第13話 【イベント】#疾走! 背脂パンダ

水ぎわ様が帰って来た。

その昔の中国が、十二支の内、龍だけは架空の生き物なので、パンダ年に変更しようという案を出しながら、そんな案など最初から出ていなかったかの様に振る舞う様を見て、

「腹を割って話そう」

と、当事者同士、梅雨前線の龍と膝を交えていたかもしれない、水ぎわ様が、秋雨前線に乗ってかどうかは知らないけど、兎に角、今日、帰って来た。


そして始まる宴会。

ここは一丁、芸を披露しなければ。

だがしかし、梅沢富美男氏が歌うように、このいきなりの本番に、

稽古不足のへっぽこ芸しか披露は出来ねえ不甲斐なさ。

ただ、『お帰りなさい』の気持ちは込めて。



★★★★★★


白菖蒲シロショウブ折午オルゴの相棒』



 パンダは走っていた。白と黒の毛並みが風に流れてゆく。

 息が上がる。目の前がゆがむ。しかし止まれない。なぜなら背後から――否、尻後から、玉ねぎの様に髪を結い、大きく開けた唇の輪郭だけでなく、黒目部分さえハート型になった、老婆というには若々しい老婆が、リアルな花柄に、フリフリのレースやリボンをふんだんに使ったピンクのドレスの裾を持ち、赤いハイヒールを履いて、物凄いスピードのスキップで追いかけて来ていたからだ。


(あっ!)


 自分と追跡者の距離が、どれほど離れているのかを確認したい欲求に負け、後ろを確認したのがいけなかった。パンダがそうするのを待ちかねていたのか、老婆は玉ねぎの髪の中から取り出したキャンディーを、息があがり、口を開けたままのパンダの口の中に放り込んだのだ。

 キャンディーは真っ直ぐにパンダの喉の奥深くまで滑りこんだ。どうせでも息が苦しいのに、キャンディーで喉を塞がれてしまっては、とても走る事はできず、立ち止まって唾液を呑み込み、キャンディーを溶かす努力をするしかなかった。


「やったぁ~~。やったわよぉ~~~。や~~~っと捕まえたわぁ~~~~♡」


 老婆は、土の上に尻をつけ、前足で喉を押さえるパンダの背中に、思い切りタックルで抱きつき、パンダの腹に腕を回し、背中の毛並みに頬をぐりんぐりんとなすりつけた。老婆のタックルのショックで、パンダの喉を詰まらせていたキャンディーは、無事、胃へと下っていったが、もう、パンダの身柄は、老婆に拘束されており、パンダももう、逃げる事を諦めた。


 パンダに異変が起きたのは、胃の中のキャンディーが溶けてからであった。喉に詰まっていたキャンディーが、いくら胃に落ちたからといって、喉の違和感は残る。腹の肉を折午オルゴにギュギュ~と抱きつかれながらも、喉を前足で掴み、違和感を吐き出そうとしていると、最初は「グオッ!グォオッ」と唸り声しか出なかったのが、

「んんっ? あ? あーー? あ? ああっ⤴?」

 と、声が出るようになっていた。


 老婆は、

「あらあらあら。まぁまぁまぁまぁまぁ。あなたもやっぱり喋れちゃうのね。キャンディー効果かしら? あらあ~。すごいわ~~!」

 と、パンダの頬に頬を寄せ、ぐりぐりと頬ずりした。


 老婆は、ひとしきりモフモフを堪能した後、パンダの背中から体を離し、パンダの前に回ると、何の躊躇もなく、土の上にペシャと座った。


 老婆の名は白菖蒲シロショウブ折午オルゴといった。無類のパンダ好きである。その彼女が、通りすがりの野良パンダと、

(目と目が合っちゃった。これは運命よ)

 と、彼女が勝手に思ってしまったのだから、追いかけないわけがなかったのである。そんな事情など知る由も無い孤高のパンダは、いきなり距離を縮めてきた老婆にギョッとして、条件反射で逃げだしたのが、冒頭の出来事である。


「キャンディーをね。私の髪の中にね。いれておくとね。そのキャンディーをね。舐めた動物はね。喋れるようになっちゃうのよー。ねーー。不思議でしょーー♡」


「はぁ」


 パンダは、納得したのかしていないのか曖昧に答えた。

 折午オルゴは続けて、動物は確かに喋れるようになっているのに、動物と会話できるのは自分だけで、他の人達の耳には、相変わらず動物は鳴いているだけで、声は聞こえないのだと言った。


「きっと、頭が固定観念に支配されちゃっているのよ。勿体ないわよね」

 と、顔に刻まれた皺を深くしつつ、それでも魅力的に微笑んだ。


「それで、あなたのお名前は?」


 パンダは困惑した。生まれてこのかた、名前を聞かれる事などなかったからだ。首を傾げ、パンダが名乗るのを待つ折午オルゴに、何と言えばいいのか解らず、片前足で鼻面を押さえた。


「もしかして、お名前が無いのかな?」


 いつの間にか、傾げていた首を元に戻していた折午オルゴは、充分に考える時間を提供していたにも関わらずパンダが考え込んだままなので、パンダからは言い憎いことを代弁した。

孤高のパンダとカッコつけてみても、要は、名前を呼んでもらう事さえもない一人ぼっちだったのだと、パンダは考えていた。


折午オルゴはにっこりと笑った。


「じゃあ、ねぇ。私がつけてあげるわね。ミズミズ」


『ミズミズ』

いきなり聞き慣れない言葉が出てきて、今度はパンダが折午オルゴに向けて小首を傾げた。


「あ、あの~。『ミズミズ』とは?」

恐る恐るというようにパンダが問うと、折午オルゴは、「ん?」という顔をした後、

「やあねぇ。あなたの名前に決まってるじゃなーい」

と、ミズミズとなったパンダの腹を押した。


折午オルゴは立ち上がり、お尻についた土を払うと、

「さっ。ミズミズ。一緒に行こ」

と、ミズミズに手を伸ばした。


「行く。って、どこへ?」


「私んちよぉ。大丈夫。私、ずっとパンダを相棒にしたかったから、いつ、私んちにパンダが来ても大丈夫なように準備してたの。竹林もあるし、タイヤの玩具だって用意してたんだから。ミズミズは、何の心配もしなくていいの。体一つで相棒になってね。さぁ。相棒ミスミズ。私をその背中に乗せてちょうだい♡」


折午オルゴは、ミズミズを追いかけるのに、ドーパミンをダバダバと分泌させ、自分の限界を超えてスキップしていたらしい。そして、念願のミズミズを捕獲した今、興奮状態で酷使された肉体は、一気にガタがきて、とても横に並んで歩いて帰れそうにはなかった。


ミズミズは、片前足で耳の辺りをカリカリと掻くと、くるりと折午オルゴに背中を向け、親指の爪で背中を差した。そして、折午オルゴがミズミズの背中から抱き着くと、折午オルゴが落ちないように前屈みになりながら、四つん這いになった。


「はう~~っ。ミズミズの毛並み。さいこお♡」


ミズミズは、折午オルゴを背中に乗せ、来た道をゆっくりと戻っていった。


道中、折午オルゴが、

(ぬいぐるみを買ってくれたお父様からは、本物は飼っちゃいけません、って言われてたけど、飼うんじゃないんだから、いいわよね)

と、思っていた事を、ミズミズは知る由も無い。





★★★★★★



白菖蒲シロショウブ折午オルゴのモデルは当然、あの方ざんす。

ミズミズは、水ぎわさんでは無いからね~~。

だって、水ぎわさんは、一人ぼっちじゃないから。

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似っ非倭 久浩香 @id1621238

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