~卑劣! 白くてとろみのついた白濁液スープ~
学園校舎の中はともかく、学園都市と言えども外にはもちろん日光が降り注いでいるので。
「しばらく影の中にいますね」
と、ルビーは俺の影にずぶずぶと沈んでいった。水の中に沈むっていうより、沼に沈んでいくような光景だ。やはり地面が硬いもの、というイメージがあるので、そういう風に見えてしまうのかもしれない。
「……これ、声は聞こえているのか?」
「師匠さんの言葉は聞こえていますよ!」
なぜか頭だけ出すルビー。
地面の上に生首が置いてあるようで、そこはかとなく不気味だった。
「あたしの声は?」
「パルの声も聞こえています。そこまで範囲は広くありませんが、周囲の音はほどほどに聞こえますよ。師匠さんの声は確実に届いていますので、必要な時は呼んでくださいね」
「必要な時ってなんだ?」
「もちろん、わたしに会いたくなった時です!」
という言葉はパルの踏みつけによって掻き消えた。
仲良くなったと思ったけど、意外とまだ遺恨というか禍根というか、そういうものは残っているのかもしれない。
「魔物は人類の敵。倒すべき存在。師匠、いつかふたりで吸血鬼を倒しましょうね」
「お、おぅ……」
パルが正義に目覚めていた。
俺としては肩をすくめるしかないない。実質、盗賊ふたりで吸血鬼を倒すのは不可能に近いだろう。それこそ勇者、戦士、神官、盗賊、魔法使い、という構成で上手く立ち回ってようやく、といった感じかなぁ。
まぁ、ルビーが俺のことを好きだと言ってくれてる内になんとかしたい。加えて、うまくルビーから情報を引き出さないと。
相手の好意感情を利用するとは……ますます卑劣という言葉に相応しい盗賊になってきた気がするなぁ。
あいつに会わせる顔は、ホントに無いのかもしれない。追放されたっていう意味は、あとから歴史書に残らないための神さまの配慮なのかもしれないな。
だって書けないだろう?
盗賊に惚れてきた吸血鬼を騙して魔王の情報を引き出し、それを利用して人類は勝利しました。
なんて。
「都合が悪いというか、カッコつかないもんなぁ」
「なんですか、師匠……あたし、カッコ悪いですか……?」
「おまえはいつだって可愛いよ」
パルの頭を撫でてやり、宿を出て学園校舎に向かって出発した。
学園都市は一日で姿を変える。
昨日まであった屋台が別の屋台に代わっているのは当たり前。気が付けば建物がひとつ消えてることもあるし、増えてることもある。活動場所が固定されていない研究会が場所を占有し、目立つ場所には筋肉研究会が今日も今日とてポージングを決めていた。
唯一、変わらないのが中心にある巨大な樹木。
それだけを頼りに街を歩くしかない、というのが学園都市の最低限の案内なのかもしれない。
もっとも――さすがにお店を営んでいる建物は早々に消滅しないので大丈夫だが。
それこそ、朝起きたら宿屋が無くなっていた、なんてことがあるならば、それこそ夢魔に襲われたと思った方がいい。
「前に通った時とぜんぜん違う……師匠、ひとりだと迷子になりそうです」
「そんときゃこいつの出番だ」
と、パルのリボンにしてある聖骸布を指で弾いた。
「そうでした。これで師匠の位置が分かりますね」
勇者の位置も分かるんだが……パルは何も聞いてこなかった。
配慮というか、空気の読める美少女。
空気が読めなくて勇者パーティから追放された俺とは遥かに違う。頼もしいね。
「もし、なんらかの原因でこれが使えない場合は、学園長がいる中心地か、宿の部屋に集合だ。俺が探すから、パルは動くなよ。すれ違う可能性があるからな」
「分かりました。でも、そんなことあるんですか?」
聖骸布は特別な力を有している。
だからといって――
「何事も過信は良くない。それこそ学園都市だ。なにが起こるか分からないし、盗まれてしまう可能性だってある。最悪の事態を想定しておくのは重要だぞ」
「なるほど。分かりました!」
まぁ、最悪を下回ることが起こった場合の絶望感は凄いけどな。もう死に物狂いで逃げるしかない。すべては、生き残ってこそ、命あってこそ、なのだから。
他に伝えるべきことはなかっただろうか、なんて考えつつ学園校舎を目指してワイワイガヤガヤとお祭り騒ぎの街中を歩いていく。
人通りはそれなりに多いが、まぁこれくらいで迷子にはならないだろう。
と思っていたのだが。
「よし、校舎が見えてきた――あれぇ!?」
パルがいなかった。
というか、気配を消すの上手くなったなぁ、まったく!
「ルビー。あのバカはどこへ行った?」
「あっちですよ」
影から手が出て、人差し指で方角を指し示した。もしやと思って聞いてみたが、音だけじゃなくて見えてるじゃないか。
なにもかも全て筒抜けと思っていたほうがいいな。読まれないのは心だけ、と。
「さすがにわたしも心までは読めませんわ」
「微妙に正解する読心術はやめてくれ。こわい」
「ちょっとしたお茶目です」
吸血鬼が楽しんでいるようでなによりです。
とぷん、と沈んだ指を見つつ、ため息を吐き切って、俺はパルの元へ移動した。
うん。
相変わらずの『新料理研究会』だった。なんか鍋でドロドロの白い物が煮ているのだが……なんだろうな、アレ。
「あ、ひひょー、おいひいへふよ、ほへ」
「これ、なんだ?」
「良くぞ聞いてくれました! これこそラィス・クラストゥラムのスープです! このまえ、お嬢様が言っていた塩気をプラスさせたもので、プルティクラと似た材料で作るものなんです。ちょっとドロドロで食べにくいですけど、こう、うにょーんと白いねばねばの液体が伸びる感じが触感も柔らかくて美味しいですよ! ぜひ! ぜひあなたも!」
新料理研究会の熱い魂をもった女の子がラィス・クラストゥラムという謎の食材を紹介してくれる。
彼女はねばねばをアピールしたいようで……人差し指と親指の間にとろーっと白い筋が引くのを紹介してくれるのだが。
だが。
だがぁ……
いかんせん、女の子にそれをやられると別の白くねばねばする物を想起してしまうので、やめたほうがいい。
というアドバイスは、童貞の俺からはなんていうか、ちょっと恥ずかしくて言えなかった。
すまない。
意気地なしで申し訳ない。
遠巻きでちょっと若い少年たちが、脳内妄想をフル稼働させているのが表情で読み取れる程度には、その、刺激的なアクションです。
男の子の青春をもてあそばないでやってくれ。
それが、おじさんである俺の最後の願いです。
「みんな遠巻きで見てるだけで、食べてくれないんですよぉ!」
そりゃそうだ。妙にエロいからなぁ。近づいていけばナンパ目的というか、なんていうか、エロいヤツ、みたいな視線を受けそうになるからだよな、ぜったい。
というか、俺、いま、そういう視線を受けてる!
中には、羨ましい、とか、ゆるさねぇ、みたいな殺気が乗せられてる視線もあるぞ!
このお姉さん、意外とモテるんじゃないのか?
まぁ、年齢は17くらいだから、確実にババァなので俺はまったくイイとは思わないけど。
「パル、勝手にウロウロするなー。迷子になったら困るだろー」
俺は周囲に聞こえるように、わざとらしくパルを叱っておいた。保身だ。弟子を使って自分の潔白を証明してしまった。
「あ、ごめんなさい師匠。でもお姉さんが呼んでたから、つい」
「声聞こえたか?」
俺もそれなりに聴覚を鍛えてるはずなんだが……パルには聞こえて俺には聞こえなかった、なんてことは無いと思うんだが――
「あ、いえ、眼力で」
「がんりき」
「はい、こう師匠には言うなっていう物凄い圧を感じました」
「あつ」
目は口ほどに物を言う、以上の能力じゃないか、それ。すげぇな、お姉さん。
「えへへ」
笑う新料理研究会のお姉さん。
なるほど。しかし、便利だな視線って。俺にはまったく届かなくて、パルにだけ直接届けることができる。まぁ、受け取ることができるからこそ、なんだけどな。
路地裏で生きてきたおかげと捉えるか弊害と捉えるかは難しいところだ。
「次からちゃんと俺に言えよ。別に怒らないから」
「はーい」
「師匠も食べませんか、もっちゃもっちゃで美味しいですよ?」
「もっちゃもっちゃ?」
独特の表現だな。
器を見ると白くて、ちょっぴりとろみの付いたスープに柔らかくなるまで煮込まれた、なんとかっていう白くて長細い虫のタマゴみたいなやつがいっぱい入ってる料理だった。
「俺は見てるだけでいいや……」
やっぱり、こう、ねばねばする白濁液っていうと、どうしても想像があっちにいってしまう。
うぅ、ごめんよパル。
おまえが食べてるのを見ると、ちょっと興奮する。
ダメな師匠でごめんなさい。
「ふぅ、美味しかったぁ! また新しい料理作ったら食べさせてね」
「是非! ぜひとも食べてくださいお嬢様! いっしょに新しい料理を世界に広めていきましょうね!」
「うんうん! がんばろー!」
「おー!」
弟子とお姉さんが楽しそうでなによりです。
それじゃぁ、と新料理研究会に別れを告げて俺とパル、そして影の中にいるルビーは学園校舎に入るのだった。
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