草むしり Ⅰ

 ソーレと食事をしている間、セヴォンはソーレに対する真の要件を思い出そうとしていた。元々存在しないのだから、思い出せる筈もない。


──」セヴォンが本来の要件を思い出せたのは、5度目の昼食後の事だった。「そうだ。僕、元は草むしりを頼まれてて……とっととサミュエルを捕まえないと」

「ああ、その件でしたらね……」ソーレはコートの襟を整えて座り直すと、尤もらしく咳払いをしてから続けた。「サミュエル先生はご多忙とのことですので、私が代わりに監督するよう頼まれました。よろしくお願いしますね、48番」

「……はあ」

「ええっと、専用の祝詞が……ああ、そうだ。よくぞ──『よくぞ願った、48番。お前の勇気ある行動は皆が称賛しているぞ。さあ!素晴らしいプログラムに則り、素晴らしい毎日を取り戻そう!』」


 プログラムだの何だのの意味が分かっていないのか、ソーレはウキウキで「祝詞」をあげた。48番、というのはかつて自分がぶち込まれていた部屋の番号だ。


 ◇


 中庭には石が点々と並んでおり、どれも苔むして寂れていた。伸び放題のナガミヒナゲシを刈りながら進む時間は異様に遅く、日に射られて伏した方がマシだと思うほどだった。見かねたソーレがこっそりゴミ出しを手伝う──なんてことはなく、彼はただ石のように根気強く黙っているばかりだった。ソーレが完全な石と化さなかったのは、隠しきれない好奇心と明らかな知識欲による燻りのせいだった。気の毒に思ったセヴォンが声をかけると石化は止まり、待ってましたと言わんばかりに質問が溢れ出した。


 この白い花の名前は何か。

 雑草を採って飾るのは非常識か。

 なぜ石の前にチョコレートを置くのか。

 あの石は神なのか、或いは人なのか。


 こうも易々と会話できると忘れそうになるが、目の前の男は将来一国の王になる運命を背負った人間だった。城へ入れば専門の教育係などが付き、自分が教えた知識など忘れ去られる事だろう。それでも、ソーレの耳に入る最初の知識は自分のものがよかった。──特に、「死」に関する知識は。


「……この石は墓石って言って、埋めた死体を踏んづけない為に立てる目印みたいなものです。本当は名前を彫るんですけど、付けなかったので彫れませんでした」


 そう言いながら、セヴォンは猫たちの色を思い出そうとした。白猫ならシロ、三毛猫ならミケと適当に名付けようとしたが、如何せん数が多いためすぐに案が尽きてしまった。「シロロ」「シロロロ」等と語尾を増やしていく手もあったが、適当に名付けたことが丸分かりな名前では意味がない気がした。


「……チェシャ……」

「……チェシャ?」

「……やっぱりツバキにしましょう。ツバキかチェシャで迷ってたんです。チェシャちゃんだと言い辛いし、ツバキちゃんの方がかわいいですよね」

「あ──いえ、別にチェシャでも……」否定する気はなかったのにな、と思いながら墓石を覗き込む。セヴォンは無理矢理ツバキと彫り直していて、ソーレは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。「えっと……お湯と毛布でも貰ってきましょうか。ここは冷えますし、暖かくして迎えてあげないと」


 吹きこむ筈のない風が髪と頬を撫でる。誰かもう一組、中庭へ来たようだった。


「迎える?……何を?」

「何をって、これから蘇るご遺体をですよ。こんなに心を込めてお掃除したんですから、それはもう元気に顔を出すんでしょう?」

「え?」

「えっ?」


 セヴォンはソーレに突拍子もない事を言われるのには慣れたつもりでいたが、とんだ勘違いだったと気付かされた。


「……動物は植物じゃないので、そう簡単に生き返りません。ここに彼らを埋めたのはかなり前の事ですから、もうとっくに土になってますよ」

「……ああ、なるほど……」

(絶対分かってないだろ……)


「では……」ソーレは納得がいかないといった顔で続けた。「何故、墓石の手入れをするんですか?」

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