~卑劣! 万物の霊薬~
クララスが発狂して気絶した。
当の本人である俺も似たような気分になるところだったが、先にクララスが絶叫してくれた分、冷静にいられる。
怒りと同じだろうか。
自分以上に怒り狂っている人間が近くにいると逆に冷静になってしまう。
それと似たような感じなのかもしれない。
「若返りの薬って、そんな凄いアレなの……?」
パルはいまいち実感できていないようなので、学園長が良い例を出してくれた。
「絵本で読んだことはないかな、パルヴァスくん。とある国の王様が不老不死の薬を求めて冒険者を集める話。もしも不老不死の薬を手に入れてきた者には姫と結婚できるぞ、という物語。最後には毒で死んじゃう王様の物語を読んだことはないかい?」
「あ、知ってる! 冒険者がいろいろ薬を持ってくるんだけど、全部ニセモノで。最後の最後に本当だと信じ切っちゃった冒険者の薬が実は毒だった。っていう絵本だよね」
「そうそう、それ。あれ、実話なんだ」
「へ~……えぇ!?」
そうなんだ、とパルは驚く。
俺も驚いた。
あの絵本、本当にあったことなのか。
実話を元にした絵本だったとは……びっくりだな……
「愚かな王ですわね。民がかわいそう」
魔物である吸血鬼の領主にそう言うのだから間違いなさそうだ。
もっとも。
知恵のサピエンチェが良い領主だったかどうかは、ちょっと疑わしい。というか、ホントに統治してたんだろうか?
人望というか魔物望はあったような気がしないでもないが。
その人望も、下半身がサソリだったアンドロのおかげもあったんだろうなぁ。
なんて思う。
「あの名も無き王様は、実はいろいろな王様を集合させた生まれた姿だ。つまり、古今東西あらゆる地権者――言ってしまえば富と名声と金と権力、その全てを手に入れた人間っていうのは、次に欲しくなるのは寿命というわけだ。なにせエルフもドワーフも長生きだからね。自分だけが早く死んでいく。そんな悲観に囚われてしまうようだ。だからこそ王様という人間は不老不死の薬を欲しがる。なんならエルフに成りたいんじゃないかな、彼らは。お姫様が年老いていくのを恐れるあまり、若い少女の血を浴びたり飲んだりした結果、吸血鬼になってしまう。そんな物語もある。それも結局は不老不死を望んだ王族の話だ」
学園長の言葉にルビーへの注目が集まった。
「わたしは少女だけでなくおじさまの血も飲みますわ。おばあちゃまの血も美味しく頂きましたもの。平等です」
なにかズレた意見が返ってきた。
まぁ、永遠の若さが欲しくて処女の血を飲むっていうのは、定番の吸血鬼ストーリーでもある。
処女の血が、どうにも不老不死に繋がってしまっているのは、アレかなぁ。ストーリー作家は相当にコジれた連中なのかもしれない。
もしくは……俺みたいなロリコンではなく、処女が大嫌いな熟女好きか。
う~ん?
熟女……熟女ねぇ……
想像しただけでも意味不明だ。
13歳以上のどこがいいのか
サッパリ分からん。ギリギリ許容できて15歳か。18歳は確実にアウトだろう。
うんうん。
と、俺がひとりで納得している間にも学園長の説明が続く。
「曰く、この世のどこかには存在していると思われた不老不死の薬。またの名を『万物の霊薬』。パルヴァスくんは聞いたことがないかな、『エリクシール』や『エリクサー』という名を」
「あ、聞いたことある」
「そう。万物の霊薬たる不老不死の薬は、旧神代や神代ではエリクシールと呼ばれていた。今ではエリクサーと呼ばれている存在もしない物だ。不思議と思わなかったかい? この世に存在するわけがないのに、すでに名前が付けられているなんて。神と協力して作るポーションやエルフが秘匿している深淵魔法とは訳が違う。誰も見たことも手に入れたことも無いのに、存在していないにも関わらず、すでに名前が付いている。いったいどこの誰が命名したのかは知らないけれど、まぁ恐らく天界にいるどこかの神さまなんだろうけど。存在しない物、つまりゼロという空白の入れ物に、すでに名前を刻んでしまった。一刻も早く中身を満たしたかったんだろうね。外側の容器を先に作ってしまうほどだ。それほどまでに人間が欲しがった物が不老不死の薬っていう訳さ」
なるほどぉ、とパルはうなづいた。
しかし、でも、と続ける。
「でもなんでクララスさんは気絶しちゃったの? 嬉しいんじゃなくて、なんか怖そうだったよ?」
「不老不死の薬は王族が求めている。すでに口には出さなくなったが、もしも実在することが分かったら、きっと目の色を変える王様が多いだろう。つまり、噂を聞きつけた王様が権力とお金を使ってやってくる。手段を問わずに、ね」
「教えたらダメなの? 普通に作れそうだけど……?」
ポーションやハイ・ポーションが作れる環境であれば、それほど難しくはないように思える製作方法だ。
むしろ簡単に出来る、といっても過言ではないかもしれない。
それでも、学園長は首を横に振った。
「ダメだろうねぇ……良い王様だったらいいけど、悪い王様がいつまで経っても国の頂点にいるのはマズい。代替わりしないと腐っていくのは良くある話だ。親の背中を見て育つ、なんて言葉があるけれど、反面教師という言葉だってある。親の背中が自分より若い可能性は想像もできない。親の顔が自分より若いのは、子どもにしてみれば悪夢だ。世界のルールが狂ってしまうよ」
「へぇ……う~ん?」
分かるような分からないような。
パルは曖昧にうなづいた。
俺も似たような気分だ。
なにせ俺たちには親がいないのだから、想像するのはちょっと難しい。
「死ぬはずの人間が死なないとなると、神が動くだろうね。というか、今この瞬間にも天界は大慌てになっているんじゃないかな? たぶん比較的身軽なサチアルドーティスくんと大神ナーがその仲介に――おっと、噂をすれば来たようだ」
学園長が言ったように、少し小走りでサチがやってきた。どこから来たのか分からないけれど、息が切れているところを見ると相当に急かされたようだ。
「はぁ、はぁ、……あの、ナーさまから伝言が、あります、はぁ、はぁ……」
「大体の想像がつくけども、なにかな?」
「……絶対に秘匿するように、と」
ほらね、と学園長は肩をすくめた。
「これで我々は神の監視対象にされたぞ。少しでもエリクサーの情報を漏らしてみろ。神の裁きが一瞬にして魂ごと消滅させてしまうだろう。と、脅しをかけておくよ。エルフの秘匿どころではないね」
確かに、と俺はうなづいた。
「じゃぁ……せっかく作ってたエクス・ポーションは失敗でしょうか? 師匠さんの命を救ってくれた物を封印するのは、なかなか複雑な気分ですわ」
ルビーの言うことも分からなくもない。
なにせ死にかけたのを救ってくれた物だ。また同じようなことが起こらないとも限らないので、是非とも作って欲しいのだが……
「いやいや結論を急ぐことはない。あれは失敗作だ。エクス・ポーションはあくまで怪我を治すもの。エリクサーと同一ではないよ。というか、エリクサーですら無いだろう、アレは」
「ん? どういうことだ?」
「分からないかな、盗賊クン。エリクサーは不老不死の薬、万物の霊薬とも言われている。つまり、一度飲むと二度と年を取らなくなる薬だ。そんな物がポーションからできると思うかい?」
言われてみれば確かに不自然だ。
怪我を治す事と病気を治す事はまったく違う。
ポーションで怪我は治るが病気は治らない。
それなのに、ポーションを集めて凝縮したような物が『万能薬』になった、と言われると違和感がある。
「少し考察してみた」
そう言って学園長は人差し指を立てた。
どうやら講義が始まったらしい。
「ポーションを飲んで怪我が治る。もしくは、怪我にポーションをかければ治る。これは神の奇跡として受け入れられるのだが……それは本当に『治って』いると考えて良いのかどうか、少し疑問だったのだ」
「どういう意味ですの? 事実、怪我は治っていますわ」
ルビーの言葉に、ごもっともな意見だ、と学園長は嬉しそうに言った。
「でも良く考えて欲しい。怪我が治ったというのなら、傷が残るはずなんだ。裂傷ならば皮膚に引きつった模様のような傷跡が残る。火傷ならばもっと分かりやすい。皮膚に独特の後が残ってしまう。しかし、ポーションで怪我や火傷を治すと、それは残らない。綺麗さっぱりに消えてしまう」
「神さまの奇跡なんじゃないの?」
「私もそう思っていたよ、パルヴァスくん。でも盗賊クンが若返ったことを受けて、別の効果なんじゃないか、と思ったんだ。実は『治療』ではないんじゃないか、と思ったんだ。そう。怪我が治っているのではなく、怪我をする前に戻っている。つまり、ポーションとは時間遡行薬なのではないか、と思ったんだ」
時間遡行。
聞きなれない言葉にパルヴァスが首をかしげた。
それを見た学園長が苦笑しながら言葉を変える。
「つまり、時間を戻している。怪我をする前の状態に身体を戻しているのではないか、推察してみた。それは怪我のみに作用する奇跡としてね。だからこそ、そんなポーションを凝縮し尽くしたエクス・ポーションの出来損ない。失敗作を飲めば、身体が若返った。と、考えられる。かもしれない」
「曖昧ですわね」
ルビーの言葉に学園長は肩をすくめる。
「それこそ実験もできていないからね。もしかしたら死に瀕するほどの重症だったからこそ反動が強く出て若返れた、なんてこともあるかもしれないぞ。普通の怪我や何も無い状態でアレを飲んでも若返れない可能性だってある。なんにしても、盗賊クンが飲んだものはエクス・ポーションの失敗作でもなく、ましてやエリクサーでもない。仮称『時間遡行薬』。名付けるのなら『テンポス・ペレグリナッチォネ・メディチーナ』だ」
「てんぽす……なんだって?」
長くて覚えられなかった。
「テンポス・ペレグリナッチォネ・メディチーナだ」
「師匠、テンポス・ペレグリナッチォネ・メディチーナです」
くっ。
パルは瞬間記憶のギフトを持っているからな……ちくしょう。
「長い。時間遡行薬で充分だ」
「むぅ……これだから旧き言葉が死んでいくのだ。パルヴァスくんだってルゥブルムくんだって旧き言葉だっていうのに。私は悲しいよ、彼らはさまようクン」
「エラントだ」
「都合のいい時だけ旧き言葉を使って、もう」
学園長はくちびるを尖らせてちょっと拗ねた。
かわいい。
「ま、なんにしてもアレは失敗作であり、歴史には残らない。もしも失敗の歴史を残す書物があったとすれば、そこには載るかもしれないが安心したまえ。人間種っていうものは、失敗を恥ずかしいと思っているので、そんな書物は永遠に生まれることはない。というわけで、エクス・ポーションの実験製作は別のアプローチで続けることになるだろう」
さぁ実験と失敗を繰り返そうじゃないか、と悪そうな顔で笑う学園長。
「さすが学園長。分かってるぅ」
果たしてそれに嬉しそうに答えたのはミーニャ教授であり。
「……神さまに怒られても知りませんよ?」
と、サチは呆れたように言うのだった。
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