後を左右するかもしれない要素なわけですし、成績が良い人間とパーティーを組みたがるのは仕方がないのでは?」

「その考えは否定もしないし、理解も出来る……が、君はちゃんとパーティーを組む努力はしたのか?」


 それは……最悪ソロでもいいかなって思ってました。

 仮パーティーを組めと言われた今月の頭から割と周囲から「あいつだけはない」みたいな視線を感じていたので。


「魔剣士としての能力を抜きにして……君は背が高いし、顔立ちだって悪くない。君が全力で頼み込めばパーティーに入れてくれる女子は少なからず……」


 年上の、それも美人な女性から外見を褒めてもらえるのは素直に嬉しい。

 だがパーティーを組むために全力で女子を口説けと言われるのは複雑でもある。

 俺の表情から自分が何を口にしたのか理解したのか、ナガレ先生は急に何度も咳払い。少し間を置いてから再度口を開く。


「……何でもない。今の話はなしだ。今すぐ忘れろ」


 そう言われても……

 いや、全力で忘れたいと思います。

 なので俺に今向けているそのドギツイ目を、気の弱い人間なら腰が抜けてもおかしくない鋭い目を今すぐ普段の穏やかな目に戻してください。


「次にアイザワ、君はどうして」

「あたしがこの学校で最も無能だから、です!」


 せめて最後まで話を聞いてから答えなさい。人の話を聞くのって大事なことよ。

 でもそれ以上にこう思う。

 今の発言は、耳を塞ぎたくなるほど元気良く自信満々に言うことじゃない。


「ねぇねぇ、えっと……クロサキくんだっけ?」


 どうしてここで俺は話しかけられるのでしょう?

 まあ考えるだけ時間の無駄な気がするから素直に返事をしますけど。


「そうだけど」

「君ってさ、さっき自分が落ちこぼれだとか言ってたけど使える魔術はある?」

「まあ何個かは」

「あたしは、ない! 身体強化すらまともにできない!」


 だから自信満々で言うことじゃ……

 いやいや、待て待て。身体強化って魔力さえあれば誰でも使えるような魔術だぞ。

 冒険者という職業は危険が付き物。それだけに魔力を持たない人間の入学を認めるはずがない。

 なのに基本中の基本である魔術さえ使えない。俺よりも魔術の資質がない人間が入学している?

 こいつ、何か特殊な資質を持った人間なのか……


「なので先生、あたしがパーティーを組めるはずがないじゃないですか!」

「ドヤ顔で言うな。少しはパーティーを組む努力をしろ」

「それはしました。荷物持ちでも何でもするからパーティーに入れてって。でもバカだとか無能だとか金遣い荒そうとか変態だとか言われて拒否られました」


 バカや無能、金遣いが荒そうというところまでは理解できるとして。

 最後のはよほどのことがないと言われないと思うのだが。

 もしかしてアイザワさん、罵倒されると喜ぶ人なのだろうか。もしかして他人に言えないような性癖の持ち主だったりするのだろうか。

 年頃の男子として、ひとりの人間として気になる。けど、聞いたらダメなことのような気もする。くそ、何てもどかしいんだ。


「お前とは念入りに話す必要がありそうだが……時間が掛かりそうだから後にするようしよう。次にミズノ」

「は、はい」


 気弱な返事と共にナガレ先生に少し近づいたのは、白い制服を纏った女生徒。

 空色の髪の毛を短く整えているが、恥ずかしがり屋なのか片目を前髪で隠している。身長はアイザワよりもわずかばかり小さいといったところ。

 身体のメリハリに関しては……安産型の良いお尻をしている。

 胸の方はパッと見ではアイザワよりも小さいように思えるが、着痩せしている可能性もあるだけに結論を出すのが難しい。

 このまま話を進めるとディープなものになりかねないので、気になりそうな部分を解説するようしよう。

 まずは髪色。この世界のニッポンも異世界化する前は黒髪や茶髪が多かったらしい。だが現在では、親からの遺伝だけではなく生まれ持った魔術資質によって髪色が変化するとされている。

 なので彼女のような髪色は決して珍しいものではない。

 次に制服の色についてだが、この説明に関しては簡単だ。

 ここまでの俺やアイザワの発言から分かるように魔術資質が乏しい者が黒。魔術資質が優れた者が白の制服を着ている。

 故にミズノという女子はエリート、勝ち組に属する生徒。本来ならパーティーを組めないということはないはずなのだが……


「どうしてお前はパーティーを組めなかったんだ?」

「えっと、その……あの……パーティーは何度か組みました」

「そうなのか?」

「はい……でも…………ボクと一緒だと疲れるだとか……話が進まないって」


 まさかのボクッ子。

 メカクレ系なのに一人称がボクとは属性がモリモリだ。

 しかし、そんな興奮を表に出せないくらいの気まずい空気がこの場を支配している。理由を聞いたナガレ先生もどう返すのが正解か悩んでるのがその証拠だ。


「そ、そうか。ま、まあ生理的に合わない人間というのは居るからな。それは仕方がない。うん、仕方ない」


 俺やアイザワと違って優しい対応である。

 まあナガレ先生は生徒にカッコいいと思われる一方、怖いと思われることもあるようなので、気が弱そうな生徒には優しい雰囲気で話すのを心がけているのだろう。

 さて、ナガレ先生の事情聴取の残すはあと1人。

 ある意味この中で最も問題児な生徒の登場だ。

 作り物と思うかのような完璧な黄金比で作られた顔立ち、宝石にも負けないほど人の目を惹きそうな青い瞳。身体は女性の理想を体現するかのように胸とお尻は大きく、その間は綺麗にくびれている。

 また肌の色は雪のように白く、肩にかかるほどの金髪は風が吹けば優雅になびくと直感的に思えるほどサラサラだ。

 この生徒の名前はセラフィリアム・グランツ。

 天使のような美貌とあらゆる属性を上位まで扱える魔術資質を持つ学校始まって以来の天才と謳われる女生徒。着ている制服は言うまでもなく白色だ。


「最後にグランツ、お前は何故パーティーを組まなかった?」


 組めなかった、ではなく組まなかった。

 この言い回しから分かるように普通であれば彼女がパーティーを組めないはずがない。

 何故なら彼女は俺達の学年で最も優れている人材の一角。

 故に自分からパーティーを作ろうとしなくても周囲が彼女をパーティーに招きたいと動き回る。

 それだけにナガレ先生も仕方がないと割り切るつもりはないらしく、これまでとは違って強く咎めるような視線を彼女に送っている。


「パーティーを組まなかった理由ですか? 別に大した理由ではありませんよ」

「ならさっさと答えろ。お前には色んな生徒からパーティーへの誘いがあったはずだ」


 それなのにお前はここに居る。自分以外の人間は誰もが無能で必要なかったか?

 ナガレ先生の視線はそう彼女に訴えているように思える。

 普通の生徒なら冷や汗を掻いてもおかしくない鋭い眼光だ。

 しかし、そんな視線も天使には通用しないらしく冷や汗どころか表情ひとつ変わらない。


「そうですね。確かに誘ってくださった方はたくさんいらっしゃいました」

「だがお前はそれを全て断った。それは何故だ?」

「そんなの決まっているじゃないですか」


 天使の口角が微かに上がる。

 それが俺には、まるでイタズラを思いついた子供のように見えた。

 直後。

 天使の視線はナガレ先生から俺へと移る。

 それも俺を見ている、俺以外は見ていないと周囲にはっきりと分かるくらいに。


「誘って欲しい方に誘われなかったので」


 おいこら、何でこっちを見る?

 何でこっちを見ながらそういうことを言った?

 驚愕や羞恥、妬みといった様々な視線を受け止めながら俺は切実にそう思った。



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