(9)Lifeが尽きる寸前に



 俺の中に何かがあると確信した二人はエクステⅦで俺に何度も戦いを挑んできた。


 九里香は相変わらず猿真似の雑魚雑魚の雑魚だが、ハオさんは違う。俺と同等に近い強さを持っている。さすが店内ランキング2位とだけあって手に汗握る激戦を繰り広げた。


「いけいけ! 頑張って、ハオさん!」


 と、後ろから九里香が拳を握りながらハオさんに声援を送っていた。


「ぬううああ!」


 互いの体力ゲージが残り僅かとなった瞬間、「敗北」という言葉が頭の中に過ぎって背筋がヒヤリとした。


「アアアアッ!」


 敗北の絶叫、俺はハオさんにまたしてもギリギリの勝利を収めた。


「惜しーい! 次、私ね」


「九里香は雑魚だから俺に敵わないだろう?」


「雑魚だなんて酷いなあ。わからないよ、やってみなきゃ」


 三人で一緒に過ごすのが本当に楽しかった。


 対戦の休憩と称して、ファミレス前にある有料マッサージ機に揺られて、「あばばば」と変な声出すハオさんを見て笑ったり、同じ階にあるミニシアターに入って、適当に選んだ家族愛をテーマにしたバレエの洋画を観た。ポップコーンを頬張りながら九里香が大粒の涙を流していた。


 映画を観終わってニューワールドに戻るとダンスゲーム「DAN STARDUST」の筐体に大音量の曲に合わせてノリノリで踊る黒ジャケットを着て帽子を斜めに被った小洒落たおっさんがいて、物珍しさに数人の見物客が集まっていた。


 画面に流れてくる指示に合わせて足をスライドさせたり踏み締めると床に設置されたフットパネルのLEDライトが七色に光輝く演出を見せ、九里香だけでなく音ゲーに詳しくなかった俺までつい見入ってしまった。


「ふーん、キラキラでオシャレね」


「九里香踊ってこいよ。見たままのことそのまま再現できるんだろ? あのおっさんといい勝負できるかもな」


「うん!」


 おっさんが一曲踊り終えた後で、九里香が隣の筐体に立ってお金を投入した。


「ヒュー! 天使様がお出ましだよ。俺についてこれるかい?」


 おっさんの問いかけに九里香は「にひひ」と可愛げな笑みで返した。


 ──DAN、DAN、DAN!


 4.1chサラウンドのスピーカーから爆音で流れるのは女性ボーカルのテンポの速い過激なミュージック。


 瞬時に何度も両足を交差させ、かかとや爪先で床を踏み鳴らすおっさんのキレッキレのシャッフルダンスに九里香が金色に光輝く髪を振り乱しながら寸分の狂いもなくついていって見物客達は驚きと同時に会場を沸かせた。


 通路の通行人も見惚れて次第につどっていく。あまりの楽しさにハオさんも俺も見物客に合わせて歓声を上げずにはいられなかった。


『PERFECT!』


 両足を踏み締めて曲を終えるとおっさんと九里香は互いに見合ってハイタッチした。スコアはなんと両者共に286164点だった。


「やるねえ、君!」


 頬を伝う汗をブラウンのニットワンピースの袖で拭いながらあはははと笑う九里香はおっさんに手を振ると俺達の元へ満足げな表情を浮かべながら戻ってきた。

 


 * * *



 夕方五時、日が暮れる時間帯を知らせる館内放送がビル内に流れ始めた。


「これは……ドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』」


「ん? ハオさん、何それ」


「今流れてる曲だよ。正確には、第二楽章をドヴォルザークの弟子が編曲した『家路』という曲だけどね。この時間帯までここにいたことなかったから初めて聴いたよ」


「俺はいつもこの曲流れたら帰るようにしてました。聴いてると帰りたくなるんです」


『家路』という曲は俺の実家がある多賀城市でも日が暮れた頃に聴くことができる。夕方、子供の帰宅を促すため、近所の公民館の防災行政無線から毎日のように決まった時間に放送される。


「新世界よりか、俺達に縁がある言葉だ。ニューワールドって名前のゲーセンに入り浸ってるし」


「そうですね」


「新世界ねえ……」


 九里香は俺の発言を聞くと、顎に手を当て、まるで探偵のように考え事をした。


「んー」


 何かを思いついたようで、パッと顔を明るくすると一言呟いた。


「いつだって、どこにいたって、ニューワールド」


「何だよ、それ」


「なんとなく思いついた言葉」


「そうか……」


 九里香は「にひひ」と笑ってみせた。



 * * *



 地下駐輪場にクロスバイクを停めているということで、ハオさんと複合商業ビル「delta」の入口前で別れた。


「吉秋くん、九里香さん、ありがとう。今日も凄く楽しかったですよ」


 ハオさんは力強く手を振って地下駐輪場へ向かっていった。


 日が完全に暮れて、仙台駅東口のカフェやバー、ホテルの明かりが爛々と輝いている。


 大勢の人が行き交う中で、白い息を吐きながら帰路につくコートを着込んだ学生集団、スーツ姿のくたびれた顔をしたサラリーマンのおじさん、横一列になって最近流行りのバンドの話をしている女性の姿を見た。


「はあ……今日も寒いな」


 俺は、街明かりが強くて薄らと白くボヤけた星の見えない夜空を仰ぎながら白い息を吐いた。ジャンクフード店付近にあるベンチに目を向けると、昼頃に三人でパンを一緒に食べたことを思い出す。喉元から出かかっていた言葉がふと頭に過った。


「なあ、九里香。他人から大金貰えるとしたら……贅沢したいと思うよな……?」


「そうかもね。でも、私は贅沢に人助けのために使おうかな」


「もし仮にその大金が底をついたら……九里香ならどうする?」


「お金を必要としない救いの道があると信じる。暗中模索しながら人々を助け続ける」


 九里香の真剣な眼差しに、俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「ハハ、お前は本当に人助けのことしか考えてないんだな。俺は、俺なら……」


 九里香に別れを告げず、仙台駅に向かって歩き出した。


「俺なら部屋で首吊って死ぬ」


 どうやら九里香は後をついてくる様子はない。背後、少しばかり離れたところから九里香の声が聞こえた。


「また……明日ここに来るよね」


「ああ」


「お金はあとどれくらいあるの?」


「貯金全て使い果たして給付金が残り6000円」


 俺は複合商業ビル「delta」から離れていった。


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