地獄晴れのちアリス

向日葵椎

 一

「今日は素晴らしい地獄じごくれですね」

 高い木々に囲まれた円形の広場。

 中央の長机を挟んで座る二人の人影。

 影の二人。

 片方がティーカップを持ち上げて言った。

「そう思わない?」

「飽きた」

「そんなこと言わないで。君は僕なんだから」

「こんな一人遊びして楽しんでるなんて君はどうかしてる」

「それ、君も同じだけどね」

「同じが君なんだろう」

 カップを持った影は首を傾げて頷く。

「……円周率を数えよう!」

「ああ、もうそれがいい。続きからでいいなら五万桁からだ」

「よし、じゃあ君から」

「いや、君からだろう」

「いいや、君からだ。この前に僕が後だったんだから」

「ははん、さては君、次の数字を忘れたんだろう」

「まさか。まーさか。ちゃんと覚えてるともさ」

「正直、僕は忘れてる。つまり君、忘れてるだろう?」

 影はじっと見つめあった。

 ふいに同時に両手を上げて笑う。

「まあいい。さて、こんな日はアリスが来るんじゃないかな」

「そうだな。モグラウサギが空を見にやって来るからな」

「予想通りなら……三、二、一、ほら、あっちから来るよ」

 木々のあいだ、先が点になるまで木がそびえ並ぶほうを指さす。

 二人の影はじっと見つめる。

 見つめる。

 二人同時にくしゃみが出る。

「ハズレたな。まあ君の予想が当たらないのはいつもだけど」

 向かいの影は立ち上がり、吐いた息とともに空へ消えた。

 そのとき後ろから、

「あの、何してるんですか」

 声がした。

 女の子の声だった。

 影は振り向く。

 後ろに女の子が立っていた。

 シャツに薄青のカーディガンを羽織ってグレーのスウェットを穿いている。

「ああどうもこんにちは。いやあね、あそこから今にアリスがやってくるはずなんだがね、これがどうしたものか現れない」

 そう言って影はまた木々のあいだのほうへ顔を向ける。

「お知り合いなんですか。そのアリスさん」

「いいや、僕らは彼女を知ってるけど、彼女は僕らを知らない」

「わたしもご一緒していいですか」

「だめ。アリスが恐がるからね。好きなとこに座りなよ」

「そうですか」

 女の子は眉間にしわを寄せ、影の座る椅子に座った。

 影は散って向かいの席に現れる。

 女の子の視線の先で、影は木々のあいだをじっと見ながら言う。

「名前は言うなと彼から聞いてる」

 女の子の鼻を腐臭がついた。

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