第30話 チキンステーキ弁当③
ガイウルフが正義を案内したのは、彼の書斎だった。
まず嫌でも目に飛び込んでくるのは、壁に貼られた大きな世界地図。
当たり前だが地球のものとは全然違う陸の形をしていて、思わず正義は見入ってしまった。
学校の校長先生が使用するような大きくて頑丈そうな机には、書類の山が積み上がっている。
壁際には大きな本棚が設置されており、大小様々な本がビッシリと並んでいた。
正義がひときわ目を奪われたのは、その隣に設置された棚だ。
水晶でできた人形や複雑怪奇な模様が描かれた織物、青い炎が静かに燃え続けているランタンなど、統一感のない物で溢れている。
まるで世界のお土産コーナーのような雰囲気だ。
「私は貿易業をやっていてね。その中でも珍しい食材や物を取り扱っている。流通量を多くするより質を重視している――と言ったら聞こえは良いかもしれないが、要するに好きが高じた趣味の延長線だ」
そう言って軽く笑うガイウルフ。
そのガイウルフの趣味がたくさん並べられた棚から、正義は目を離すことができなかった。
片手を上げ、小判を携えて座っている猫の置物。小判には『千両』の文字まで入っている。
ただあの文字が『言葉の女神』によって翻訳されたものが正義の目に映っているのか、そこは判別できない。
(あれ、どう見ても招き猫だよな……?)
いきなり現れた日本の物に、正義は動揺してしまう。
「何か気になる物でもあるかね?」
「あ、はい……。あの、三段目にある猫の置物なんですが……」
「あれか? アクアラルーン国の小さな村で作られている工芸品だ。私たち流通関係を仕事にしている貴族の間で、あれを家に置くのが密かに流行っているんだよ。何でもお金の流れがよくなるとか。表情がとてもユニークだろう?」
「そ、そうですね」
アクアラルーン国。
初めて違う国の名前が出てきた。
このヴィノグラードの街があるのは確か、ブラディアル国だとカルディナが言っていた。
そして世界には8つの国があるとも。
(日本の物と同じ物があるのは偶然か? それともこの世界にも日本に似た場所があるとか?)
この世界には本来なさそうな物を目の当たりにして、正義の胸が途端にざわつく。
そんな正義をゆったりとしたソファに座らせてから、ガイウルフは自分の席に着いた。
「すまない。大変無礼なのは承知だが、一口だけこの弁当を頂いても良いだろうか?」
「あ、はい。問題ないですよ」
「感謝する」
ガイウルフはおもむろに弁当の蓋を開け、ハンバーグを食べる。
しばし無言のまま味わって――。
「驚いた。これほど美味しいとは!」
驚愕の声を上げた。
ホッと胸を撫で下ろす正義。
カルディナが作ったので美味しいとはわかってはいるが、こうして目の前で食べる様子を見ているとやはり緊張してしまうのだ。
「早速だが先ほどの話の続きをさせてくれ。実は数日後に大規模な商談を控えていてね。国の内外から我が家に人が集まることになっているんだ」
『言葉の女神』の力で通訳が容易にできるので、国外から人が集まる大事な取引きにブラディアル国が選ばれることが多々ある――と以前聞いた。
ガイウルフの仕事は、まさにその『言葉の女神』の恩恵をフルに活かしたものだろう。
「その日の客人に提供する昼食に、この宅配弁当を提供したいと考えている」
「えっ――。そ、そんな大事な商談の日に!?」
「ああ。今失礼を承知で味見を兼ねて頂いたが、これなら客人に出しても申し分ないだろう」
「しかしどうしてまた、宅配弁当を……?」
「それなんだが――。実はうちで雇っているコックに身内の不幸があって、彼が二日前から帰省していてね。その帰省先が遠いのでうちに戻ってくるのは二週間ほど先になってしまう。商談の日に間に合わないんだ」
「なるほど……」
「当然代わりの人員を探しているのだが、なかなか良い返事が貰えなくてな。基本的に腕の良いコックは既にどこかしらで雇われているものだから、先方を抜け出してまでは無理だと断られ続けていたんだ。どうしようかと悩んでいた時に、最近噂になっている宅配弁当を思い出したというわけだ。引き受けて貰えるだろうか?」
「俺の判断だけでは決められないので、今店に連絡して聞いてみますね」
「なんと……。てっきり君が店主をやっているのかと思っていたよ。早とちりをして申し訳ない」
だから、わざわざ正義を屋敷の中に入れて話をしたのか。
自分が店主に間違えられたむず痒さを抑えつつ、正義はカルディナに連絡をする。
「あ、カルディナさん。今お客様から予約についての相談がありまして――。はい。ちょっと代わりますね」
ショーポットをガイウルフに渡す正義。
そしてガイウルフは予約の詳細をカルディナに伝えるのだった。
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