(9)私、波乱を予感します。
初めて九里香に出会った日からこれまでの出来事を小説にすることにしました。空想ではなく、自らの実体験を書き込んでいくためスムーズに文章を打ち込んでいきます。
「その女性の硝子玉のように透き通る青い瞳と肩までかかるふわふわとした金色の……」
「志保ちゃん、ご飯できたよ」
「うん、ありがと」
「どう? 前作ったのより形がいいよね」
「ちょっと焦げてるけどね、ふふ」
以前より見栄えが良くなったホットサンドにかぶりつくと二人で笑い合いました。素敵な夜、お腹も心も満たされていきます。
「ふふっ、志保ちゃんの笑顔初めて見たね」
「そう?」
「そうだよ。どう? 小説の進捗は」
「まあまあ。いつ書き終わるかわからないし……でも最後まで書いてみたくなったかも」
「応援してるよ」
九里香がニコリと微笑みました。
「うん! あっ、そういえば文学賞の締切っていつまでなんだろう?」
テーブルに置かれたチラシを手に取って見てみると「締切十一月十五日(消印有効)」と書かれていて口の中のホットサンドをちゃんと噛まずにゴクリと飲み込みました。
「……あ、あと一ヶ月もないんだ」
* * *
小説を書き始めてから一週間経ちました。何気なく書き始めた小説ではありましたが、書き進めていくごとに完成させたいという気持ちが芽生え、締め切りに間に合うよう必死にノートパソコンのキーを叩く日々が続いています。
以前買った小説『機械仕掛けの神』が未だに最後まで読めずにいるけれど、小説を書き終えた後の自分へのご褒美として執筆活動のモチベーションにしています。
「頑張って、頑張って志保!」
キーを叩く手に疲れを感じ、挫けそうになるけれど己を
忙しさのあまり、彼氏から連絡が無いことが次第に気にならなくなります。夜ご飯に九里香が作ってくれるホットサンドが執筆活動中の唯一の楽しみになっていく。
* * *
11月12日、文学賞の締め切りの三日前。
薄紫の夜明け、湿気を帯びた冷たい風が頬を撫でる。ベランダに出て、淹れたばかりのホットココアを飲みながら日の出を眺めていました。大年寺山に
部屋の中に戻るとテーブルに置かれているノートパソコンを見てクスリと微笑みます。短編小説の大部分を先日書き終えたからです。あと三日で物語の終盤を完成させて、きちんと遂行すればなんとか間に合うはず。
『無人となっていた
朝のニュース番組を見ながら九里香が作り置きしてくれたホットサンドにかぶりつき、朝食を済ませると職場に向かいます。執筆活動からあと少しで解放されるという気持ちで足取りが軽いです!
「良かった。ギリギリだったけど締切に間に合いそう」
「おはようございます」
「……」
先輩は、ジロリと私を睨むと無言で立ち去っていきました。後から女子更衣室にやってきた中江さんも先輩に同じように睨まれたようで愚痴を言いました。
「何あれ、感じ悪いんですけど」
「私、ちょっと怖かったな……また変なこと言われなきゃいいけど」
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