彼女が寝取られました。でも地味なクラスメイトがお世話をしてくれるので毎日幸せです。
タテモノタ
第1話 彼女が寝取られました。
中学2年の夏、彼女が寝取られた。
名前は児野美紅。煌びやかな黒髪のセミロングに白雪姫のような白い肌、ぱっちりした二重に艶っぽい唇。
10人中9人は可愛いと言うようなハイスペック美少女である。
なぜこんな可愛い子が俺の彼女になってくれたのか。きっかけは小学5年生の時だと思う。
その頃の俺はぼっちだった。誰とも遊ばず、放課後は一人アニメを観て過ごす。
本当に小学生なのかと自分でも疑問に思うほど俺の生活には希望や華といったものがなかった。
そんな時に話しかけてきたのが彼女だ。
「ねえねえ、明君って頭いいんだよね?分からないとこがあるんだけど、教えてくれないかな?」
なぜ俺に?
勉強ならこんな根暗な俺よりも同じクラスの斎藤に聞けばいいだろう。あいつはいつもクラスの中心にいて、周りを牽引し楽しませる。いわゆる陽キャって奴だ。
だがその時の美紅の眼力は半端じゃなかった。まるで荒野に一匹取り残された子ぎつねのような、今にもその潤んだ瞳から膨大な量の涙が流れてきそうな、そんな目で俺を見つめていたのだ。
何で人に勉強を教えるなんて面倒臭いことをしなきゃいけないんだ。
だがよく考えてみたら、こんな目でお願いをされて断ることができる男子なんて恐らく毛ほどもいないのではないか、だったら俺が折れたところでこれは仕方のないことなんだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は彼女のお願いを聞き入れた。
そこからは毎日放課後、彼女の家や俺の家で勉強を教える毎日が始まり次第にお互いの仲も深まっていった。
そして中学1年の夏、期末試験も終わり夏休みが始まろうとしている頃、俺は美紅に告白をした。
「美紅・・・俺と付き合ってくれないか?」
「・・・私もね、付き合うならあき君がいいと思ってた・・・よろしくお願いします、えへへ」
人生で初めての告白。今思えば何でこんな奴に告白してしまったのだろう。こんなイケメンなら誰とでもエロい事をするようなアバズレに。
でも俺はこの事を後悔していると同時に満足感も得ていたのだ。
だって彼女が寝取られるまでの約1年間、確かに俺は幸せを感じていたから。
恐らくこれが俺の人生の中での最後の幸福なのだろう。それがたまたま思春期というかなり早い時期に来てしまっただけの事だ。自然と納得もできる。
そして俺たちは放課後、休日、色んな場所へデートに行き、中学2年の春には初めてのセックスも経験した。
両親がいない間を狙って俺の家で愛を確かめ合ったのだが、その頃から俺はなぜか疑念を抱いていた。
何の確証もないしおかしい所もない。だが無性に湧き出てくる不安と焦り。
このまま突き進んだら絶望の底に落とされてしまうのではないか。
今思えばこの時の不安は当たっていたんだなと思い出すたびに笑えてくる。
そして中学2年の夏、終業式が終わった放課後。俺は見てしまった。
その時は運悪く教室に筆箱を忘れてしまい取りに向かうところだった。
終業式の後は帰宅するだけなので、もう校内にはほとんど人はいない。
当然俺たちの教室にも人はいないだろうと思ったのだが、教室に近づくにつれ囁きにも似た笑い声が聞こえてきた。
声質からして2人、それも男女・・・カップルか?
扉を開け中を見た瞬間、俺は固まった。それはもう石のように。
同じクラスの斎藤と俺の彼女である美紅が、熱いキスをしていのだ。
扉を開けた物音で2人は気づき、そして目を見開いた。
「竹内・・・・どうして・・・」
「あき君・・・・」
しばらく驚いていた2人だが、やがて目を合わせた後ふふっと笑い合っていた。
内から湧き出てくる怒りそして憎しみ。今この瞬間2人を殺してやりたい。
そんな殺意を必死に抑え俺は聞く。
「何がおかしい?」
「あき君さぁ、本当にどうしようもないよね」
どうしようもない?どうしようもないのは彼氏の前で下品に唇を貪りあっているお前らだろうが。
「私ね、もうあき君に・・・飽きたんだ」
はぁ。そりゃそうか。だって俺だもんな。根暗で地味で何の面白みもなくて、顔も地味、スポーツもできない、勉強だけが取り柄のどうしようもない奴。
やがて俺の怒りは諦念に代わり、この状況を飲み込めるようになった。
「お前さ、マジでこんないい彼女がいながら何も変わろうとしないとか、陰キャにも程があるよな笑
美紅が言ってたぞ、お前とのセックス気持ちよくないって、必死に腰振ってるけど気持ちい所全然当たんないってな。セックスの技術まで陰キャレベルかよ笑どうしようもないな!!」
そうだよ、俺は自分の彼女すら満足にさせられない惨めな男だよ。そしてこの状態から何も変わろうとしないんだ。笑ってくれて結構、というかめちゃくちゃに笑ってくれ。もうどうでもいい。
「優斗君ね、優しいしかっこいいしイケメンだし、セックスだってあき君の何倍も上手いんだよ?こんなにすごい男の子いないよね?だからさ・・・別れよ?」
やっとその言葉を聞けた。お前らの惚気なんて聞きたくないんだよ。お前らは俺を盛大に振って帰らせればいいんだ。
美紅の言葉を聞き入れ、俺は筆箱も取らず全速力で家へ走った。
なんだよ、あのビッチ。
やっぱ結局は性欲なんだな。
家に向かう間、美紅との思い出が嫌でも頭の中を駆け巡る。
放課後にファミレスで勉強を教えたこと、夏休みプールに行ってお互いの水着を誉めあったこと、映画館で手を繋ぎながら純愛映画を見入った事。
何より思い出すのは強烈に俺の目に焼き付いた、美紅の穢れのない、純真な笑顔。
俺はこの笑顔をいつまでも守りたいと思っていた。彼女のためなら何だってできると思っていた。
それがこのざまだ。彼女に飽きられ、イケメン陽キャの斎藤に寝取られる。
恐らく俺の後ろには涙の跡が道のように続いてるんだろうな。今は何も見たくない。後ろも振り返りたくない。彼女を思いながら涙を流しているこの事実にも、目をつむりたい。
それから夏休みの間はずっと家に引きこもっていた。
時々母が心配して様子を見に来てくれたが、今はそんな気遣いもやめてほしい。
とにかく俺をほっといてくれ。笑いものにしてくれ。罵ってくれ。
楽しいはずの夏休み、彼女と思い出を作るはずだった夏休み。
そんな夏休みを赤黄色に染まるまで、俺は目をつむっていた。
9月、学校が始まり嫌々ながらも登校した俺に待ち受けていたのは、失恋よりも酷いものだった。
「おい、お前美紅に暴力ふるってたんだろ?どうしようもない奴だな。さすが根暗だわ、やることがホント陰湿」
名前も知らないクラスメイトに蔑まれ、周りからはごみを見るような目で睨まれ、斎藤と美紅は肩を寄せ合って俺を殺意のこもった目で見ている。
なるほどな。こいつらの話をまとめるとこうだ。
俺は美紅に日々暴行を加え、見かねた斎藤が俺から美紅を救った。そしてその事実が俺の入っていないライングループで暴露され、クラスメイトは俺を睨んでいるという訳だ。
本当に、笑っちゃうよな。陰湿なのはどっちだよ。こんなにしてまで俺を陥れたいのかよ。
自然と怒りは湧いてこない。
何も思えない。
何も考えられない。
無機質なロボットみたいに、俺はただ教室の端に立ち尽くすだけ。
後日両親とともに教頭から呼び出された俺は、今回の件について激しく問いただされた。
両親は驚いただろうな。だって実の息子が女の子に暴行してたんだもん。
そして話は大きくなり、美紅の親御さんも登場。
「うちの子に何をしてくれるの!?あんなに痛々しい打撲跡まで出来るくらい・・・あなたの息子は悪魔よ!!もう2度と娘の目の前に現れないで!」
殴った覚えもないのに打撲跡なんて出来るのかと疑問に思ったが、どうやらあいつらはそこまで徹底したみたいだな。
本当に笑えてくるよ。そこまでするのかって。
俺の存在はそんなに邪魔なのか。
何とか少ない慰謝料で済んだものの、俺はその日から不登校になった。
両親は何度も俺に聞いてきた。真相はどうなのかと。
何であんなことしたんだとは聞かないあたり、やっぱり俺の親は優しい。
こんな状況になっても俺のことを信じてくれるんだもんな。
部屋に引きこもり、自堕落に時を過ごし、やがて俺は決意した。
よし、死のう。
天井に縄を括り付け、椅子を真下に運び、輪に首を通す。
ここまでして思ったが、自殺って案外用意してる過程の中では何も感じないんだな。
首が締まり息が出来なくなってどうなるかは分からないが、そんな心配なんてしなくていい。
だってもうすぐこの世から消えるんだから。
「あき?いるの?お母さん話したいことがあるんだけど・・・」
こんな時にまで母さんは俺と話したがるのか。
たまに鬱陶しいなと思うことはあるけど、母さんには感謝してる。
ここまで俺を育ててくれて、最後まで俺を信じてくれたから。
父さんは仕事が忙しくて中々話す機会はなかったけど、でも根底では俺のことを大切に思ってくれてたのは伝わったよ。
ありがとう。母さん、父さん。
こんな息子でごめんなさい。
もう母さんと父さんを心配させるようなことは起きないから。
これからはダメな息子の事なんか考えずに2人で仲良くやってくれ。
2人だけは幸せになってほしいといつまでも願うよ。
「あき?・・・開けて? あき?」
ふぅ・・気が進まないものだな。自殺って。そりゃそうか、死ぬんだもんな。
椅子を蹴り上げる力が中々出ないよ。
むなしいな。
やっぱりまだ未練があるのかな。
「明?・・・開けて?・・明?」
精一杯の力で椅子を蹴り上げようとした瞬間、とある人物が頭の中に浮かんだ。
眼鏡をかけた女の子。
俺と同じくらい地味で、いつも本を読んでいる女の子。
誰だ?クラスメイトにこんな奴がいたのか?
いたとしても何で今になって思い出したんだろう。
こんな奴と仲良くなった記憶はないが。
まあいいや。もうすぐ死ぬんだし。これが俗にいう走馬灯って奴なのか。
だったらもうちょっと楽しい思い出を見させてくれよ。
もうすぐだ。もうすぐ楽になれる。
足の先に力を込めようとしたその時、電話が鳴った。
なんだ?俺のスマホには両親以外電話番号を登録した覚えはないが。
そしてガタンっと勢いよく部屋の扉が開く。
「明!!」
母さん、何してるんだ。
死に際なんて見せたくなかったのに。
母さんが小柄な体で必死に俺を抱き上げ床に引きずりおろした。
何やってるんだよ。もうすぐ楽になれたのに。
でも自然と安心感が湧いてくる。久しぶりに母さんに抱きしめられたからだろうか。
母さんは床に降ろした今も泣きながら俺を抱きしめている。
「明・・・何やってるのよ!!何で自殺なんかしようとしてるの!!」
そりゃ母さん、苦しいからだよ。これからの未来に希望が見えないから。
でもこんなお先真っ暗な俺に母さんは何度も言い聞かせるように俺を説得する。
「自殺なんてしたら駄目よ!!それだけはダメ!!お母さん、学校で何があったか分からない。でも明があんなことをする訳ないって信じてるから!!!
だから・・・だからぁ・・・お願いだから死なないで・・・」
何てことをしたんだろう。正直自分が死ぬのはどうだっていい。
だけど俺は母さんを泣かせてしまった。どんな時でも俺の味方になってくれた母さんを。
どうしてこんなに俺のことを思ってくれるんだろう。
どうしてこんな奴の事なんか信じてくれるんだろう。
考え出すと止まらない。
だけど、それと同時に涙も止まらなくなってしまった。
俺のことをこんなに大切に思ってくれて、最後まで見捨てずに俺のことを信じてくれた。
そしてそんな母さんと泣かせてしまった自分が情けない。何もできない自分が辛い。
「お母さんね・・・明が生きてくれればそれで満足なの・・・周りに何と言われようと明が元気ならそれでいいの・・・だから・・・生きて、明・・お願い」
俺は決心した。
もう母さんを悲しませない。そして生きようと。
今後を考えると不安で仕方ない。だけど何もしないで母さんを悲しませるのだけは嫌だ。
だから生きよう。今までの事なんか忘れて、これから真っ当な道を歩むんだ。
「母さん、ごめん。俺生きるから。だからもう泣かないで。」
貶されてもいい。
笑われてもいい。
だからもう母さんを悲しませない。
それから俺は今何が出来るのか考えた。
さすがにあの中学へ行くのは精神的にも苦しい。待っているのは壮絶ないじめだろうからな。
母さんもそれを察してくれたのだろう。隣町にある中学への転校を進めてくれた。
俺の悪評が全く広まってないことはないだろうが、今の中学へ行くよりはましだろう。
転校の手続きを進めるにあたって、父さんも転職をした。
家族と過ごす時間を増やしたいからだそうだ。
収入は確実に減るのに家族を選んでくれた父さんにも頭が上がらない。俺はこんなに良い家族に恵まれてたんだな。
無事に転校が終わり、俺は気持ち新たにまた通いだした。
見た目のせいで相変わらず友達は出来なかったが、以前の事を持ち上げてくる奴はいなかった。
ここまで噂が来てないのか、それとも興味がないのか。
どちらにしろ俺には有難い。何も言われずに勉学に打ち込めるんだからな。
そして受験シーズンになり、勉強ばっかしていたおかげか、俺は県内有数の進学校である県立浅野山高校に合格した。
友達と遊ぶ時間を勉強に割いてたからな、学力には自信があったし。
両親はとても喜んでくれた。父さんに関しては息子がすごい高校に合格したぞって会社の同僚に自慢してたみたいだしな。
恥ずかしいからやめてほしかったけど、まあ父さんが幸せならそれでいっか。
新しい制服に身を包み、これからの学校生活を想像し、俺は入学式へ向かった。
道中ふと、自殺しようした直前にかかってきた謎の電話を思い出した。
結局番号を見ても誰だかわからなったし、それからかかってくる気配もなかった。
ただのいたずら電話だったのかな。
まああの電話で死ぬことは免れたんだし、いたずら電話であってもあの電話の主は命の恩人だな。
浅野山高校までは電車で5駅先の場所にある。やや遠いがあの出来事を持ち出してくるやつは多分いないだろう。そう思うとこれからの学校生活かなり気楽になるかな。
中学の頃は微塵も感じていなかった希望を胸に、俺は学校の門をくぐった。
これからだ。
これから俺の新しい人生が始まるんだ。
もう過去なんて振り返らない。
俺のことを信じてくれた両親のためにも、俺はこれから頑張るぞ。
そしてこの当時の俺はこれから起こる”2度目の幸せ”など起こることすら予期していなかった。
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