(8)Magicと過去のお話



 次の日の昼は冬の割に日が照っていてポカポカと暖かかった。俺は複合商業ビル「delta」から出ると、バスターミナル付近にあったベンチに座り、ビルの壁面に設置された大型電光掲示板を見つめながらぼんやりしていた。


 ローカル番組の司会者が話すのは、クリスマスイブの日に仙台出身のロックバンドグループ「Gladiolus Knights《グラジオラス ナイツ》」の出演と新曲の特別映像がこの大型電光掲示板に放送されるといった内容だった。全然知らんバンドだ……。


 しばらくするとビニール袋を持ったハオさんと小さなバスケットを持った九里香がやって来て、俺の座るベンチの両側に座った。


「はい、どうぞ。九里香さんの分もありますよ」


 ハオさんが持ってきたのは、チョココロネ、クリームパン、アーモンドメロンパン、プレーンベーグル、りんごのタルティーヌ、スイートポテトパイ。今朝貰ってきたものらしい。


「これ、本当に商品になれなかった余り物なんですか? すっごい美味しい」


「うん。形が崩れちゃったり、ちょっと焦げ目が付いたものだよ。友達と一緒に食べますって言ったら、たくさんくれたんです」


「へええ」


「私のも見てよ」


 九里香が小さなバスケットから取り出したものはラップに包まれたホットサンドだった。


 ラップを剥がしてかぶりつくと意外と美味しいかった。美味しかったれど……中に入っていたのがウインナーや萎んだたこ焼き、沢山のチーズ。なんだか冷蔵庫の中の余り物をそのまま詰め込んだようなホットサンドだった。


「美味いけど……なんだこれ?」


「名付けて志保ちゃんミックス!」


「誰だよ、志保ちゃんって」


「見てて、吉秋くん手のひら出してよ」


「ん? おう」


 九里香がベンチから立ち上がって、俺とハオさんの前に立った。手品師のように小さくお辞儀をして、差し出した俺の手のひらの上で九里香が人差し指を前に出すと宙を四角くなぞりはじめた。


 何をしているのだろうと思って俺は首を傾げると、九里香が指を「パチン」と弾いた。


 その瞬間、宙を四角くなぞった部分から硝子が割れたような音がして、何かが俺の手のひらに落ちてきた。最近話題になっている新型スマートフォン「iPhone12 pro」だ。


「うわっ! なんだよこれ!」


 驚き戸惑っていると九里香がスマートフォンを手に取り画面操作した。


「この真ん中の人だよ」


 九里香が見せてきたのはカメラロールの中に入っていた写真だ。四人の看護師と松葉杖をついた患者らしき人がカメラ目線でピースサインしていた。


 患者のリハビリ中の光景らしく看護師三名は俺と同年代のようで若く、写真右端にいるもう一人の看護師がこの看護師達の先輩らしくてぎこちなく笑みを浮かべていた。九里香が指差した真ん中の小顔で可愛い看護師が志保ちゃんという人のようだ。


「へー、この人が志保ちゃんって人なんですね」


「志保ちゃんは去年出会った人なの。看護師の他に小説家を目指しててね、今は長編小説を執筆中で東京の出版社に作品送ろうと頑張ってる最中なんだ」


「そう……なのか」


 凄いな、夢があるって。


「可愛い子ですね。お近づきになりたいなあ」


「ダメだよ、ハオさん。志保ちゃんは今新しい彼氏いるんだから」


 彼氏まで……いるのか……。


「夢があって、毎日充実しているようで、羨ましいな……」


 俺がぽつりと呟くと、九里香は小さく首を振った。


「ううん、私と出会う前は大変な思いをしていたんだよ。前の彼氏に酷いことされて毎日涙を流してた」


 九里香の硝子玉のような透き通る青い瞳と目が合った。吸い込まれそうなその瞳に俺の胸の内を見透かされている気がして、思わず唾を飲み込んだ。


「私がふらりと立ち寄った先で思い悩む人に何度も巡り会う。志保ちゃんのようにあなたも救いたい。吉秋君、君も何か思い悩んでいることがあるんじゃない……かな? もしあったら私達に打ち明けてほしいな」


 ……たしかに、俺は九里香とハオさんに言いたいことが一つあった。喉元までそれが出かかっている。けれども……。


「俺は……きゅ」


「きゅ?」


 二人が俺をジッと見つめてくる。ダメだ、これ以上言いたくない!


「お、俺は別になんともないぞ。そんなことよりエクステⅦやろうぜ!」


「吉秋くん……強がってない?」


「そんなことない! 勝者の言うことが絶対だからな、俺に勝てたら教えてやる!」


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