クリームソーダと番傘とあの人

霜月かつろう

クリームソーダと番傘とあの人

 人の賑わいは流石に観光地であることを意識させる。若い頃はこいう場所に来ると記念撮影をしているグループが目立ったものだが、昔に比べていくらかグループの単位が小さくなったのは気のせいだろうか。かくいう舞子まいこも今日は家族で来ているだけだ。グループの中では小さい部類に入る。

 神社の境内だというこの場所はあちこちに木々が植えられていて日除け代わりと風よけになっている。町かと思えるほど広いその境内には当然のように商店が立て並ぶ買い物スポットもあり、石畳が敷き詰められた広い道の両側には各種商店が立ち並んでいる。

 定番のお土産屋さんから小物屋、手ぬぐい屋、かんざし屋、シックな外装のコンビニなんかもある。食べ歩きのお店も多くて、串物やせんべい、干物に、タピオカと節操のない並び順だと思ってしまう。

「よってきなー。どれも美味しいよ」

 そう叫んてるのはせんべい屋さんだ。人が並んでいるというのに精が出る。

 しかし、どの店も繁盛していそうだ。店内をスタッフが大声で接客している。

 これだけ人がいれば当然だろうとは思う。

 それくらい人の数がすごくて、なんでも何十年かに一度のイベント事らしく、例年に比べてても参拝客が多と聞いた。

 昔はガイドブック片手に調べ尽くしてから来たものだけれど、今はスマートフォンで音声検索をすれば一発なのもあって、調べはするけれど覚えはしなくなってしまった。単に歳を重ねた結果とも言えるが、それは自分では認めなくはなかった。

 還暦のお祝いをしてあげるよと娘夫婦に提案されたのは赤いちゃんちゃんこだった。いったいいつの時代の話だと思い、丁重に断った。赤いちゃんちゃんこを着るなんてまだ早いと思っている。還暦だからといっておばあちゃん扱いされるのはあまり気持ちの良いものではない。

 代わりに提案してくれたのはこの旅行の計画だった。

 まあ、祝いとかこつけて、自分たちが旅行に行く口実を作ったのだと思っている。娘の旦那は出不精で旅行に連れて行ってくれないと娘がぼやいていたのを思い出したからだ。我が娘ながら考えが安直だと思わないでもないがこうやって旅行できている以上、侮れない。

 それにこうやって連れ出してくれたことも感謝している。あの人がいなくなってから、こうやって旅行に行く機会もなくなった。

 ひとりで行っても味気ないし、ツアーに参加したところでその場で知り合った人に旦那の愚痴を話されて気分が落ちこでしまうことが目に見えていたからだ。

 だから遠出は久しぶりだ。

 しかしそうは言っても久しぶりの人混みは応える。しかも、手にはクリームソーダを持っているのだからさらに応える。

 年甲斐もなくおしゃれな飲み物を持っているのは自覚済みだ。

 クリームソーダは娘の希望だった。こんな場所でもない限り、飲む機会がないから久しぶりに飲んでみたいと言い出したのだ。しかも自分はタピオカを飲むのだと言い張った。

 つまり味見をしたいからお母さんクリームソーダを頼んでと、言ってのけたのだ。しかも、買うやいなや可愛い小物屋さんを見つけて走り出してしまった。旦那はそんな娘を追いかけて一緒に入っていった。

 ひとり残されてクリームソーダ片手に観光地をぐるりと見渡している年寄りは周りからどう見られているのだろう。

 途端に恥ずかしくなって何かないかと歩き始める。

 足元は普段のアスファルトとは違うでこぼこの石畳だ。それなのに靴から感じる感触が普段と対して変わらないのは、履いている靴が分厚いからなのか、年齢のせいなのかは判断がつかないでいる。いや、自分が還暦だということを認めたくないだけなのかも知れない。

 人混みをかき分けるように歩くがどうにも歩き難い。どうしてだろうと考えて、あの人の影が目の前にぼわぁっと現れて気づく。いつもこういう場所ではあの人は舞子の手を握って人混みから守ってくれていたのだ。あの安心感はどこかで元気にしているのだろうか。物足りなさについつい空いている手のほうがあの人の手をつかもうと伸びてしまう。当然そこにはあの人の手はなくて、その代わりに商店の店頭に並ぶ番傘を掴んでしまった。

 あっ、と思ったがもう手に取ってしまったからには少し持ち上げて興味があるふりをしてみる。竹でできた骨組みに少しときめきを覚えてしまう。普段使っているビニール傘には到底出せない味がそこにあった。

 心棒も竹だが太さが違う、しっかりとした竹は手に良く馴染んだ。その太さは使い手の心に寄り添っている気がした。

 あの人の手に似ている気がする。妙な幻影を見てしまったからなのか、あの人のことをついつい思い出してしまっている。こういった観光地に来ることが多かったからのかもしれない。思い出がそこかしこに転がっている。

 片手に持っていたクリームソーダを脇のベンチに置かせてもらうとゆっくりと番傘を開いてみる。薄い紅色の和紙が太陽の光を薄く通してほんおりやわらかい陽光へと変えてくれる。これは日傘なのだろうか。これなら雨傘、日傘どちらにでも使えそうな気がするのだが。どうなのだろうと店員さんに話しかけてしまった。疑問が出ればすぐに人に頼ってしまうのも最近の傾向な気がするのだが、どうなのだろう。これも年齢のせいなのだろうか。

 少し気に入ってしまって、元の場所に戻すのが惜しい気がしてきてしまう。その時点でこの商店の狙いにはまってしまっているのだろうけれど、これも運命だと思いそのままお会計を済ませてしまった。しかもベンチに置いたクリームソーダを忘れそうになって店員さんに声をかけられてしまうというおまけ付きだ。

 さらにその瞬間を娘夫婦に見られていたものだから、たちが悪い。

「お母さん。しっかりしてよね。まだ、ボケられちゃ困る年だし。まだまだ元気でいてもらわないと」

 厳しい言葉なのはまだまだ長生きしてほしいという心の表れか。それとも、看病なんてしたくないという心の表れなのか。どうしたってそうやって疑ってかかってしまう。これも年齢のせいなのだろうか。すぐそんな風に考えてしまう自分が嫌に思えてきても反射には逆らえない。還暦と言う節目を迎えてから何かと年齢を気にしだしている。

 これじゃあ。ダメだね。あの人のことを笑えやしない。

「クリームソーダ飲まないならちょうだい」

 こちらの返答も聞かずに奪い取ってしまう娘に呆れてしまうのと同時に、その旦那に申し訳なさがこみ上げる。子育てを間違えたつもりはないがこう無遠慮な性格だと困ることも多かろうと思う。それを受け入れてくれる人に出会えたことは感謝しないといけないよと言い聞かせてはいるのだが、どうにものれんに腕押しとでもいうのだろうか、手ごたえが感じられないのだ。

 だいたいあなたが飲みたいと言ったから買ったものだ。飲まないならと言う言い方はいかがなものかと思うよ。

 小物屋さんから帰ってきた娘の腕には買い物袋がぶらさがっており、買い物を済ませてきたことが見て取れた。番傘に視線が落ちる。衝動買いするクセがあるのは親子の証明の様に思えてならない。ふう。と小さくため息が出てしまう。

「どうしました?疲れたならその辺りで休憩でもしましょうか」

 ほんの小さな仕草ですら気を使ってくれる娘の旦那に感心してしまう。わが娘ながらいい男を捕まえたものだと思う。この人を捕まえたのはもう十年前の事だ。孫の顔を見てみたいなんて野暮なことを言うつもりもないが、見てみたい所ではある。

 旅行の誘いではなくその報告でも祝いとしては十分なのだが、とてもじゃないが言い出せるはずもない。

「クリームソーダも久しぶりに飲むと美味しいね。はい、ありがとう」

 三分の一ほど減ったクリームソーダが手元に帰ってくる。

「お母さんも飲めばいいのに。美味しいよ」

 屈託のない笑顔の娘がいつまでも少女の様に見えて仕方ない。こなんなんでしっかり社会で生きていけているのかと心配になる日も多いけれど聞こえてくる話はいいものばかりなのでしっかりやっているらいしい。

「ちょっと疲れたから休憩しようかって相談してたんだ。どうです?どこかお店でも入りませんか?」

 そんな風にお店を提案されたことなんてなくて、少しだけ戸惑ってしまう。

『ほら。あそこよさそうだから。行くぞ』

 あの人はいつもそうやって自分で決めてしまって、後についていくだけだったから。優柔不断な舞子にとってそれは助かることではあったのだけれど、相談してくれてもいいのにと思ったことは何度かあった。

「いいのよ。まだ疲れたわけではないの。少し昔を思い出していただけよ」

 嘘ではない。先ほどから過去の事ばかり思い出してしまう。外に出るとやはりあの人の影がちらついて離れない。家ではそんなことないのになと思う。あそこには帰ってこないと知っているからか、ここならばどこかにいてもおかしくないと思っているからか。

 娘が結婚を決めたころ、あの人は舞子の元を離れた。何の相談もなしにだ。ほかの女なが出来たとか、借金から逃げたとか、そういう問題でもなかった。

 あの人は50を過ぎたころ、突然出家した。

「あー。もうすぐお父さん帰ってくるんだもんねぇ。もしかして緊張してるの?」

 能天気になんでもないように言える娘に感心してしまう。十年前、一番怒っていたのは娘だというのに。呆けていた舞子の代わりにいの一番で声を荒げたのは娘だった。

『なんでお母さんをひとりにするの!?』

 結婚も決まり、家から出ることが決まっていた娘にとって、それが一番の心配事だったらしい。あの人の理由も聞かないまま責め立てていたのを今でも覚えている。実を言えば本気で怒ってくれる娘がうれしかったのだ。忘れるはずもない。

 それにあの人はなにも言わずにじっとそれを受け入れていた。まるでもう決めたことだからと言わんばかりに。あの人のそんな性格はわかっているつもりだったので、何も言わずに受け入れた。

 帰ってくると知らせが付いたのも突然だった。出て行った時とまったく同じ。ほんと自分勝手なんだからと思わないでもない。

 暮らしていけるだけの仕送りはもらっていたから元気なのは分かっていたが、それにしてもだ。

「緊張なんてしてないわよ」

 正直緊張より、わくわくの方が勝っていた。まさかこの年齢になってこんな感情になるなんて思ってもみなかった。それくらいあの人に惚れていたことに驚きもした。

「お父さん元気かなぁ。髪の毛残ってなかったりして」

 出家したのだから髪の毛が残っているはずもないのだけれど、ツッコミを入れるタイミングを失ってしまって軽く笑うことしかできない。

 正直のところ自分を責めた日も数えきれないくらいあった。同じくらいあの人を恨んだ夜もあった。それもだんだんとどうでもよくなっていってしまった。ひとりの時間を楽しむのも悪くはなかった。思えば初めての一人暮らしの期間だったと言える。

 それに最近は思うのだ。あの人も舞子もただ自分の人生を生きているだけだ。そこに是も非もない。

 ただ、あの人の懐かしいぬくもりを感じることが出来るのだと思うと少しだけうれしく思うだけだ。

 喉が渇いてきた。クリームソーダを口に運ぶ。それは口の中に広がると甘さを強烈に主張してくる。まるで、ふたりの思い出の様に感じられ、これからの人生に少し彩を与えるのだ。なんて年甲斐もなく思ってしまって少しだけ空を仰いだ。

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クリームソーダと番傘とあの人 霜月かつろう @shimotuki_katuro

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