第2話


薄曇りの月曜から1ヶ月がたった。


今日はあの月曜とは違って、穏やかな青空が広がっている。

心なしか、道行く生徒たちの表情も明るく、あちこちから軽やかな笑い声が聞こえる。


そんな中、少女は一人うつむき加減で歩みを進めていた。

その足取りは決して軽いとは言えない。


あの日のことは思い出したくない、というのが少女の正直な気持ちだった。

男の声を聞いたときの強烈な恐怖を、少女は忘れられないでいた。

男ははっきりと言った。

「こちらへおいで」

と。

それも、他でもない少女だけに対して。


あまりの恐怖に、少女はその後の記憶が断片的にしかない。

なんとか走ってたどり着いた学校で、顔色の悪い少女を見た数人が何かあったのかと尋ねてきたが、少女はそれに対する答えを持たなかった。

話してしまうことで、男のことが現実になってしまう、無意識にそう感じていたのかもしれない。

この出来事は、少女にとって心から思い過ごしであってほしい事態だったから。


「あれは夢だ、月曜の朝にぼーっと歩いていたから、半分眠りかけていたんだ」

自分自身に何度も言い聞かせ、月曜を乗りきった少女。

それでも現実は残酷だった。

男は次の日からも、毎日同じ場所に立っていたのだった。


同じ電柱の陰で、同じ服装で少女を見つめる男。

微笑む表情までまったく同じなのだから、もうどうにもしようがない。

そしてやはり、その存在は誰にも気付かれていないようだった。

誰もが男の前を素通りしていく。何人も何人も。男の方も、少女以外の生徒たちに、まるで興味がないように視線をさ迷わせている。


それなのになぜか少女は、毎日のようにその男の存在に気づいてしまっていた。

今日はもう振り返らない、何も気にせず真っ直ぐ前を見て歩く。そう自分にいい聞かせる少女だったが、視線を感じてしまえば、なぜか必ず振り返ってしまうのだ。

それは男も同様で、少女を見つけたときだけその視線ははっきりと定まり、そして語りかけるのだ。

「こちらへおいで」と。


なかなかにプライドの高い少女のこと。誰かも何かも分からない男の存在に惑わされているなんて、誰にも知られたくない出来事で、少女はこの事実をひた隠しにしていた。

それでも謎の視線は、容赦なく少女の神経をすり減らしていたのだろう。


一週間がたったとき、ついに少女は親友に漏らしてしまった。

「よく分からない男に見られているの」

振り絞った勇気は、あっけなく砕け散る。

「えー、見られてるって?そんなの自意識過剰なんじゃない?」


そう言われてしまえば、もう少女は誰にもすがれなかった。

恐怖心をただ聞いてくれるだけでも心は軽くなったのだろう。それなのにただの自意識過剰女と評されてしまえば、黙りこむよりほかなかったのだ。

そして少女は徐々に孤立していった。


「知らない男に見られてる、だって。よくあの顔で言えるね」

「なんなの?モテる自慢?冗談キツいわ」

「自分のこと美少女とでも思ってるんでしょ、自意識過剰すぎ」

来る日も来る日も、そんな陰口がささやかれる。


そしてついに、少女は学校での居場所を失った。

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