ギフト ~ろくでなしと天使の夏休み~
きょんきょん
第1話
黄ばんだカーテンの隙間から、鬱陶しい光が差し込む。
忌ま忌ましい朝は決まって肥溜めのような臭いで目が覚めるものだ。
きっとどんな目覚ましよりも眼が冴えるぞ。起きれないヤツは試してみればいい。寝る前に何度も吐くほどアルコールを流し込めば一丁あがり。俺のお墨付きだ。
昨晩は、兄貴分の堂島さんの酒の席に付き合ったおかげで、その日暮らしの俺には到底手が出ないようなランクの酒をバカスカ飲むことが出来た。
といっても指名の入らないホストのように延々と飲まされ続けるだけなのだが。
そんなことが週の半分以上続けば、胃ぐらい腐ってくるのではなかろうか。
最近は組のお抱えのヤブ医者にさえ、少しは酒を控えろと言われる始末だ。
うるせぇ。飲まなきゃやってられるかよ。
体内に残ってるアルコールに、
庶民が敷居を跨ぐことすら許されない六本木の会員制のバーで飲む酒は確かに上手いが、少しでも兄貴の機嫌を損ねれば一本ウン十万するウィスキーでさえ血の味と成り果てる。
キャバ嬢どものお花畑のように巻き上げられた頭上には、兄貴が手にしたウィスキーボトルで殴られた俺の血が降り注いで、やかましい声でギャーギャー喚きたてる。
昨日もそんなことがあったりなかったり。
顎をさすると、ちょっとした粗相で汚してしまったスーツのクリーニング代金分、腹いせで殴られ続けた奥歯がぐらついていた。
どうせ差し歯に換えてもすぐに飛んでいってしまうので、諦めて無理矢理引っこ抜く。これで上下の奥歯は計六本目だ。
弦の切れたヴァイオリンを弾くような不協和音が歯神経から伝わってくるが、それがむしろ心地いい。
口をゆすいで吐き出すと、血がまだら模様となって排水溝へと流れていく。
水で洗い流した顔は、相変わらず酷い顔だった。社会の底辺の、そのまた底辺で育った人相がこちらにガンを飛ばしている。
見てくれは悪くはないと言われるが、どうみても人を殺してそうな
まぁ、否定は出来ないが。
ああん――どこかから艶かしい声が聴こえた。近所の野良猫か?
狭い1Kの部屋には、もう一人薄い煎餅布団の上に汚ねぇ
あちこちに衣類やら下着が散乱している。髪は頭と同じくらいの大きさのお団子だ。
どうやら昨日は一人引っ掛けてきたらしい。顔も名前も覚えちゃいないが、下半身の脱力感で相当ヤったことだけは覚えている。
「オラ、起きろよ」
ガキの頃を思い出しながらサッカーボールのように爪先で蹴りあげると、猫のような叫び声と共に飛び起きた。
「ちょっと何すんのよ。まだヤリ足りないの?」
おいおい。下を脱がそうとするなアホが。
何を勘違いしたのか、この女ときたら猫撫で声で朝から求めてきやがる。
先程の悲鳴には多少興奮を覚えたが、魔法が解けた、いや、溶けたか。魔法が溶けたように化粧が崩れた泥人形を眼にすると、途端にその僅かなヤル気さえ喪失した。
「さっさと出ていけよ。これから仕事なんだ」
「えぇ~もうちょっと寝させてよぉ。そうだ、今日休みだからご飯つくってあげようか」
たった一回ヤっただけですっかり彼女気取りかよ。
名も知らぬ女に殺意を覚え、もちろん本当に
そのサッカーボール大の髪を鷲掴みにし、玄関まで引っ張っていく。女はキィキィキャアキャア奇声を発してるが、そんなことはお構いなしに部屋の外へと突き飛ばしてやると、ポカンとした顔で俺を見ていた。
いいね。そのアホ面は。今ならヤれそうだ。
女はもちろん着替えは済ませていない。生まれたままの姿だ。いつも思うが、こういうアホ面はなかなかに面白い。
「ちょ、わた、わたしはだ、はだかなんだけど」
「あ?知らねぇよ」
悪徳セールスを追い払うように扉を閉めると、ドンドンと近所迷惑になるほどの音で何度も抗議してきやがった。
近所迷惑なんて生まれてこのかた考えたこともないからわからねぇが。
ただ、頭に響く音には苛立ちを覚えたのは確かだった。世間がそれを良心と呼ぶかは疑問だが、散らばっていた下着を手に扉を思いきり強く開けて投げつけてやった。
開けた拍子に鼻をぶつけたらしく、両手で鼻を抑えて悶えている女のお団子に、ひらりと真っ赤な紐パンが舞い落ちる。
「アンタ、警察呼ぶわよ」
「呼べるもんなら呼んでみろ。俺はなんも怖くねぇ」
これで当分出勤は出来ないだろう。
そういえば十六文ってどのくらいの大きさだ?学がねぇからわからねぇや。
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