~卑劣! 勇敢な勧誘~

 四つん這いになっているパルの背中に座り。

 床に座っているルビーの頭を、まるで足置きのようにして。


「あっはっはっは! あーっはっはっはっはっは!」


 ゲラゲラと笑いながらふんぞり返っている大神ナーの背中を、健気にサチが支えていた。


「なにをしてるんだ……いや、なにをしてるんですかナーさま」

「ん? 人間と吸血鬼が私に感謝したいって言うので、一度やってみたかったことをやってみた!」


 ドヤァ!

 と、ナーさまは得意げに腕を組んだが……そんな神の姿に呆れたのか、はたまた教育的指導か。

 サチはナーさまの背中を支えていた手を離した。


「ふぎゃぁ!?」


 なので、ナーさまは後ろにひっくり返ってパルの隣に落ちた。


「なにをするサチ!? もう、ビックリするからやめてよぉ……」


 さすがに神さまらしく痛みは感じてないようだ。思い切り頭を打ってたけど、便利な体だなぁ。もしくは、依り代にしている影人形が柔らかいお陰だろうか。

 なんにしても影響が無いのでサチも遠慮なく手を離したのだろう。


「……今のナーさまを見たら、信仰心が地に堕ちます。神官として許せません」

「あ、はい」


 正論だった。


「もういい、ナーさま?」

「あ、うんうん。満足したよ、サチの友達と吸血鬼。夢が叶った」


 パルは普通に立ち上がったが……さすがにルビーは屈辱的な表情をしていた。


「どんな夢をしているんですの、まったく。師匠さんに踏まれるならまだしも、神に踏まれるのは屈辱ですわ。あなたがエクス・ポーションに関わっていなかったら、今ごろは天界を攻める算段を整えるところです」

「あはは。その時は真っ先に私は逃げるよ」

「いい性格してますわね、ホント」


 ルビーは顔をグシグシと拭いて、肩をすくめた。


「あの、ナーさま」

「なにかな、サチの友達の師匠」


 ……いい性格しているのは間違いなくその通りのようだ。

 普通に名前を呼ぶほうが早いだろう。と、訂正したくなったが……そこはグッとこらえておく。


「帰らなくていいんですか、その……天界に」

「嫌だ。帰ったら絶対に怒られるし。たぶん、めちゃくちゃシバかれる」


 大神ナーは、それこそ子どものように、フンと目を閉じてそっぽを向いた。ツインテールがぐわんと揺れる。

 釣り目気味なナーさまにはお似合いなポーズではあるのだが、やっていることは子どもと大差ない。

 というか、物理的なお仕置きが待っているのか。

 天界で生きるっていうのも、なかなか大変そうだ。


「今さらの疑問なのだが……確か大神になったせいで降臨できなくなった……みたいな話だったと思ったのだが? ルビーの影人形のおかげなのか?」


 そんな俺の疑問にはミーニャ教授が答えてくれた。

 相変わらずエクス・ポーションの開発に勤しんでいるらしく、鍋をかき混ぜている。隣には暗い顔をしたクララスがいるので、どうにも料理中としか思えなかった。


「光の精霊女王ラビアンによる一時的な信仰の遮断……のような物と推察した。なにせ裏技みたいな方法で大神になったナーさまだ。不安定な水の波紋のようなもの。ひとたび手を入れれば途端に波紋の輪が崩れてしまう。たぶん、そんなことをやったんじゃないか、と思っているよ。もちろんルゥブルムちゃんの影人形が大きくて物質的に相性が良かったこともある。加えて、魔力の塊だろうしね。サチの目の付け所は素晴らしかった。もしかしたら、ラビアンは中央樹に大神ナーを降臨させる算段だったのかもしれない。サチが一枚上手だったとも言える」


 なるほど。

 と、納得するしかなかった。神秘学研究のミーニャ教授がそう言うのだから、そういうものなんだろう。きっとたぶん。

 なにせラビアンさまがどんな力を持っているか、何をやっているのか、本当のところは分かっていないわけだし。

 なにより、自然を司る『神』ではなく『精霊』なのだから。

 たぶん別カテゴリーなんだろうなぁ、とは思っていたので。

 九曜の精霊女王たちが、神に影響を及ぼせる力を持っていても不思議ではない。


「精霊女王には滅多に会えないよ。私たちは天界に住んでるけど、精霊女王はちょっと遠いところに住んでるし。空を渡って行かないと会えない」

「なにそれ、新情報!?」


 ミーニャ教授が驚いていた。


「別の天界ってどういうことだい?」

「そのままの意味よ、神嫌いの人間。また別の天界みたいなところ。う~ん、そうね。太陽と月みたいな感じかな。私たち神が太陽に住んでるとしたら、精霊女王たちは月に住んでる。そんなイメージ」

「世界の正反対に位置しているわけか。なるほどね~」


 ミーニャ教授は納得するようにうなづいた。

 まぁ、空に浮かんでいる物と言えば太陽と月だ。例えとしては分かりやすいけど、どうにもイメージが湧かない。

 ひとまず会話が落ち着いたところを見計らって、俺は本題を切り出す。


「少しいいかな。頼みがあるのだが、聞いてもらえるだろうか」


 みんなの視線が集まるが……クララスは鍋を覗き込むばかり。こりゃ相当に精神的負荷が大きいようだ。


「独自の盗賊ギルドを立ち上げたんだが、みんなにそのメンバーに加わって欲しい。特にミーニャ教授とクララスには、エクス・ポーションの開発を続けてもらいたので、資金援助するつもりだ。で、クララスの心配する通り、いろいろと厄介なことに巻き込まれる可能性がある。その護衛も兼ねていると思って欲しい」


 俺の言葉にクララスはようやく顔をあげた。


「ま、守ってもらえるんですか?」

「もちろんだ。というか、エクス・ポーションからクララスの存在を切り離そうと思っている。君には、普通に料理研究会として活動して欲しい。そのほうが安全だ」


 エクス・ポーションの情報は、いつ漏れだしてもおかしくはない。というか、扉は開けっ放しの状態だし。

 自分の興味ある研究で視野狭窄におちいっている学園都市だからこそ、こうもノビノビと研究を続けられている。これが普通の街だと、もっともっとやりにくく遅々として進んでいないだろう。ナーさまのお陰っていうこともあるし。

 そういうこともあり、未だ情報が漏れていない状態であればクララスを切り離すのにはベストと言える。

 今ならまだ無関係になれるはずだ。


「む。つまり、これからは私とサチだけで開発することになるのか」

「試行錯誤の段階なら大丈夫だと思ってな。クララスもなにかアイデアがあるのなら伝える程度でいいだろう。人員がいるのはまだまだ先の話だと思っているが、どうだ?」


 確かにそうだね、とミーニャ教授は納得した。


「というわけで、クララス。ギルドに加入してもらえないだろうか?」

「は、はは、はい! よろしくお願いします」

「ありがとう。クララスのコードネームは……いらないか。ミーニャ教授は加わってくれるかい?」

「資金提供が受けられるのなら、断る理由は無いね」

「まだ算段がついていないが、そのうち。では、ギルドでの用件ではミーニャ教授を……え~っと、教授っていう意味の旧き言葉は何だったか……」

「プロフェッソールだよ、エラントちゃん」

「では、それで」


 了解したよ、とミーニャ教授はうなづいた。


「あとは、サチにもギルドメンバーに入ってもらいたい。いいだろうか?」

「……はい。ここまでお世話になったので、協力したいです」

「ありがとう。と言っても、そんなに仕事もないけどな。コードネームは……そのまま神官という意味のサチアルドーティスでいいか」


 分かりました、とサチはうなづいた。

 よし、ここまでは想定内だ。

 ついでだ、ダメでもともとだが勧誘してみよう。


「大神ナーさま。ナーさまにも俺のギルドに加入して欲しいのですが」

「え、私!?」

「はい。その御力でサチとミーニャ教授、そしてクララスを守って欲しいのです。特にクララスに危険が迫った場合はサチに伝える、なんていうことは可能でしょうか?」

「え~、ヤダ。面倒くさい」


 ま、予想通りの回答だった。

 しかし、こっちには奥の手がある。

 いや、すでに見えている手なのだが、使わせてもらおう。


「そうですか、残念です。ルビー、ナーさまがお帰りになるようだ」


 俺の言葉の意図を理解してか、ルビーはニヤリと笑った。


「分かりました。ではお体を帰してもらいますね、大神ナーさま」


 ルビーがそう言った瞬間、ぐにゃりとナーさまの体が崩れる。

 まるで沼に沈んでいくように、ナーさまの体が半分だけ黒い影人形に戻り、影の中に沈んでいった。


「わ、わぁ!? え、なに!? なんで!? やだやだ、まだ帰りたくなーい!?」


 不気味なのにどこか神々しい。

 妙な状態なのに、むしろ美しさを感じるのは、やっぱり神さまってすげぇんだなぁ。

 なんて思わせる光景だった。


「どうしますか、大神ナーさま。もしもギルドメンバーになってくださるのであれば、ルビーの影人形を持続させてサチに提供しようと思いますが。できるな、ルビー」


 もちろんですわ、とルビーは笑う。


「でも昼間のわたしは役立たずですので。一度影を元に戻したら、夜まで新しく作れませんのでそのつもりで」

「だ、そうだが……どうだろう、ナーさま」

「分かった分かった! ギルドに入るから、入るからまだ帰りたくなーい!」


 ふっふっふ。

 盗賊ギルド・ディスペクトゥスらしい卑劣っぷり。

 その名に恥じぬ勧誘ができた。


「よし、クララス。神さまの護衛ができたぞ。これ以上ないってほど安心していいぞ」

「は、はい! ありがとうございます、ナーさま! 毎日お祈りしますね。料理もお供えします!」

「あ、え? な、なんだ、ちゃんと信者が増えるのか。だったらいいかも?」


 ナーさまも納得してくれたようだし、これで一安心か。

 クララスが落ち込んでいたままでは後味が悪い。命を救ってもらったひとりだ。これ以上の恩返しは用意しとかないといけないなぁ。


「ところで結局、いったい何をするギルドなんだいエラントちゃん? 流通でも仕切るつもりかな?」


 ミーニャ教授の質問に、俺は素直にうなづく。


「それもあるが、今はまだ伏せておく。その時が来たら言うので普通に生活しててくれ。特に制限もないし、ノルマも無いから自由にしてくれてかまわない。上納金もいらない。逆に資金援助はするつもりだ。今はその程度の、単なるグループだと思っててくれ」

「分かった。まぁ、いつも通りやらせてもらおう。ところでひとつ、早急になんとかしてもらいたい問題があるのだが、いいかな?」

「なんだ?」


 ミーニャ教授は指で示したのは……入口だった。


「ルビーちゃんが壊したドアの修理代金は払って欲しい。ちゃんと鍵が付いているドアで頼むよ」


 あれを壊したのはルビーだったのか……

 なにやらかしたんだ、この吸血鬼?


「そんな目で見ないでくださいまし、師匠さん。緊急事態で急いでましたの。なにせ師匠さんが死にそうでしたし」

「あっ、俺のせいか。疑って悪かったルビー。すまない、ミーニャ教授。修理代金はきっちり払うよ」


 ルビーとナーさまでひと悶着あって、ナーさまが暴れた後かとも思ったが。

 どうやら違ったらしい。

 あ……ナーさまにギロリとにらまれた。

 ごめんなさい。

 というか、ホントに帰らなくていいんですか、ナーさま!?

 めちゃくちゃ怒られても、こっちに八つ当たりみたいな神罰をやらないでくださいね!

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