(6)你好!(ニーハオ)



 ニューワールドに到着すると、エクステⅦの筐体の座席に座り、日課のトレーニングを始めた。後ろから九里香がゲーム画面を見つめている。


「いつも同じゲーム遊んでるけど、他のゲーム遊ばないの?」


「俺は格ゲーが大好きなんだ。それ以外やらん……そういえば初めて会った日に今のゲームって映画みたいって言ってたよな。九里香は何かゲーム遊んだことあるのか?」


「私はね、子どもの頃にテレビゲーム遊んだことあるよ。きのこを食べると大きくなるヒゲのおじさんのゲーム」


「ああ……あれか」


「二番目の姉さんが得意でね。よく姉さん達や妹と一緒に遊んでたんだ」


「姉さん……達……?」


「うん、七姉妹なんだよ。ちなみに私は六番目」


「にひー」と可愛げに笑みを浮かべる九里香に俺は物怖じした。


「ゲッ、すごいな……大家族だ」


 九里香みたいな天使の姿をした人物が他にあと六人もいるってこと……なのか……? ますます頭が変になりそうだ。


 トレーニングモードから全国対戦モードに切り替えた。対戦中、チラチラとゲームセンター内の壁掛け時計を見つめ、時計が十二時を指し示すが眼鏡男DEUSは今日も現れなかった。


「今日も来ないな」


「誰のこと?」


「もう二週間以上会ってない。いつも十二時頃になると現れる謎の眼鏡男がいたんだ。エクステⅦで対戦してたんだが、俺と同じくらいの強さを持ってる。好敵手みたいなものさ」


「ふむ」


「はあ……そろそろ飯にするか」


 勝利の味を噛み締めることなく、俺はエスカレーターで階下を降って一階にある定食屋に向かった。後ろから九里香がついて来て向かい合う形で同じ席についた。


 今日食べるのはサバの味噌煮定食。運ばれてきた鯖を箸で身をほぐしながら食べていると九里香が困惑めいた顔をして「ウッ」と声を上げた。


「何だよ」


「よく……食べられるね、それ」


「別に、俺好き嫌い無いしな」


 続けて鯖の身を箸でほぐすと九里香がギュッと瞼を閉じてテーブルから目を背けた。



 * * *



 九里香とまともに会話する様になって一週間が経った。雪の予報は出てないが朝の外気が急に冷えて、ダウンジャケットを着込んでいるけど凄ぶる寒い。


 仙台駅に到着して、白い息を吐きながら複合商業ビル「delta」へ向かっていると、ジャンクフード店付近にあるベンチに九里香が座っていて、見覚えのある人物と楽しげに会話しているのが見えた。


「あれって……」


 眼鏡男DEUSだった。九里香が俺に気付いて「おーい、吉秋よしあきくーん」と手を振った。


 二人に近づくと眼鏡男DEUSは「ヤア」と声をかけてくれた。久しぶりに会ったし、会話をするのは初めてだったから少し緊張した。


「九里香、この人は……?」


「東工大の中国人留学生、浩宇(ハオ ユー)さんだよ。探してきた」


 ハオさんがベンチから立ち上がって挨拶した。俺より少しばかり背が高く、どうやら歳上らしかった。


「僕の名前はハオ。お久しぶりですね。店内ランキング1位の『YOSHIYA』とお近づきになれるなんて光栄です」


「は、はい……」


 今までニューワールドで連日のように戦いを繰り広げてきた好敵手の正体が日本人ではなかったことをこの時初めて知ることとなった。


「中国の広東省からこの街に移り住んで二、三年経ちます。九里香さんとは去年出会って、アルバイト中に道に迷って困り果てていたところを助けて頂いたんですよ。ここ最近ニューワールドに訪れなかったのは新型コロナに感染して熱出して寝込んでたからなんです」


「そう……なんですね。ハオさんって日本語上手ですね」


「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです」


 そうしてハオさんは照れ笑いして見せた。言葉の端々がたどたどしいところもあるけれど、こうして俺と難なく会話できるところに感心してしまった。


「病み上がりのところスーパーマーケットで買い物してたら九里香さんに出会ったんですよ」


「吉秋くんが好敵手を探してるってね」


 九里香がニコッと微笑み、俺は思わず唾を飲み込んだ。


「俺の……ために……?」


「うん」


「……そうか」


 なんだか複雑な気分だ。初め、九里香は煩わしい気持ちにさせる存在だと思っていたのに、日々一緒に過ごしている内に心を許してしまいそうになっている自分がいた。俺に対して親身になってくれる人に出会ったのは久しぶりのことだった。


 うつむいて足元のアスファルトを見つめているとハオさんがぽんと背中を軽く叩いた。


「九里香さんは行く先々で思い悩んでいる人と巡り会ってしまう不思議な力があるみたいなんです。きっと吉秋君も何か思い悩んでることがあるのでしょう。困っている人がいたら僕も手助けしてあげたい。九里香さんみたいにね」


「ハオさん……」


 胸の内にある言葉を発したい気持ちになり喉元まで出かかっていたが、それをごくりと飲み込んで首を横に振った。


「別に思い悩んでることなんてないですよ。俺は……エクステⅦを遊べるだけで充分ですから」


 言いたくないという気持ちが伝わったようで、しんと静まり返りそうな雰囲気になりそうな中、九里香がコホンと咳払いした。


「さっ、そろそろ一緒にニューワールドに行こ。吉秋くんとハオさんが対戦してるとこ見てみたいな」


「そうですね。行きましょ吉秋くん」


「……はい!」


 俺たち三人は、複合商業ビル「delta」に入っていった。


「アアアアッ!」


 その日、実に二週間ぶりにハオさんの敗北の断末魔がニューワールドに響き渡った。


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