~卑劣! 服と呼ぶか防具と呼ぶかで好感度が変わる~

 ご機嫌な様子で去っていく学園長を見送り……

 学園校舎の外壁で、魔物と戦ったわけでもなく、ましてや限界ギリギリまで追い込んだキツイ訓練をしたわけでもないはずなのに。

 ボロボロにくたびれた弟子と吸血鬼を見て、俺はため息をついた。


「とりあえずルビー」

「はい、なんでしょうか?」

「回復する様子は?」


 果たして、マグ『常闇のヴェール』が不完全だったのか、それとも神の加護の効き目が薄いのか、はたまた元より不可能だったのか。

 日光を浴びたルビーは、死にはしなかったが能力の大半を失う、という事態になっていた。

 パルのマグを試している間、ずっと日陰にいたのだが……その状態で果たして能力が回復しているのかどうか。


「いえ、回復する兆候がありませんわ。未だに服すら生成できません。恐らく日中での回復は不可能かと」

「ふむ。その口ぶりからすると夜に回復する見込みがあるのか?」

「その通りですわ、師匠さん。それこそ神の影響であると推測されます。太陽神はわたしの敵ですが、夜の神、月の神はわたしのことが嫌いではないみたいですので。もしくは、魔王領に入ればすぐに回復するやも」


 もっとも――すぐに実験するのは不可能ですが。

 と、ルビーは続けた。


「そうなると、やはり服は買わないとダメだな」


 パルの上着だけでは、その……下半身がチラチラと見えてしまって、こう、なんていうか、思考が邪魔される。

 まるでスキル『誘惑』が常に発動しているかのように、視線が吸い込まれていってしまうのは俺がロリコンだからではなく、ルビーが美少女のせいだと願いたい。

 男として生まれた限りには、一度でいいから美少女の裸を見てみたい。

 そう願うのは当たり前ではなかろうか?

 でも、堂々と美少女の全裸を見ようものならば、漏れなくそいつは変態扱いされてしまい、公然のスケベ野郎になってしまう。

 紳士たれ。

 イエス・ロリー、ノー・タッチの原則を忘れるな!

 あ、でも見るのはいいのか。

 いや、ダメだろ。

 あぁ~、ちくしょう!

 ほらみろ、こうやって思考がぜんっぜん違うことを考えてしまうのだ。今はルビーの下半身ではなく、身体の問題だ。いや、身体っていうと語弊があるよな。体質? 体質でしいのか?

 分からん!

 皆目会式、分からん!

 誰か助けて!


「服を買ってくださるんですか? まぁ、嬉しい! でも、このままの方が師匠さん好みではあるので、少々もったいない気がします」

「いや。うん。いや、是非とも服を着て欲しい」


 というか、そもそもそんな格好で街中を歩くと大変なことになる。

 いくら学園都市と言えども、いくら他人に興味がない学園都市生徒と言えども、半裸の美少女(魔王直属の四天王)が歩いていると、注目せざるを得ない。

 ルビーが注目を集めるとどうなるのか?

 答えは簡単。

 俺の社会的地位が底を突き破るのだ。

 ただでさえ勇者パーティから追放されている身。これ以上、ミジメな気分には成りたくないものだ。

 というわけで、校舎から適当な布を拝借して、ルビーに巻き付けておいた。

 どこかの民族衣装に見えなくもないが、まぁ誤魔化せて一瞬程度。それでも、街中を歩く程度には大丈夫そうだ。


「とりあえず手近な店を探すか。パル、動けそうか?」

「ゆ、ゆゆ、ゆっくり歩いてください」

「分かった。無理はするなよ」

「いざとなったらルビーにおんぶしてもらいます!」

「嫌がらせですわね……」


 冗談が言える程度には大丈夫そうだ。

 というわけで、パルを先頭にして歩いていく。時折おばあちゃんみたいに腰が曲がってしまうのは、ちょっと後ろで見てて面白かった。


「うぅ、髪の毛すらも重い。いっそハゲになりたい」

「そうなったら俺はルビーを選ぶからな」

「ひどい。師匠ってば、あたしの髪の毛だけが目的だったのですね……」

「あながち嘘ではないな。パルの金髪は綺麗だし」


 と、後ろからポニーテールを触ってみたら驚いた。


「重た!? なんだこれ、武器になりそう」

「そうなんですの? うわ、なにこれ。パルの髪、鉛がなにかで出来てまして?」

「か、髪は女の命っていうぐらいだから、お、おお、重くて当たり前よ! こ、これぐらいレ、レレ、レディの常識なんだから」


 嫌な常識だなぁ。

 鋼鉄の髪の女。

 魔物にも存在しないだろう、そんなヤツ。

 パルの髪は重くなっているだけで、決して丈夫になったわけでも鋼鉄になったわけでもない。

 俺は重く揺れるポニーテールの毛束を持ち上げ、一本だけつまむとちぎってみた。

 ぷつん、という手応えは普通であり、切れると同時に重さも消失する。

 あくまでパルの肉体に加重の効果があるらしく、身体から切り離された瞬間に効果が失われるようだ。


「ふむ」


 しかし、これはこれで使えるかもしれない。

 ここまで重い毛束だ。ちょっとした鈍器に匹敵はしないものの、回転を利用した薙ぎ払いは、それなりに牽制の効果を発揮すると思われる。

 まぁ、それを練習する前に、今の加重状態に慣れてもらわないと話にもならないが。


「あ、師匠さん。この店なんかどうですか?」

「ん?」


 ルビーが示したのは一般的な服を売っている店ではなく、いわゆる『防具屋』だった。店頭には、まるでお城の衛兵のように全身鎧が飾られており、武器も少し置いてある。

 どう見ても一般人ではなく冒険者用の店だが……

 まぁ、とりあえず入ってみるか。


「いらっしゃいませ」


 カランコロン、とドアベルが鳴り、奥にいた店主の声が聞こえる。姿を見せないところをみると、あまり熱心に接客するタイプではないようだ。

 うんうん。

 やはり冒険者の店は、こうでなくちゃ。

 ちなみに俺が一番好きなタイプは、『若い頃冒険者をやっていて引退したオヤジ』がやっている店だ。

 寡黙なタイプでも豪快に笑うタイプの店主でも、なんかこう、好感度が高いんだよなぁ。無条件で信頼しそうになってしまう。

 顔に傷なんかが有ったり膝に矢を受けてしまってな、と語られると、余計に信頼度が増してしまう。

 なんでだろうな?

 説得力が違うのかなぁ。


「お、おおぉ、お、お……よっこいしょ」


 えっちらおっちらと歩いていたパルは、店内に備え付けられた椅子に座った。

 おばあちゃんみたいで可愛いなぁ。

 そんなパルを見てなごみつつ、ルビーが向かったのは軽装備が置いてあるコーナーだった。

 どちらかというとお値段も安いルーキーたちの防具。

 きっちり女性用も置いてあり、ルビーはその中から統一感のある一式を選んだ。


「ねぇ、師匠さん。こういう服は初めてだから手伝ってくれますか?」

「分かった……」


 果たしてこれを服と呼んでいいのかどうか。

 まぁ、今までルビーは服すら自分の能力で作り出していたみたいだし。冒険者用の防具はもちろん初めて着るだろうから、仕方がない。

 と、気安く請け負ったのが間違いだった。


「ふふ」


 と、ルビーは妖艶に笑いながら身体に巻いていた布を外す。

 そうでした。

 中は全裸なのでした。

 あぁ。

 俺のバカ。


「まずはブーツからですが、履かせてくださいます」


 なんでまずブーツからなの?

 普通は胸や下半身から隠すものじゃないの?

 魔物ではこれが常識なんですか?

 やっぱり魔王は倒すべき文化圏の王なんですかね!?


「いや、いやいやいや。それぐらいは自分で履けるだろう」

「あ~ん、身体が弱ってしまって、足が上手くあげられませんわぁ。師匠さん、お願いです。ブーツを履かせてくださいな」

「……はぁ」


 我慢しよう。

 いろいろ、我慢しよう。

 うん。

 俺は男だ。男に二言は無い、とも言うが、この場合は言い訳をたくさんしたい。というか、店主が様子を見に来ないことを祈ることしか出来ない。

 無だ。

 俺は無になるのだ。


「んっ」

「妙な声を出すな」

「はーい」


 というわけで、俺は心を殺した。

 そう。俺は卑劣な盗賊である。騙し討ちや相手を罠におとしめることなど日常茶飯事。時には同族である人間を殺すことだってある。

 そう。

 俺は、卑劣な盗賊なのだ。時には徒党を組み、女は犯し子どもでさえも容赦しない非道の男なのだ。

 というのを心で唱えながらルビーが装備するのを手伝いました。

 柔らかかったです。


「少々大きいですわね。でも、気に入りました」

「戦士の軽装だが、盗賊の装備でもある。パルと似たような感じになったな」


 上半身は白に近い銀の胸当てと黒い革製のアームガード。下は黒のホットパンツに金属を仕込んだブーツ。本来なら下着とかがあるので、もう少しマシな姿になるだろうが……今は全裸の上に胸当てとか装備している状態。

 なので、なんというか、貧弱に見えるのはルビーの体が細いこともあって仕方がないか。

 セット価格で30アルジェンティ。

 まぁ、安くはないが、高くももない。

 妥当な値段ではある。


「店主のおじさま、サイズの調整を頼めるかしら?」

「おう、決まったのかいお嬢ちゃ――んん!?」


 まぁびっくりするのも無理はない。

 なにせ、なんか露出がめちゃくちゃ多いし。加えて、ルビーは美少女なので、こう、店主のデレデレになっていくのが分かった。


「へ、へへ、おまけしておくよ」

「あら、嬉しい。良かったですわね、師匠さん」

「お、おう」


 なんにも交渉してないのに25アルジェンティになった……美人って特してるんだなぁ。


「に、兄ちゃんはアレかい? 特殊なプレイでもしてるのか?」

「いや、気のせいだ。俺はノーマル……ノーマルだ」

「がはは、嘘をつくな嘘を!」


 なぜか店主にバシバシと背中を叩かれた。

 身体は痛くなかったけど、心が痛かったです。

 そう。

 俺、ノーマルじゃないんで。

 ロリコンなので。

 アブノーマルなので。

 ごめんなさい。

 嘘をついてしまいました。

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