~卑劣! ゲラゲラ完了報告~

 ジックス街の盗賊ギルド。

 その窓口を務めているのは、特徴的な薄緑の髪をしたエルフであり、紋様のように体に刻まれている刺青が腕から足にかけてまで及んでいる女エルフ。

 不健康そうな白い肌と思っていたが。

 最近までもっと不健康で真っ白なハイ・エルフを見続けていたので、割りと健康的に見えてしまうのは気のせいか。

 それでもエルフにしては痩せており、不健康そうではある。

 ルクス・ヴィリディ。

 髪色を表す旧き言葉の名を持つエルフは、自分のお腹を抱えるようにして笑っていた。


「ひひひははははははは!」


 これが他人を見下すような貴族的な笑い方であったり、自分に酔いしれているような笑い方だったら全然問題なかったのだが……


「ひひ、ふふひひひひいぃぃい、あははは、ひぃひははははは!」


 ガチ笑いである。

 お腹を抱えて、瞳に涙まで浮かべて笑っている。

 本気で心の底からゲラゲラと笑っているのだから、どうしようもない。


「おほ、ほほほはひははははは、ま、待ってまってくれ、エラント。わかって、る、わかってるからぁ!」

「いや、別に問題ないが。死なない程度に笑ってくれ」

「んくっ。ん、死なないぞ。良し。もう大丈夫だ。この程度では、し、死なな、ひ、ひひひひぃ、ふふははははははははははははは」


 ぜんぜん大丈夫じゃないな。

 俺は肩をすくめつつ、預かっていたハンマーをカウンターの上に置く。正式名はなんだったっけ。忘れてしまった。

 叩いた相手を小さくしてしまう古代遺産、アーティファクト。

 神々の遺物と呼ばれるマジックアイテムを越えたマジックアイテムは、まさに希少品であり、ほいほいと使用するわけにもいかない。

 むしろ強力過ぎるので、多用すれば事件につながることも多く、人間の善性に訴えるしかない状態だ。

 他人を誘拐するのに、これほど適したアイテムは無い。善意的な使い方よりも、悪意的な使い方のほうが遥かに思いついてしまう。

 なにより、人間にしか効果が無い、というのが致命的だ。

 ドラゴンをただのトカゲにするのは不可能。

 盗賊ギルドに預けておくのが一番だろう。

 いい意味でも、悪い意味でも。


「これで仕事完了だ。なにか注意事項はあるか?」

「ま、待って。おねがい、待って」

「分かった分かった。落ち着くまで待ってやるよ」


 なにか用事があるのなら仕方がない。

 俺は肩をすくめつつ、適当に待っていると――肩でぜぇぜぇと息をしつつ、ルクスが正常に戻った。


「完了報告と共に、確かにハンマーは預かった。慣例なので聞いておく。悪用はしていないな」

「もちろん」


 盗賊スキル『みやぶる』に近い視線をルクスから受ける。ちょっとした『隠蔽』をしているかどうか、それを確かめる方法のひとつだ。

 ジックス街の盗賊ギルドの『顔』であるルクス・ヴィリディ。隠蔽判定ぐらい軽くできてしまうのだろう。

 上手に嘘をつくコツは知っているが、相手の嘘を見抜くコツは俺も知らない。

 なにせ、ほら。

 俺、あんまり友達とかいなかったし……ずっと裏方やってたので、情報収集はもっぱらお金で解決してたし……

 うん、なんだろう。

 もうちょっと、他人と交流をしたほうがいいなって思いました。


「問題ないな。報酬は後日改めて渡す。学園都市はどうだった?」

「特になんの問題も無かった」

「ギルティ」


 うっ。

 パルと出会った時のようにルクスに指摘されてしまった。

 嘘吐きは泥棒の始まり。

 つまり罪である。

 そういうことなんだろうか。

 もっとも――パルの指摘はブラフだったが、ルクスのそれは真実である。


「新しい女を連れて帰って来たってのに、なにも無かったはおかしいだろ。しかも、ふふ、ま、また幼女だし、ひひ、ひひひひははははははは、お、おま、どこまでロリ、ふひっはははははあっははははは!」


 ルクスはまた笑いだしてしまった。

 もしかして、さっき笑ってたのってこの情報が入ったからか?


「自分で言っておいて笑いだすなよ」

「だ、だってだって、おま、おま、おまえ、ま、ロリ、ロリコンって、あはははははは!」


 いいじゃねーか。

 今までず~っと年上の女ににらまれ続けていたんだ。

 見た目が可愛い少女を連れてなにが悪い。

 人生の天秤が、悪い方に傾いていたのがようやく吊りあいが取れてきたところだ。誰になにを言われようが笑われようが、もう知らん!


「たまたま縁が合ったんだ。あれでかなり強いからな。役に立つぞ」


 吸血鬼だし。

 まぁ、そのうちバレるだろうけど説明したら余計に笑われそうなので、黙っておく。

 だってなぁ。

 俺に惚れたから付いてきた。

 なんて言えるわけがないし……

 というか、真実はそのまま語っても信じてもらえなさそうだ。


「ひひひひ……あぁ、んんっ。ふぅ。もう大丈夫だ。強いのか、あの子」

「ルゥブルム・イノセンティア。冒険者だ。まぁ、なつかれたしパルとも仲がいいので連れてきた」

「ふ~ん」


 おっと、嘘と見抜かれたか。

 まぁ、これくらいの緊張感を持っておいたほうがいいだろう。

 じゃないと、すぐに笑いだすので話が進まなくて困る。


「オーケィ、分かったよ。次はこんな美味しい仕事をまわしてやれないから、地道にポイント稼いでくれよ」

「了解だ。あぁ、ところでギルドマスターっているか?」

「ん? 用件だったら伝えとくが?」


 なるほど、ルクスはギルドマスターでは無いことが確定したな。

 嘘の可能性もあるが……まぁ、ルクスがギルドマスターでないことは確かだろう。


「いや、会ったことが無いし名前も聞いてないので気になっただけだ」

「ギルマスは素性を隠してんだよ。おかげわたしが窓口になってる。まぁ、役得もあるけどな」


 ルクスは肩をすくめつつニヤリと笑った。

 座ってるだけでお金がもらえる楽な商売ではある。しかし、情報の売り買いを務められるほど頭が良く記憶力が優れてないと、『ギルドの顔』にはなれない。

 ギルドマスターに特に用事は無いし、あまり詮索しては敵対行動と誤解をさせてしまうかもしれない。

 そうなっては勇者支援も遠のいてしまうので、本意ではないな。


「分かった。じゃぁ、なにか仕事はあるか?」

「今のところ頼める仕事は無いな」

「そうか。では、ひとつ」


 ほう、とルクスは目を細めた。


「個人的に盗賊ギルドを立ち上げた。『ディスペクトゥス』という名で活動していこうと思うので、適当に噂を流しておいてくれ」


 俺は金貨を一枚、親指で天井に向けて弾いた。

 ルクスはそれをキャッチすると、ポケットにしまう。

 あくまで俺からルクスへ『個人的なお願い』だ。


「本拠地をこの街にするんだったら、ちょっと厄介だぞ」


 基本的にはひとつの街に対して盗賊ギルドはひとつ。

 新しい盗賊ギルドを立ち上げたとしても、すでにある盗賊ギルドを壊滅させない限り、待っているのはドロドロの暗殺応酬だけだろう。

 もちろん、俺にそんなつもりは無い。


「いや、あくまでそういう名の盗賊ギルドが存在し、ディスペクトゥスという名が広がってくれればそれでいい」

「儲け話か?」

「違う。儲け話なら金貨一枚じゃなく銀貨にしてるさ」


 なるほどな、とルクスはうなづいた。


「厄介な仕事とか、あまり美味しくない仕事をディスペクトゥスが解決した。そういう風にしておいてくれ」

「名声が目的か。で、エラントがやるのか? それともルゥブルムが鍵になってる?」

「関係ないとは言わない。だが、直接関係あるわけではない」

「分かった。厄介な仕事でいいんだな?」

「できれば派手な案件で頼む」

「その理由は聞いてもいいのか?」

「いや、聞かないでくれ。さっきの金貨が二枚に増えたとしても、この情報はまだ売らん」

「『まだ』ね。分かった」


 ルクスは丁寧にうなづく。

 ゲラゲラエルフだが、ちゃんとした話の時はちゃんとしてるので安心だ。


「適当に流しておくよ。パルヴァスと、そのルゥブルムって女の子も一員なのかい?」

「パルが『サティス』でルゥブルムが『プルクラ』だ。学園都市にも何人かいる……ということにしておいてくれ」


 あと天界の大神ナーが見守ってくれていると思う。

 でもまぁ、それは言わないほうが真実味があっていいだろう。

 嘘みたいな本当の話だらけだ、まったく。


「了解。ディスペクトゥスという名の盗賊ギルド、サティスとプルクラというギルドメンバー。それとなく噂を流しておくよ」

「助かる」


 金貨一枚程度の働きは是非ともやってもらいたい。

 噂というものは、情報元から離れれば離れるほど不正確になっていく。だが、それでも情報とは重要であり、ずさんに扱って良いものではない。

 だからこそ、種を撒いた。

 どこで芽吹くかは、俺にも分からない。

 でも、ゼロからイチが生まれないように。

 何も無いところからディスペクトゥスという名を刻むのは難しいが、噂という下地があれば定着は早い。

 厄介な仕事を請負い、難しい仕事を難なくこなすギルドがいる。

 そういう噂が定着すれば、いずれ有益な情報もまわってくるはずだ。

 強い者だけが勝者になるわけではない。

 価値ある武器でなくとも、今は弱い冒険者であろうとも、まだ夢に手が届いていない若者であろうとも、未熟な神官であろうとも、見習い冒険者であろうとも、明日をも知れぬ路地裏出身者であろうとも。

 明日にはどうなっているのか分からない。

 小さな希望が、いつか勇者の背中を支えることに繋がるかもしれない。

 恐らく――

 本当に遠くて回りくどい方法だ。

 でも。

 今の俺には、そうやるしかない。

 急いで魔王領に駆けつけて、遠くから支援したところで無理だ。自分の身を守るだけで精一杯になってしまっては意味がない。

 本当に地道にやるしかない。

 卑怯で、卑劣と呼ばれてもいい。

 いや。

 是非とも呼んでくれ。

 ディスペクトゥス(卑劣)と。

 卑劣なヤツがいる。

 卑怯なヤツがいる、と。

 今はそう呼んで欲しい。

 いつか、その名が勇者支援に届くはずだ。

 サチと出会ったことで、俺の体が若返ることになったように。

 ディスペクトゥスという存在自体が、どこかで何かにつながることになってくれるはず。


「じゃ、頼んだ」


 俺は手を軽くあげて盗賊ギルドを後にした。

 さて。

 しばらくは地道に活動するとしよう。

 おつかいなら任せて欲しい。

 この世で一番早く終わらせる自信があるからね。


「実績を作らないとな」


 まぁ、のんびりとやろうじゃないか。

 あせったところで、良い結果が生まれるわけもないのだから。

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