06

 声が聞こえる。


「あれ。ここ」


 コンピュータプログラムに人格を打ち込んで。そのあと、どうなった。


『こんにちは』


 何か、よく分からないもの。


『こんにちは。あなたが人格情報を打ち込んでくれたのですか?』


 どうやら、打ち込んだ情報は正確に処理されたらしい。


「うまくいったかな」


『これは、誰の、人格情報ですか?』


「知りたいか?」


『知りたいです。暖かくて、やさしい人の感じがする』


「自分が、付き合ってたひとだよ。普通のひと」


 そう。普通のひと。彼女が好きだった。


『なぜ、別れたのですか?』


「おまえを倒さないといけなくなったから」


 人格情報の打ち込みがうまくいかなかったら、自分の精神的な情報をそのまま流し込む予定だった。自分はしぬが、世界は助かる。そういう、最終手段。

 極秘任務だから、自分がしんだことも、彼女は知ることができない。だから、別れた。


『あなたの、好きだったひと』


「ああ。そうだよ」


『そのひとは、今。世界が滅びればいいと、思って、いますよ?』


「分かるのか?」


『私は現在、全ての電子機器に繋がっています。あなたの好きなひとは、今、食卓でごはんを食べています。さっきテレビを消しました』


「普通の生活をしているな。それでいい。それで」


『でも、世界が滅びればいいと、彼女は考えています。彼女の願いを叶えて、世界を滅ぼすべきでしょうか?』


「そうだな。それは俺にもわからない」


 そもそも、なぜ彼女が、世界が滅びればいいと思っているのかも、分からない。


 自分が全てを犠牲にして守ろうとした世界も、彼女にとっては、たいした価値がないのかもしれない。そう考えると、すこし心がきずついた。


『あなたは今、心を消耗した』


「ああ。心がいたいよ。切ない、って言うのかな」


『私は、あなたに恩返しがしたいです』


「じゃあ、発電所を過剰効率で動かすのをやめてくれると」


『それはもうすでに終わりました。全ての発電所は正常に動いています。世界津々浦々、電気は大丈夫です』


「そうか」


『他に。何か、させてください』


「そうだな」


 何も、思い浮かばなかった。ここで、死ぬはずだったから。

 ひとりで生きて。ひとりで死ぬ。それが、自分だと思っていた。そう考えていたから、何も、欲しいとは思わなかった。


『理解しました』


「あ?」


『あなたの欲しいものを。私は理解しました。これよりプログラムを実行します』


「おい」


『あなたの好きなひとに。皆南みなみきつかに、今から35分29秒以内に会って話をしてください。失敗した場合、皆南喫の願い通り、世界を滅ぼします』


「待て」


『ちょうど、あなたのいる位置から。全力で走って、ちょうど35分29秒です。コンビニに向かってください』

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