~卑劣! 女王様からお手紙ついた~

 蛇と薔薇の紋章。

 それは砂漠国・デザェルトゥム王家の紋章だった。

 蛇と薔薇。

 王家の紋章であるそのモチーフには、少々警戒すべき事柄でもある。

 一見して『砂漠国』とまったく関係のないふたつなのだが、薔薇に関しては主要な産業物として理解できる。『砂漠の薔薇』と呼ばれる鉱石が採れるので、紋章のモチーフにされているのは分からなくもない。

 薔薇は美しい花ではあるし、鉱石もまた美しいので。

 問題は蛇だ。

 砂漠国は代々女王が国が治めている。もちろん、女王が治める前にも世界は存在しただろうし、国という基準が曖昧だった可能性もあるが、砂漠という厳しい環境で生き続けていた人間はいたのだろう。

 初代女王が現れる前――

 なんらかの統治を行っていた者を蛇の毒で殺した女性がいた。もちろん、それが初代女王ではあるのだが……その暗殺行為を公表している上に王家の紋章にまでしてしまっている。

 そして女王は代替わりして、何世代も経た現代においても紋章の蛇はそのまま。

 つまり、砂漠国の気質とはそういうことであり。

 女王という人物像がイヤでも分かってしまう証明のようなものだった。


「砂漠国って言ったら、お城で危ない薬を売ってた人だよね。アルゲー・ギギっていう人」

「あぁ~、そんな人間もいましたわね」


 すでに記憶から放り捨てていたのか、ルビーが思い出すように言う。

 もしかしたらすっかり忘れていたのかもしれない。


「ルビーちゃんは薬を打たれたそうですが、体調に問題はないのですか?」

「ベル姫に心配されるとは光栄です。でもご安心くださいませ。これでも冒険者ですので毒には耐性があるのです」


 ふふん、と胸に手を当ててルビーはすまし顔をした。

 毒に耐性のある冒険者なんて聞いたこともない。

 嘘を付け、と言いたいところだが……だったらなんで平気なんだ、ってことになるので黙っていよう。

 というかルビーが吸血鬼ってバレたらどうなるんだ?

 平気でお城の中に出入りしてたし、なんなら現在進行形で王族と仲良くお話しているんだけど、正体を知ったら周囲の皆さまは血相を変えてルビーに突撃するんだろうか?

 恐ろしい。

 その全てをねじ伏せて、かつ、お姫様を無事に帰してしまえるであろう吸血鬼が恐ろしい。

 もちろん、そうなるとお姫様から情報が伝わり、自動的に俺の立場も終わる。

 恐ろしい。

 パルだけでも知らなかったことにして逃がしてやらないとな……


「師匠さま、手紙を検めてもらえますか?」

「ヴェルス姫も内容は知らないのですか?」


 当たり前ですよ、と姫様は笑った。

 そりゃそうか。

 封蝋はキッチリしてある。誰も開けていない証拠でもあるのだが、ある程度の内容は王族同士ということで知らされていると思ったんだけど。

 どうやら完全に秘匿されて送られてきたものらしい。

 はてさて。

 そんな女王からの手紙を他国の女王に見せてもいいのか……?

 と、問われたところで俺に選択肢は無い。

 見せろ、と言われたら見せるしかないのだ。

 だって相手は王族でこっちは平民。なんの権力も持っていない一般民です。ちょっと勇者パーティに所属していただけの盗賊なので。

 権力のトップには逆らえません。


「わくわく」


 こんな可愛い美少女のお姫様相手でも、それは変わらない。

 うん。

 むしろウェルカムです!


「師匠~?」

「あ、いや、ちょっと緊張して」


 一向に手紙を開けようとしない俺を見てパルが首を傾げた。


「師匠さんでも緊張するんですのね」

「当たり前だ。それにプラスして砂漠国の女王からの手紙だろ。毒が仕掛けられているかもしれん」


 俺はごまかすように砂漠国の女王の成り立ちについて説明した。

 いや、ごまかすように、じゃなくて、ごまかすため、か。

 モチーフとなっている蛇の逸話を聞いて、三人の美少女たちは俺の説明に納得するように、ほへ~、とうなづいた。

 かわいい。

 周囲で聞いているマトリチブス・ホックの皆さまの中にも似たような反応があった。

 いや、そっちの皆さまは知っておこうよ。

 なんて思いつつ、俺は封筒の対角線上の角を手のひらで挟むようにしてクルクルとまわした。

 ふむ。

 重さのバランスは――均等だ。

 加えて、手紙全体の重量は軽い。当たり前と言えば当たり前だが、違和感の無い軽さ、と表現すればいいだろうか。

 罠や毒が仕掛けられている様子は無い。

 それを確認すると、ナイフを取り出し――護衛の皆さま方が一瞬だけ反応したので、慌てて手で制す。今度からペーパーナイフも持ち歩いたほうが良さそうだ。

 いやペーパーナイフでだってお姫様くらいは簡単に殺せるけど。

 どっちにしろ警戒されるならナイフのほうがいいか、なんて思いつつ封蝋をナイフでポンッと外した。

 一応、再接着されたような形跡がないのを確認しておく。

 問題がないのを確かめてから、中を検めた。


「ふむ」


 封筒の中には便箋が一枚。砂漠国らしいのか、それともワザと質の悪い紙を用意されたのか、薄茶色の紙が入っていた。

 折りたたまれたそれを取り出し、開ける。


「……」

「なになに? 師匠、なんて書いてあったの?」


 見せて見せて~、と美少女たちが俺に近づいてくるのでちょっとドキドキしてしまう。

 とりあえずパルに渡すと、両隣からルビーとヴェルス姫が覗き込んだ。


「――褒美をやる。来い――え? これだけ?」


 手紙の内容は実にシンプルだった。

 いや、むしろ傲慢な女王らしいとも言える。

 いやいや、むしろのむしろ。

 あの女王が直筆でこの文章を書いて寄越したってことは、物凄いことなんじゃないか。さすがに王家の紋章入りの手紙を代筆しているとは思えない。むしろ代筆しているのであれば、もっと挨拶とか着飾った文章を送ってくるはず。

 シンプルがゆえに女王直筆の手紙だと判断できた。


「実は暗号になっているとか?」


 あまりにもシンプルな内容だったのでルビーは暗号説を唱える。

 封筒の中にも文章があるのでは、とそっちの中身を調べた。


「透かし、という技術を見たことがあります。太陽に手紙を透かしてみるとうっすらと文字が見えてくるのです。それかもしれません」

「やってみよう」


 パルと姫様は窓際に向かって移動する。

 もちろん護衛の皆さまは大慌てで、窓の向こう側に配置している護衛や雇われた盗賊たちに大急ぎで指示を出して、なにやら大移動が始まっていた。

 大変だな。

 護衛する方もされる方も。

 まぁ、雇われた人たちはその分、お給料もいいだろうから納得して護衛を努めて欲しい。

 こんな美少女姫を泣かせてみろ。

 俺が代わりにぶん殴ってやるからな!

 と、思わせる程度には姫様に対しての好感度が高くて困ってしまう。

 うぅ。

 俺ってこんなに欲張りだったのか。

 パルさえいてくれれば、他には誰も何もいらない。充分に満たされた。なんて思っていたはずなのに。ヴェルス姫が俺に好意を寄せていると知った瞬間にこれだ。

 情けない!

 でもちょっとこの気持ちは理解してもらいたい。

 だって!

 今まで俺、モテてこなかったんだもん!

 ずっと勇者の陰に隠れてて、モテるのはアウダばっかりだったんだもん!

 モテ期を歓迎したっていいじゃないか!


「……いや、ダメだろう」

「何か言いまして、師匠さん?」

「いや、なんでもない」


 落ち着け、俺の心よ。

 相手は王族のお姫様。

 どれだけ相手が好意を持っていようとも、おまえは浮かれちゃいけない。やんわりと受け流し、いつも通りに受け答えするだけで良いのだ。

 それで世界は平和になる。

 うん。


「で、師匠さんの見解では暗号なのでしょうか? それともスカシという技術が使われているのでしょうか。もしくは基本に立ち返ってあぶり出しという手も?」

「あぶり出しであっても、王族からの手紙を火であぶる勇気は俺には無いな」


 アレって、こげる速さの違いを利用したものだろう?

 つまり、燃やしてるってことだ。

 場合によっては死罪だろ。

 古い貴族の屋敷なんかでは手紙を大切に保管していたりする。

 つまり、この手紙事態が大切な証明というか証拠品ともいうべきか。

 そんなものをホイホイと火であぶる訳にはいくまい。


「単純に『文字通り』なんだろう。あの女王さまは実に怠惰で不遜な人だからな。むしろ手紙を寄越してきたことに驚いている」

「あら。顔見知りでしたか」


 前にね、と俺は肩をすくめる。

 もちろん勇者パーティとして砂漠国に滞在していた時に謁見している。

 その時に無理難題を押し付けられたのだが、勇者がふたつ返事で請け負うものだから大変だった。次から次へと厄介事を解決する『何でも屋』扱いだった気もする。

 ちょっと砂漠の地図を書いてこい、なんて冒険者でもやらないぞ?

 命がけだったんだからな!


「ということは……アルゲー・ギギの件で褒美をくださる、ということですのね」


 ルビーの言葉に俺はうなづく。

 アルゲー・ギギは砂漠国の貴族であり、悪い噂があるきな臭い人物だった。彼が作っていたという『魔薬』は、貴族連中にそれなりに出回っており、精神的な影響を及ぼす危ない薬だ。

 欲が出たのか、それとも販路を広げたかったのか。

 もしくは単なる偶然か。

 パーロナ国王都で行われた貴族会議にアルゲーが参加したことで、事件はそれなりにややこしいことになったのだが、そのおかげで偶然にもアルゲーを叩くことができた。

 なにせ、ルビーに手を出したのだから仕方がない。

 露見した悪事のシッポ切りのようにあれよあれよとアルゲーの不利な情報が集まり、見事に牢屋入りが決定して、砂漠国に送られていった。

 運が悪いというか。

 運の尽き、とでもいうのか。

 なんにしても、そのキッカケになったのは俺たちであるので、女王さまも褒美を与えないわけにはいかないんだろう。

 もっとも。

 砂漠国が裏の商売として『魔薬』を公認していたとなれば……話は別だが。

 いや、その可能性は極めて低いか。あんなもので商売する理由は、それこそ対象国の疲弊や弱体化を狙ったもの。

 自分の国にさえ蔓延しており、みずからが疲弊している状態で戦争をしようなどとは誰も思うまい。

 むしろ弱体化している砂漠国の現状をキッカケに戦争が起こっても不思議ではないし、なにより『砂漠国』という天然の防御壁が戦争を防いでいた可能性もある。

 女王の直筆の手紙が届いた、ということはそういう状態だったのかもしれないな。

 一触即発を防いだ功労を労ってやろう。

 文字通り『上から目線』でそう言ってくる女王陛下の姿が簡単に思い起こせた。


「師匠~。なんにも見えなかった~」

「暗号や隠しメッセージではありませんね。やっぱりそのままの意味なんでしょうか?」


 窓際からパルと姫様が戻ってきた。

 護衛の人たちも一安心なのか、安堵の息を吐きつつフォーメーションを元に戻す。

 予定外の移動というか、窓際に立たれるっていうのはオオゴトなのだな。

 王族ってのは大変だ。


「そのままの意味でしょうね」


 俺はお姫様から手紙を再び受け取ると、念のために自分でも手紙を調べてみた。

 簡素な紙に簡素な文字列。

 そこに魔力的な力も働いていないし、暗号を思わせる不自然な文字の汚れも無し。むしろ、そんな疑いを払拭するために思いっきり簡素にしたかのようにも思えたが……面倒だけど仕方がないから書いてやる、的な感じだったと思う。


「ふむ。やっぱり手紙はそのままの意味のようです。ありがとうございます、ヴェルス姫。わざわざ手紙を届けてくださって感謝します」


 俺は丁寧に頭を下げた。

 そんな俺を見て、パルも慌てて頭を下げる。

 さっきまで仲良く窓際に立って話していたくせに、急に真面目になるのは面白いぞ我が弟子よ。

 ほら、くすくすと姫様が笑っているじゃないか。


「良いのです、師匠さま。私が届けたかったのでワガママを言ったんですもの」


 俺は息を吐きつつ顔をあげる。


「よく王が許してくださいましたね」


 牢屋にぶち込まれた俺を直接見に来る程度には娘を溺愛してるのに。

 言い訳無用で助けてくれなかったくせに。


「見聞を広めて来い、とため息交じりに許可を頂きました。説得に三日三晩という時間が必要でしたが」


 ……人間種はそれを『許可』ではなく『根負け』と表現しているのだが?


「ベルちゃん強い……」

「これでも末っ子姫ですので」


 えっへん、とお姫様は小さな胸を張った。

 超かわいい。


「とりあえず、また遠征だな……」


 魔王領に行って勇者パーティと対決した後だっていうのに。もうちょっとだけのんびりとパルの訓練をしたかったのだが。

 まぁ仕方がないか。

 逆に。

 経験を積むという意味では砂漠という過酷な環境は丁度いい。

 太陽神と夏を司る神を信仰している国なだけに、冬であろうとも常夏の国。砂漠という灼熱のフィールドでは足を取られる上に体力もジワジワと減っていく。

 その状況を経験しておけば、魔王領の荒廃した大地は『まだマシ』に思えるしな。


「パル、ルビー、砂漠国へ向かうから準備しておけ。装備品はしっかり考えること……って、ヴェルス姫?」


 なぜかお姫様は我が愛する弟子にぴっとりとくっ付いた。

 まるで抱き付くみたいにパルの腕にしがみ付く。


「どうしたのベルちゃん? これじゃ準備できないよぉ」

「何を言っているのですパルちゃん。私をひとつの荷物だと思ってください」

「へ?」

「人ひとりくらいパルちゃんだったら余裕ですよね! いつ出発します? 私も同行します!」


 もちろん――

 その場にいた全員――

 俺とパルとルビーとマトリチブス・ホックの皆さんと屋上に潜んでいた盗賊と窓の外に控えていた従者と、その他もろもろ合わせて全員が叫びました。


「なにいってんの!?」


 ――と。

 お姫様相手にマジでツッコミを入れてしまったので、その後で全員で反省するという。

 前代未聞の珍事を起こしましたとさ。

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