(11)私、あなたも救ってみせる。
看護師長が同期組三人を持ち場に戻るよう指示すると、先輩を連れてどこかへ行ってしまいました。
「さっきの天使の格好した子は?」
鹿島さんにそう言われて病室や通路を見ましたが姿が無く、九里香はいつの間にかどこかへ行ってしまったようでした。
ナースステーションに戻ると私達のもとに一つ歳上の先輩看護師・本吉さんが来て「大丈夫だった? よく耐えたね」と褒めてくれました。
少し離れたところで他の看護師達がひそひそと話をしていました。
「あーあ、ついにお叱りを受けるのか」
「あの人怒ると手つけられなくなるから困るのよねえ。家の事情ばっかり話してくるからめんどくさくて話半分くらいしか聞いてなかった」
他の看護師も先輩について物申したいことはあったのだろうと思います。けれども我の強い先輩に対して何も言い返せず歯痒い思いをしていたに違いありません。皆の表情がどことなく安堵しているように見えました。
本吉さんは去年新人として入ってきた看護師でしたが元々五人いた新人職員のうち、例の先輩看護師のパワハラに耐え抜いた最後の一人で、私達同期組のことを労ってくれます。
「今頃、あの人はお偉いさんに囲まれて説教されてるだろうね。今まで多くの新人をパワハラで辞めさせていった報いを受けてほしい」
* * *
夕刻の退勤間際になると看護師長に同期組三人が個人個人で呼び出しされて昼間に病室で何があったのか、今まで先輩から受けたパワハラの被害の聞き取り調査が行われました。
最後に面談した私が会議室から退室した頃になるとナースステーションにいた看護師は夜勤の人しかいなくて、私は一人で退勤するため帰り支度をしようとタイムカードを切って女子更衣室に向かいました。
──ガチャ。
ドアノブに手をかけようとした瞬間に向こう側から扉が開かれて私服に着替えた先輩が出てきました。どことなく表情の暗い先輩は私に気付くと目を見開いて驚き、手で払いのけて駆け足でその場から去ろうとしました。
「あ、あの! 先輩、待って! 待ってください!」
私は思わず先輩の後を追ってしまいました。憎くて憎くて堪らないはずの先輩なのに、いてもたってもいられなくなったのです。先輩の腕を掴んで引き留めました。
「な、何なの! 離しなさいよ! グズ!」
「先輩も私と同じように思い悩んでいることがあるんですよね?」
きっと今の先輩は、九里香と出会う前の……思い悩む私なんだ。頭の中に思い浮かんだのは観葉植物のパキラちゃんでした。パキラちゃんに日々の悩みを打ち明けて発散していたように、先輩は家庭の内の苦しみを……私達職員に。だけど、ただ、苦しみを吐き出す先を間違えていただけなんだ。
「私が先輩の思い悩んでいること聞きますよ。相談相手になってあげます……。最近他の看護師さんに相談しても話を聞いてくれなくなったんですよね? 先輩が悩みを打ち明けて心を軽くできるなら……私、いつでも相談に乗ってあげますよ!」
先輩は私の発言に面食らったような顔をしました。次第に目に涙を浮かべて泣き出しそうになり、ギッと目頭に狛犬のように皺を寄せると、私の腕を振り払って頬を平手打ちして走り去ってしまいました。
足音が次第に遠ざかって聞こえなくなるまで私はその場で立ち尽くしていました。頬がヒリヒリと痛み、手で押さえます。
「……」
私はやるせない気持ちのまま女子更衣室で着替えを済ませると職員玄関に向かいました。そこにはいつもいるはずの清掃員のペコさんがいなくて、私のことを助けてくれた九里香が待っていました。
「志保ちゃんお疲れ様。さ、帰ろう」
「うん……!」
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