(12)Continueの無い世界
翌日、ニューワールド店内のエクステⅦの座席に腰を下ろして、筐体に百円玉を投入しようとすると九里香の温かく柔らかな優しい手に腕を掴まれた。悲しみに満ちた目で俺を見つめる。
「……何だよ」
「吉秋君、もう……エクステⅦ止めにしない?」
「……すまん、最後まで好きなことをさせてくれ。金が尽きるまで俺は続ける。空っぽの俺に相応しい末路を迎えるんだ──」
* * *
兄貴の死因は特定できなかった。
赤毛の男に暴力を振るわれたことによる頭部の外傷によるものなのか、酒を飲んでいたことで酔いが回ってしまったのか、自身の不甲斐なさに打ちのめされて線路に身を投じたのか──電車に頭を轢かれて修復不可能な姿となり、棺の中で安らかに眠る顔する見ることが叶わなかった。
司法解剖による死因の特定が困難なために警察はすぐさま赤毛の男を重要参考人とした。
名は『
捜査の手が入る前に阿久馬は行方を眩ましてしまった。友人宅を転々として、最後は単独で仙台駅から東北新幹線に乗車。そこから北上して消息を絶った。警察は今も阿久馬の行方を追っているが、事件から一年経った今でも見つかっていない。
* * *
この件は実名付きでテレビニュースで全国放送された。暴漢による残忍な事件として報道されたが、「痴漢から女性を救い出そうとしたがそれは勘違いだった。酒に酔っている状態でカップルにちょっかいをかけ返り討ちにされた」という部分が世間に注目されてしまった。
ネットニュースのコメント欄やまとめサイトに事の真相がハッキリしていないのにも関わらず兄貴を「ヒーロー気取りの勘違い野郎」「酔っ払いの盛大な投身自殺」などと誹謗中傷するコメントが無数に書き込まれた。
大学近辺を通る路線で起きた事件のため、当然のように大学内でも話題にされた。俺はそこで初めて女性に掴みかかり突き飛ばしてしまった。そいつは兄貴の元カノの妹だった。
講義室でそいつはデスクの上に座り、数人集ったチャラついた仲間内で「顔をよく知っている人。ねーちゃんの元カレで家に出入りすることがたまにあったんだあ」と大々的に語っていた。
偶然近いところにいた俺はここで初めてそいつの素性を知って目を見開いた。そいつの口から語られたことは姉が別れ話を告げた時の兄貴の醜態だった。
「そっから返信きてさ。『きっと俺が悪かったんだ、ごめん。俺の何がいけなかったのか言ってくれたら嬉しいです。もう一度仲良くなれませんか?』みたいなの長文でずらずら書いて送ってくんだもん、何回も何回も。キモくてねーちゃんとめっちゃ笑ったよ。ギャハハハ! 死んで正解だったんじゃない? あんな負け犬」
そのたった一言で俺は──。
デスクから引きずり下ろされて床に叩きつけられたそいつは、右肩を押さえながらうずくまり、金切り声を上げて足をバタつかせていた。
「大丈夫かよ、おいっ。口切ったのか血ぃ出てんじゃん」
「酷すぎ、何あいつキモッ」
ざわざわと講義室内に響く耳障りな声に両の耳を塞ぐ……死んでしまえば良かったのはお前の姉の方だ。ついでにお前も死んでしまえ!!
起こしてしまった騒動によって皆の注目を浴びてしまい、俺はそいつらから逃れるために駆け出し、大学を出た。あの集団の中に俺の住まいを知っている人がいたため報復を恐れてアパートに帰るのが酷く怖くなって大学から離れた仙台駅へ向かい、昼から夜21時近くまで周辺をあてもなく彷徨っていた。
俺は、本当は、あの子のことが好きだった。姉妹揃って残酷だ……胃がムカムカして耐えきれなくなり、人目のつかない路地で吐いた。吐けるだけ吐いてふらふらと力無い歩みで道を進んでいく。
そうして最終的に辿り着いた場所が複合商業ビル「delta」内にあるゲームセンター「ニューワールド」だった。今思うと、仙台駅周辺を彷徨っていたのは各所に散りばめられた兄貴と過ごした思い出を探すためだったのかもしれない。
ニューワールドの奥にあった格闘ゲーム「エクストラステージⅦ」の筐体画面には店内ランキングが表示されていて、一位の欄に兄貴のプレイヤー名「YOSHIYA」があった。
だがスコアを見ると、2位と3位のプレイヤーに点差が狭まって越されそうになっている。もうプレイすることのない兄貴はスコアを稼ぐことが出来ず、このまま順位が下がって消えていくのみ……。
兄貴はまだ……ここにいる。そう思わずにはいられなくなり、「YOSHIYA」のICカードを手にして兄貴になり代わり始めるのはそれから間もないことであった。勝者であり続ける限り、兄貴はまだ生きている──。
* * *
勉強すれば兄貴と同じ水準の学力、同じ進学校、同じ部活動、偶然同じだった大会の順位……。
兄貴が歩んで作られた足跡を意識してもしなくとも、俺は後からそれを踏み込むように生きてきた。時には踏み外してしまうことも多々あったが、真っ直ぐとは言えないにしろ兄貴の背をついていくことが出来たと思っている。勝者の道、それが俺の誇りでもあった。
そしてある日、その足跡の先がぷつりと切れているところに行き着く。どう進めばいいのか分からなくなって辺りを見渡し、ふと後ろを振り返ればそこに自分の足跡が無いことに気付いてゾッとして背筋が凍る。
──俺には過去も未来も無い。兄貴と同じ運命を辿ってきた。よりにもよってなんであの残酷な姉の妹なんだ……大学であの子と出会ってしまったことで運命が固定化されたように思えてならない。
この先、自身を凌駕する圧倒的強者に打ちのめされて絶望の中で生き絶える。そう予感して何度震え上がっただろうか……。
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