~流麗! その鎧の名は~
三人がかりでの鑑定をやり遂げた知識神殿の神官たち。
その満足そうなお顔に花丸をあげたいところですが……さすがに成人男性の額にお花マークを描くのは失礼というもの。
師匠さんみたいに頭をなでなでするのも、。止めておいた方がいいですわよね。
「ありがとうございます」
というわけで、ぎゅ、と手を握る程度にしておきました。
もちろん、相手が望むのであれば頭も下げますし、靴にキスをしろというのなら、わたしの代わりにパルパルがペロペロと舐めますわ。
もしも神官が可愛くて幼い少女であれば、師匠さんが喜んで舐めるでしょうけど。
……そういう意味では、師匠さんってば相手が誰でもいいのかしら?
幼くて可愛い少女であれば、何の抵抗もなく浮気をされてしまうのでしょうか。
心配ですわ。
後でちゃんと聞いておきましょう。
なんて思いつつ、さっそく鑑定結果を聞くことにしました。
「ちょ、ちょっとお待ちを」
ヘトヘトになっているのか、男性神官はごきゅごきゅと喉を鳴らしながらマインド・ポーションを一気飲みされました。
喉が乾いているというよりも、魔力がカラッカラッになっている状態ですわね。それは後ろでバックアップしていた神官長と女性も同じようで、マインド・ポーションを飲んでいます。
相当な代物であるのがこれだけでも分かるというもの。
おかげで、わたしの周囲で聞いている冒険者の皆さまも前のめりになっている状態です。
まったくまったく。
気持ちは分かりますけど。
「お待たせしました。今から説明しますね」
ごくり、と誰かが生唾を飲む音が聞こえました。
それほどまでにシーンとみんなが鑑定結果に耳をすましている。
荒れくれモノの多い冒険者ばかりがいる場所とは思えないほどの連帯感。
素晴らしいですわね。
「まずこの鎧の名前ですが、『金精霊の鎧』と名付けられております」
おぉ! という、静かなどよめきが起こった。
矛盾しているような言葉ですけど、静かなどよめき、と表現するしかありません。どうやらわたしには小説を書くセンスが無いようですわね。残念。
さてさて、鎧の名前ですが。
金精霊。
つまり、金属を司る精霊女王――金の精霊女王ラニーネアの名を冠する鎧。もしくは、それに連なる者の鎧ということになります。
師匠さんとパルが身につけているスカーフやリボンは光の精霊女王ラビアンの聖骸布です。
もしかしたら、そのレベルの鎧かもしれません。
冒険者の方々がどよめいているのも理解できます。
「名前は分かりました。では、この鎧を装備すると、どんな効果がありますの?」
まず皆さんが聞きたいところは、これでしょう。
少なくともマジックアイテムであることは確定しています。単なる鎧でしたら、三人分の魔力を必要とした鑑定になるはずもありませんので。
名前から察するに古代遺産――アーティファクトである可能性もあります。
はてさて。
ワクワクの鑑定結果は?
「まず、装備する者を選びません」
「……はい?」
どういうことですの?
「金属鎧、フルプレートならば装備できる体格が限定されますが、この金精霊の鎧は誰でも装備できる……そうです」
自分で説明して、自分で自信がなくなる。
そんな複雑な表情が見えて、ちょっと面白かったですが……さすがに不可解ですわね。
「どういうことなんでしょうか?」
わたしは机の上に置いてあった手甲――いわゆるガントレットを持ち上げる。
金属で作られた手袋のようであり、どう考えてもわたしの手よりも大きく、成人男性向けに作られたように思えます。
それが誰でも装備できるとはどういうことでしょうか。
「試しに付けてみても、大丈夫でしょうか」
「呪いなどは無いので問題ないかと」
鑑定者が言うのでしたら、まぁ大丈夫なのでしょう。
あと、金の精霊女王なので、わたしの身体が燃え上がったりすることはない……はず。
というわけで、えい、とガントレットに手を入れてみました。
すると――
「うわ、気持ちわるっ!?」
大きくてゴソゴソのはずなのに、ガントレットはぴったりとわたしの手にフィットしました。
いつの間にか大きさが小さくなっています。小さくなった瞬間は視認できませんでした。いえ、見えているはずなんですけど、それを認識させなかった、というべきでしょうか。
気持ち悪い装備ですわね。
なんだかパルのブーツにも似ている気がします。あれの上位互換とでも言うのでしょうか。
「ほほ~」
ガントレットをコツコツと叩いてみました。
しっかりと硬く、金属特有の甲高い音が神殿内に響く。
柔らかいわけではないので、本当に金属事態の大きさが変わってるようです。
「すげぇ……! ほんとに大きさが変わったぜ」「どうなってんだ!?」「金の精霊女王の加護だ!」「手、小さくてカワイイ」「誰でも装備できるってマジか!?」「うちの女性パーティでも装備できるってことだよな!?」「マジかよ、確実に戦力アップじゃねーか」「欲しい!」
などなど。
皆さんがワっと盛り上がりました。
せっかくなので、追加情報を皆さんに差し上げましょう。
「これ、物凄く軽いですわ。さすがに羽のよう、とは言いませんけど。見た目より遥かに軽いですわ」
持っていた時は普通に重かったのに、装備すると軽くなるなんて。
誰でも装備できる、という意味を余計に感じます。
「軽量化の加護、ですね。武器にも付与されることのある効果です。有名なのが『羽の剣』でしょうか」
「はねのつるぎ?」
ハガネのツルギじゃなくて?
「知らないのですか、プルクラさん」
なぜか馴れ馴れしく後ろから語ってくる訳知り顔の冒険者Aくん。くい、と分厚い眼鏡レンズの位置を整えました。
いえ、別に馴れ馴れしくても良いんですけどね。
でも――
「知っているのか、スパーク!?」
と、周囲でワザとらしく驚いている風の冒険者は何なのでしょう?
そういうノリでもあるんですの?
楽しいから許しますけど。
「羽の剣とは、マジックアイテムです。魔力によって軽さを軽減する『軽量化の加護』という特殊効果が使われており、この加護のおかげで巨大な剣を振り回すことができると言われております。その製造方法は謎であり、一説によるとドワーフに継承されていたそうですが、現在における鍛冶技術では口伝が失われた状態であり、新しく作るのは不可能とされています。しかしながら遺跡などで見つかる武器にはそれなりに見つかることもあり、冒険者の中にはそんな軽量化の加護をほどこされた剣を核として使用したオリジナルの武器を作ることを目指している者も多く、非情にポピュラーなマジックアイテムの効果と言えますね」
早口でした。
スパークくん、めっちゃ早口でした。
「ありがとう、スパーきゅん」
「すぱーきゅん!?」
スパキュン、真っ赤になってどっかに行っちゃいました。
なんでですの!?
この程度で照れてたら、どうやって女の子とお付き合いするんですかー!
仕方がありませんので、わたしがジックリ手ほどきを――
「こほん。続きを説明してもよろしいでしょうか」
「そうでした。まだ途中でしたわね」
どうぞ、と男性神官に説明をうながしました。
「鎧に施されてる効果ですが……誰でも装備できる、軽量化の加護、そして『頑強』と『熱への耐性』です」
頑強と、熱耐性ですか。
「説明してくださる?」
「はい。まずは『頑強』ですが、これは文字通り言葉通りの意味です」
「つまり、めっちゃ丈夫ってことですの?」
にっこりと笑って男性神官は、ハイ、とうなづきました。
「ですが、その効果が恐ろしく高そうです。この鎧の材質が何か、私には判断できませんが、普通の金属ではないでしょう。その金属に更なる魔力的防御がほどこされております。しかも、目もくらみそうなほどの高効果に。鑑定結果の魔力消費の大半は、この部分だったかのように思えます」
「そんなことまで分かりますのね」
「知識神さまの魔法ですので」
なるほど。
まさに『知りたいことは知らずにはいられない』という神の魔法です。
というか、まんまハイ・エルフのようにも思えますわね。
きっと、親戚だったに違いありません。
もっとも。
ハイ・エルフの場合は、自分で調べたり聞いたりしたいので、魔法で答えを得る、というユニーク魔法は嫌いそうですけど。
そのあたり、どう思っているんでしょうか。
我が友人に聞いてみたいところではあります。
「では、最後の『熱への耐性』を教えて頂けますか」
「はい。これは熱さや寒さからある程度を守ってくれる効果です。さすがに火の中や氷水の中に入れば無理ですが、多少の暑さや寒さは防いでくれます」
ふ~ん。
なるほど。
つまり、この鎧を装備していれば、ダンジョン下層部の寒さも平気……ということでしょうか。
わたしは指輪として装備しているマグに手を触れましたが……恐らく、こちらのマグほどの強力な効果は発揮しないものと思われますね。
感覚的なものですけど。
「この鎧を装備していれば、いつでもどこでも快適に過ごせる、ということですわね。鑑定結果は以上でしょうか?」
「はい。それらが『金精霊の鎧』の全効果となります」
ありがとうございます、とわたしは頭を下げました。
で。
ここからが本番ですわね。
「それで、鑑定料はいくらになりますでしょうか?」
わたしと同じように、冒険者の皆さんが耳を傾ける。
鎧の効果の次に皆さんが気になるところでしょう。
絶対に高いです。
それは分かっております。
たぶんというか、もちろん払えるわけがないでしょうけど。
それがいったいどれほどの値段になるのか。
ワクワクのお値段発表です。
「鑑定料は――」
男性神官はちらりと後ろを振り返りました。
多少なりとも回復していますが、三人分の魔力を使い果たしたのは確か。ついでに、しばらくの間は三人とも魔力回復に向けて使い物にならないでしょう。
加えて、恐ろしいほど有効な能力を秘めていた鎧です。
まず安いはずがありません。
というのを確かめるように男性神官がうなづき――指を三本立てました。
つまり、3。
金貨30枚といったところ――
「三千枚、3000ペクニアでお願いします」
金貨三千枚でした。
「売ります」
即決でした。
誰が金貨三千枚も払えますか、誰が!
「うおおおおおお! 売りだあああああああああ!」
ですが、次の瞬間から後ろに控えていた冒険者たちが大騒ぎ。
もしかして、皆さん金貨3000枚とか払えるんですの?
「急いで金を集めろ! なんでもいい! なんだっていい! とにかく金だ!」
「ダンジョンにもぐるぞ! 6階だ! とにかく金を稼ぐんだ!」
「いくぜいくぜ、俺はやるぜ!」
「パーティメンバーを呼べ! これひとつで攻略方法が変わる! こいつに盾もたせりゃ、誰だって奥へもぐれるぞ!」
「借りられるだけ金を借りてこい! いい、いい! 狙ってた武器なんて後回しだ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお! プルクラたんが付けた鎧、うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「急げ、誰かに買われる前になんとしてでも金3000枚を集めるんだ!」
「これはチャンスだぞ! 俺たちも一流になれるチャンスなんだ!」
「ギャンブルでも身体を売ってでもいい! とにかく金だ! 金を集めろ!」
「娼婦だ! 娼婦を雇え! いや違う、娼館を経営するぞ!」
などなど。
皆さま、一目散にどっかへ行ってしまいました。
「え~……」
あとに残されたのは、美少女のわたしと神官たちだけ。
まったく。
わたしの身体が目的ではなく、鎧が目的だったのですね。
ひどいですわ!
「というわけで売ってしまいます。よろしいでしょうか?」
「はい、了解しました。ネックレスの方はどうしましょうか……神官が目覚め次第、連絡を入れようかと思いますが」
「下手をすれば、その鎧以上かもしれません。ので、そちらも売りでいいですわ。気になるので、あとから効果を教えてくださいまし」
そうですね、と神官長ともども、苦笑する神官たち。
ちょっとした大騒ぎでしたわね。
まぁ、こんなのは黄金城では日常茶飯事でしょうけど。学園都市も似たような状況ですし、やっぱり人間種の街は楽しいですわ。
魔王領ですと、こんな騒ぎはありませんからね。
せいぜいモンスターパニック程度。
やっぱり人間領に出てきて正解でした。
「あ、そうそう」
忘れるところでしたが、伝えておきましょう。
「ドラゴンズ・フューリーがそのネックレスと同時に手に入れた指輪を持っています。そのうち鑑定に来られると思うのでお気を付けくださ……あら」
神官長をはじめ、ひっじょうに絶っ妙~にイヤな顔をする神官たち。
正直ですわね~。
でも、分かります。
これ。
恐らくですが、しばらく神殿での鑑定業務ができなくなりそうですわよね。そう簡単に鎧も売れそうにありませんし、しばらく収入がゼロになりそうな勢いです。
うふふ。
大変ですね。
面白い話ですので、あの貴族にお話してあげましょうか。
きっと喜びますわ。
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