~卑劣! 謎解きは罠解除のあとで~

 間違えたスイッチを押すと、天井が落ちてくる罠。

 その真実は、天井ではなく床が上がっていく罠だったのだ!


「さて、その理由は?」


 それが分かったところで、それが何を意味しているのかは謎。

 天井と床の違いなど、上にあるか下にあるかだけ。天井が動かせないので、床を動かしたのだろうか。

 いや、そんな単純な理由ではないはず。

 う~ん、とみんなで考えてみる。


「はいはいはい!」


 元気よく手をあげたパル。


「はい、パルパルくん。どうぞ」

「6階の天井が薄いから、罠を作るスペースが無かった!」


 薄いのか?

 と、俺たちは天井を見上げた。

 もちろん、分かるわけがないので、みんなで腕を組んで首を傾げる。


「正解か不正解か言ってくださいよぉ~」

「いや、正解か不正解かも分からない微妙な答えを出されても困る」

「あたしのせい!?」


 いや、パルは悪くない……と、思う。


「ルビ~ぃ~、る~び~」

「はいはい、そんなねちっこい呼び方しなくても聞こえています。ねちっこいのは夜のプレイだけで充分ですわ」

「あたし、ねちっこいかな」

「攻め方はねちっこそうですわ。盗賊ですし」


 ふふん、と満足げにパルは胸をそらした。

 ぺったんこなので、かわいい。


「あ、そうじゃくって。ねぇねぇ天井調べてよ~」

「はいはい、確かめてあげましょう」

「ルビー大好き」

「わたしも好きですわよ。今夜、いっしょに初体験します?」

「それはえっちなヤツ?」

「他に何がありまして?」


 堂々とえっちするぞと宣言する吸血鬼さま。

 強いなぁ。


「ルビー嫌い」

「いいえ、わたしは大好きなので。うふふふふふふ」

「師匠助けて!」


 俺の後ろに隠れるパルをくすくすと笑いつつ、ルビーは自分の影の中に入っていく。殊更ゆっくりとずぶずぶ入っていく様子は、それこそ魔物らしいと言える光景。

 まったくもって無駄な演出だ。

 ルビーが影の中に完全に沈み、しばらく経つと――


「ダメですわね」


 天井から顔を出した。


「ダメとは、どういう意味だ」


 天井から落ちてきたルビーは答える。


「わたしの影移動でも5階層に移動できませんでした。魔力的、というよりも『迷宮的』と言えるでしょうか。影の中に壁がある感じです。とことんズルは許さないタイプみたいですわね、この迷宮」

「そうなのか……じゃぁ、一気に最下層まで移動してくれ、というお願いを聞いてくれたとしても不可能だったか」


 残念。


「いえ、それは可能でしょう」


 どういうことだ?

 と、俺とセツナは眉をしかめつつ聞いた。


「影移動で階段まで移動して、ちゃんと階段を降りていけば良いのです。直接の縦移動が無理なだけで、横移動は可能ですから」


 なるほど。

 と、肩をすくめる。

 ルビーにお願いして宝物庫から七星護剣を取ってきてもらう、という最終手段を使えるのは良かった。

 もっとも。

 物凄い代償を払わないといけないと思うけど。

 たぶんだけど、セツナじゃなくて俺が。

 でも、どんなにルビーのお願いを聞いて、彼女に尽くしたとしても、ルビーは喜ばないだろうから……難しいところだなぁ。


「安い女になってあげてもいいですわよ、師匠さん」


 俺の思考を読んだのか、ルビーが笑う。


「いいや、ルビーには高貴なお嬢様でいてもらいたい」

「ふふ。だから好きです」


 ルビーは嬉しそうに俺の腕に絡みつく。

 好かれている内が華、だと思っておこう。


「イチャつくのはいいがな、謎が解明できてないままだぞ」


 ナユタの言葉に、はい、と答えるしかない俺たち。

 いや、考えてはいるんだけどさ。


「向こう側はどうなっているんだろうか」


 セツナは扉の先をコツコツと叩く。フロアが上方向へ上がったせいで、部屋の中には入れない状態だ。

 向こう側とはこの罠のあるフロアから進んだ先のこと。

 確か下り坂になっている奇妙な通路だったよな。


「坂になっていた通路も、もしかして意味があるんだろうか」


 俺の疑問に答えられる者は、果たしていない。

 というわけで、俺たちの視線は自然とルビーに向けられるのだが――


「これ以上はお断りします」

「やってもらえぬか」

「だって、わたしだけひとりぼっちになるんですもの。みんなで攻略するのが楽しいのではないですかセツナ」


 セツナは複雑な表情を浮かべる。

 まぁ、遊びや酔狂でやってるわけじゃなさそうな雰囲気のあるセツナだ。

 攻略を楽しむ、という考えで挑んでいるわけではないので、ハイ、とは言えない心境なんだろう。

 名誉を求めて攻略しているのではなく。

 明確な目的を持って攻略している。

 もっとも。

 だからと言って、俺たちにまでそれを強要するセツナでもない。

 という複雑な感情が合わさって、文字通り複雑な表情を浮かべているのだろう。


「はぁ~。確かにそうだな」


 最後にはセツナが折れた。


「お主に真面目にやれ、と言っても無駄なようだ。暖簾に腕押し、とはこのことか」

「床に首、というやつですわね」


 なんだその恐ろしい言葉……

 倭国に伝わる格言か何か?


「それを言うなら、ぬかに釘、でござる」

「あ、それそれ。さすがニンジャ娘。賢いですわね」

「馬鹿にしてるんでござるか、ルビー殿」

「ほんのちょっと。だって間違いを指摘されたら悔しいじゃないですか。わたし、全力で反逆いたします。床に首!」

「素直に指摘されてろよ、吸血鬼」


 倭国組の全員から頭にチョップを叩き落されるルビー。

 全面的にルビーが悪いので擁護しません。

 ケラケラと笑うパルをなだめつつ、俺たちは一度地下5階へ戻る。なにせ、罠が発動した状態で先に進めないので。

 たぶん一度戻れば罠の状態が解除されるんじゃないか、という感じで地下街に戻ると、少しだけ休憩してから罠のフロアまで戻ってきた。


「かなり面倒な作業ですわね」

「だからこそ、攻略は地下七階で止まってるんだろう」


 なにより。

 地下五階に街を作るのだって、かなりの年数を要したと思われる。

 むしろ、地下五階に拠点を作れなかったと考えると、逆に地下七階まで到達できていないんじゃないか、とも思う。

 ゆっくり着実に、1フロアずつ探索を進めている状態だろう。

 いや。

 本当はもっともっと先へ進んだ攻略組もいたかもしれない。

 ただし。

 報告されていないということは、帰って来なかったという意味となる。

 名誉を手に入れる前に死んでしまっては、本当に意味がない。

 なんにせよ、目論み通りフロアは元通りになっており、再び部屋の中に入れるようになっていた。

 今度は全員で部屋の中に入り、罠を作動させてみる。


「押すぞ」


 セツナの言葉にうなづき、警戒する。

 柱に付いているスイッチをセツナが連打すると――罠が作動した。


「天井が下がってきているようにしか思えないな」


 床がせり上がっている感覚はない。

 その原因は、扉のせいだろうか。

 床があがっているのならば、扉が地面に埋まっていかないといけない。しかし、扉の位置は変わらず、追従してきている。

 それは入口側と出口側も同じなのだが――


「さっきも試しましたが、こっちの扉は開きません」


 不思議なことに入ってきた側の扉は開かなくなっていた。

 それでは、と進む側の扉を開けて、その先を見てみる。


「おぉっと!?」


 下り坂だった通路。

 その坂道の角度が、あからさまに急になっていた。


「確かに床が上がったと分かるねぇ」


 すべり台とまでは言わないが、それなりに急角度になった坂道を見下ろしながらナユタが言った。

 これはつまり……


「天井に問題があるのではなく、床に理由があるってことか」

「どういう意味だ、エラント殿」

「え~っと、つまり~……天井を下げたいのではなく、床を上げたかったってことだ」


 そう考えると、つまり――


「七階層の天井をあげる、という意味に繋がる?」


 セツナの出した結論に俺はうなづいた。


「パル」

「須臾」


 俺たちは地図を持つふたりの名前を呼び、六階層と七階層の地図を出してもらった。

 それを重ねてみる――が、どうにも違う。


「階段の位置を合わせるんじゃないのかい?」

「「それだ!」」


 ナユタの言葉にセツナといっしょに声を出す。


「男の子ですわね~。あ、わたしにも見せてくださいまし」


 ルビーが俺の懐に潜り込んでくるのを許可しつつ、階段の位置を合わせて、地図を重ねて掲げてみる。

 すると――


「この部屋でござるな」


 七階層のとある部屋が。

 このフロアの真下に、ぴったりと重なったのだった。

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