代償呑み込む美術館

影迷彩

代償呑み込む美術館

 目の前の壁に飾られた絵が、赤い涙を流し始めた。

 描かれている弟の顔は苦しみと恐怖に満ちていて、さながら悪夢に囚われているようだった。


──暗い暗い森のなか、誰もいない廃れた美術館。

 ダヴィは森を抜け、そこに入り込んだ。この美術館に一人で入り、奥にある大きな絵に願うことで何でも叶えられるらしいと町の人に聞いたからだ。


 館内は薄暗くて光は差し込んでいない。生き物の気配は感じられない。

 来館者はダヴィだけ。絵が全員こちらを向いているような気がして、背筋が寒くなった。

 広い廊下を導かれるようにたどり着いた中央のイラストに、苦悶な表情をした弟が水彩で描かれていた。

「弟を治してほしい」

 ダヴィは急いで願いを呟いた。早くここを出たい。そう思い後ずさると、描かれた弟の目から赤い涙が流れ、水彩である己の顔を醜く歪ませた。大口を開け目がとろけた弟を見てダヴィは悲鳴をあげた。足を踏み出すピチャッピチャッと水音が響いた。足元を見ると、足首までが赤い液体で満たされていた。

 

 ダヴィは外へ向かって館内を走った。後ろから赤い液体が滝のように迫ってくる。絵が全員彼女を見つめていると、赤い液体に水彩画が溶けて混ざっていく。

 赤い液体はどす黒い津波となって、走るダヴィを飲み込もうとした。

 弟が絶叫してるような声が頭の中にガンガン響いた。そして入り口の扉を開けようとしたとき、ダヴィはどす黒い津波に飲まれ溺れて沈んでいった。


──「姉はどこ?」

 一人の少年が、美術館の中で願いを唱えた。

 目の前では、水に溺れ目を見開いた自分の姉が歪んで描かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

代償呑み込む美術館 影迷彩 @kagenin0013

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ