12. 逆鱗! (色々な意味で)
「よう、成金ハゲ」
「あ、珍しく毒舌なのじゃ」
「な、んだと!? お前等どうやってここへ!?」
「クリスさん!」
俺とクロミアが建物へ入ると、ヨードが本気びっくりしていた。恐らくここに辿り着けるとは思っていなかったのだろう。
「どうって……隠し通路からだけど」
「そういう意味じゃありませんよ!? サイゴはどうしたんですか!?」
「サイゴ……? サイゴねぇ……どうしたっけかな? クロミア?」
俺が嫌な笑いをクロミアに向けると、意図を察したクロミアもニヤリと笑って俺に言う。
「ひっひ……どうしたかのう。今頃わらわの腹の中じゃないかや?」
「……」
「……」
「あ、あれ?」
迫真の演技、だと思ったのだろうが今のクロミアはただの女の子。ドラゴンであることは俺しか知らないので、ヨードはおろか、セルナさんも目が点になっていた。
「俺が悪かったよクロミア……さて、御託はこれまでだ。覚悟してもらうぞ」
「わらわへのフォローは!?」
すると、今度はヨードが笑みを浮かべながらセルナさんを突き飛ばしてこちらに歩いてくる。
「きゃ!?」
「ひ、ひひひ……そんな角材でどうしようっていうんですかね!」
シャキン、とヨードが隠し持っていた剣を抜き、それをチラつかせながらこちらへ歩いてくる。見たところそれなりに業物のようだけど、その程度で俺が怯むと思っているのか? ヨードがこちらに近づくにつれ、俺もヨードへと一歩ずつ近づいていく。
「ひ!? こ、この剣はジャッポンの刀という武器です。骨ごと断つ……ひい!?」
ガコン、とヨードに向かって適当な角材を投げる俺。チッ、外したか……。
「く、くそ、怯みもしないだと!」
「む!」
ヨードが緊張に耐えられなくなったのか、あまりいいとは言えない足取りで刀を振りかぶってきた。それを角材で受けるとスッパリと角材が真っ二つになる。なるほど、切れ味はいいらしい。返す刀で俺を攻撃してきたので、短くなった角材でヨードの頭へ振り降ろした。
「そおい!」
「ぐあ!? この切れ味を見ても驚かないとは……いったいどんな貴族なんですかねえ!?」
ザシュ!
殴られながらもヨードの刀が俺の腹を掠めると服がスパッと切れた。しかしもちろん俺の皮膚には傷一つついていない。
「な、なんで……」
「それを答える必要があるか?」
ガツン、と無事な角材を横なぎに振るい、ヨードの横っ面にクリーンヒットする。何度か殴打するが、フラフラとしながらも俺を睨みつける。
「貴族の坊ちゃんがぁ……! ああああ!」
「うお!?」
堰を切ったように叫びながらヨードが刀を振りかざしてくる。応戦した角材がスパスパと細切れにされていく。俺の体にも何度かヒットし、丈夫でなければ危なかったのは間違いない。上半身はすでに裸になっていた。
「どうしました? 防戦一方ですよほほほほほほ!」
怪しいテンションになるヨードだが、防戦にも意味はある。少しずつ後ろに下がっていると、クロミアが視界の端に見えた。そろそろか……。
「大丈夫かや?」
「あ、ありがとうございます……あなたは……」
「わらわはクロミア。クリスに世話になっておるものじゃ、クリスが引きつけている間に逃げるのじゃ」
「は、はい!」
よし、クロミアがセルナさんを確保した! これで一気に叩ける!
「そら!」
「ぶべ!? くそくそくそ! 貴族めが!」
ぶんぶんと振り回してくる手を俺はガッと掴み、睨みつけながら言った。
「お前が何で貴族を恨んでいるのかは知らんが、やっていることは犯罪だ。誘拐に詐欺か? きっちり締めてもらうからな」
「うぐ……わ、私は悪くない! こうなったら!」
ドン!
「何を!?」
「手に入らなければもう要らない! そこで女が殺されるところを見て絶望するがいい!」
「しまった! セルナさん! クロミア!」
「え?」
火事場の馬鹿力というやつか、ヨードは俺の手を振り切り、セルナさんに肩を貸して歩いていたクロミアの背中へと斬りかかった!
ブシュ!
切れ味は本物らしく、ドラゴンの皮膚であるクロミアの背中を容易く斬り裂いて血が噴き出した。
「あ、ああう……」
「ひゃははははは! どいつもこいつも邪魔をして! 死ね! 死ねぇぇぇぇ!」
「チィ! 食らえ!」
走りながら角材の切れ端をヨードに投げつけると、側頭部にヒットする。
「あが!? ええい、次はセルナを斬ってくれる!」
間に合うか……!
「大丈夫!? しっかりして!」
クロミアを抱いて声をかけるセルナさんの頭上に刀が振り上げられた。後一歩、これなら間に合う! と、思っていた所でクロミアに異変が起きる。
ドックン……ドックン、と体が震え脈打り、クロミアの目が見開かれた。
「う、うう……うおおおお! よくも逆鱗を斬ってくれおったな!」
ビリビリバリ! クロミアの体が膨れ上がり、元のドラゴンの姿へと戻って行く! あっという間に建物よりも大きくなった。
「な、何ですかこれはぁぁぁぁぁ!?」
「ぐおおおお!」
「セルナさん、こっちに!」
「クリスさん! あの子は一体……」
「話は後だ! まずは避難を!」
俺はセルナさんを抱っこして連れ出すと間一髪、建物は崩壊した。運よくヨードも脱出していたが、クロミアはヨードを捕まえて握る。
「あ、ああああ!?」
メキメキと嫌な音を立てヨードが悲鳴をあげる。まずい、このままじゃ殺してしまう!
「待てクロミア! そいつの自業自得だが殺すのはナシだ!」
「だ、ダメじゃ……わらわはまだ成熟しておらんから、か、感情の抑制ができんのじゃ……うおおお!」
「ひ、ひいい。ごめんなさいすいませんもうしわけありません! 謝るからたすけてぇぇぇぇ!」
ヨードの懺悔か悲鳴か分からない声が響くと、クロミアの口がカパっと開いた。まさか……消し炭にするつもりか!?
「クロミアに殺させるわけには……!」
俺はクロミアの体をよじ登り顔へと辿り着く。
「おい! しっかりしろ! 気をしっかり持て!」
「ク、クリス……! わ、わらわの背中の逆鱗を撫でてくれ……そうすれば……」
「分かった! ちっと我慢しろよ!」
俺は背中に回り込み、それらしいものを探す。
「あれか……!」
クロミアの背中に一際大きく、色が少し違う鱗があるのを見つけた。少し切り傷があるので、恐らくこれだな!
俺はそっと傷口を撫でるように触った。
「あー! あー! 火! 火がぁぁぁ!?」
ヨードの声がいよいよ限界だ、発射寸前だろう。しかし悲しいかな、俺には逆鱗を撫でるしかできない……! これもお前の罪だ!
「あ……」
「おわ!?」
クロミアが何となく甘い声をあげた途端、しおしおと体が縮み始めた。縮んでいく背中を滑り台にして、俺は地上へと戻る。
「ぶべら!?」
顔から落ちたヨード。俺はしっかりと地上へ降り立つことができた。
「おし、成功だ!」
「クリスさん!」
駆け寄ってきたセルナさんの肩を抱いて、クロミアへと近づく。まっ裸になったクロミアは気を失っており、小さいとはいえ目の毒である。
横には気絶したヨードもおり、俺は急いで拘束。その辺にあった工事に使うシートを刀で適当な大きさに切ってクロミアの体を隠した。
「ふう……ようやく片付いた、か」
「あ、ありがとうございます……そ、そうだ! 家が襲われるって! お父さんが……!」
「ああ、急いで戻ろう!」
すると闇夜から先ほど俺達を見逃した男の声が聞こえてきた。
「その必要は無いぜぇ。宿は無事だ」
「本当ですか!?」
「お、お前……サイゴ、だったっか? どうしてそんな事がわかる?」
するとサイゴは後ろ手に持っていた男を投げ捨てた。言葉を発さないが、死んでいるのか?
「気絶しているだけだ、無駄な殺しはしない。そいつは宿の襲撃を任された者だが、宿の客にボコされたそうだ。あんたの家族なんだろ? まさか武王の息子とはな、手を出さなくて正解だったぜ……」
武王? 何の事だ? まったく身に覚えのない話に混乱していると、サイゴはさらに言葉を続けてきた。
「ま、今頃警備団が宿に来ているだろうな。ヨードの旦那を引き渡すといい」
「お前は?」
「俺はお尋ね者みたいなもんだからな、悪ぃが消えさせてもらう。縁があったらまた会おうぜぇ……」
「あ、おい! ……助かったよ、ありがとう」
驚いた顔で振り返った後、片手をあげながら無言で去っていった。
「それじゃ、帰ろうか。あー落ち着いたら腹減ったな……」
「ふふ、それならお夜食を作りましょう! お刺身の残りでお茶漬けなんてどうですか?」
「はは、そりゃ日本人なら願っても無い夜食だ」
クロミアを背負い、ヨードを引きずりながら俺は宿を目指す。
セルナさんをめぐる長い夜は、こうして終わりを告げたのだった。
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ヨードを成敗しセルナを取り戻したクリス。
クロミアの暴走で見せ場を取られたクリス。
そして、断罪されるヨードと残されたホテルはどうなってしまうのか?
次回『家族達』
ご期待ください。
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