第7話 私自身がするべき事
「そんな、まさかこんなことが…」
口から何か言葉を出さなくてはと、なんとかして出た言葉は、やはり目の前の事を信じられないとばかりの一言だった。
自分が、何処からともなくやって来る魂の泡達の道中に立ち、記憶の重さで深海に沈んでしまう者達から、記憶を切り離し救済する事が使命だとは百も承知している。それ以外、自分自身を照明する言葉も無いんだから。
だが、その仕事がどうして必要なのか? ということはいまいち自分自身分かっていなかった。ただ魂がやって来て、記憶を切り離して浮かばしての繰り返し。
それがどうだが。もしその使命を果たせなかった場合の末路が、こんな光景になるだなんて……こんな…。
「お姉ちゃん、湖畔お姉ちゃん!」
ふと、裾を引っ張られているのを感じて意識を現実に引き戻した。見て見れば、和泉ちゃんが心配そうに私の顔を見上げている。
「ね、ねえ。早く逃げよう? あの怪物さん、いつこっちを見るか分からないよ、ねぇ…!」
そうだ、まだ起きた出来事は終わりを迎えていない。今も怪物はそこに居続けているし、和泉ちゃんの怖い思いは続いているんだ。
そして……怪物が居るという事も、和泉ちゃんが怖がっている事も、私が原因に他ならない。
今、この場に存在する現象が、全て私のせいだった。
「……和泉ちゃん」
私は、和泉ちゃんを連れて逃げない。その代わりに、もう一度そっと抱きしめた。
「お、お姉ちゃん?」
「ごめんね。和泉ちゃんは、本当にもう大丈夫だから。……でも」
和泉ちゃんを、海上にゆっくりと降ろす。海に和泉ちゃんが浸る直前に、海上から大きな泡を作り出し、その中に和泉ちゃんをいれた。
えっ、と。和泉ちゃんが不安げにこちらを見る。
「お姉さんね、少しやらなくちゃいけないことが出来ちゃった。それまで、少し待ってて」
「お、お姉ちゃん? ま、待って! いずみを一人にしないで! 一緒に逃げよう! ねぇ!!」
泡の膜を、内側から和泉ちゃんが叩く。私は、その手を取れない。とって逃げる資格はここに無い。
ただそっと、叩き続ける所に手を合わせた。
「大丈夫。するべきことをするだけだから。……大丈夫」
そう言って、泡の膜に押し付けていた掌から、もう一つ泡を作り出した。隙間に無理やり作った泡はバネとなり、強い反発力を持って和泉ちゃんの入っている泡を遠くへと飛ばした。
「湖畔お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
遠ざかっていく姿を私は見届ける。ごめんね、こんな怖い思いをさせちゃって、こんな不安になるようなことをさせちゃって。今、終わらせて安心させてあげるから。
私はイクチの方を振り返る。イクチは咆哮を終え、頭部をうなだらせ、辺りを見回していた。逃がした獲物がどこにいるかと探しているようだ。
「…なんで、自分を助けなかった私よりも、あの子を狙うのかがよく分からないわね……でも、それも終わり。終わらせてあげる」
私は、海上を横へ滑った。イクチの前方に回り込み。両手を今までにない形で構える。
左手の掌は前に向け、その手のひらに沿えるようにして、90度に右手の平を添える。まず、右手の手のひらで小さな泡を作る。
左手の泡がバネとなって、右手の泡は、ボールのような勢いを持ってイクチの顔めがけて射出された。
バチン! イクチの頭部表面に当たると、見た目の大きさ以上の破裂音と衝撃を持って、泡ははじけ飛んだ。案外、即興のアイデアの才能が有るらしい。それなりに良い遠距離攻撃手段だった。
巨大な図体のイクチも、自分の表面に何かをされたらしいという事には気が付いたらしく、攻撃を咥えられた方向、前方に居る私の方に顔を向けた。
「恐らく、数百年だね…。私に会った事覚えてるか?」
強がり、声を挙げる。すると、イクチは怒りに満ちたのか興奮したのか、こちらを向いたまま、大きな咆哮をあげた。
補足された。遠くに飛んだ和泉ちゃんではなく、こちらを狙ってくれたようだった。
さあ、ここからが本番だ。もしこの大きな怪物も、本質的には私がいつも分離している魂の泡と、ほぼ同じ存在だというのなら……これは、私の立ち向かいどころだ。
今終わらせる。イクチに向かって突撃を始めた。
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