すれ違う幼馴染の二人の思い

下垣

すれ違いとは一体……

※この小説はフィクションです。登場する人物名は全て架空のものです。モデルはいませんし、健は多目的トイレで不貞を働くような真似はしません。ご了承ください。



「あー……もうけんを呼び出しちゃった。どうしよう。緊張してきたな」


 のぞみは誰もいない放課後の教室で一人静かに健が来るのを待っていた。希は健に告白するつもりで呼び出したのだ。


 幼稚園の頃から一緒の幼馴染。なにをするにも一緒だったけれど、中学、高校と上がってからはお互いがお互いに別のコミュニティに属するようになってからは疎遠になっていた。


 だけれど、その会えない時間が長く続いた結果、希は健への想いがどんどん募っていった。そして、現状を打破すべく健を呼び出して告白しようというのだ。


 ガラっと教室の扉が開いた。中に入ってきたのは健だ。希は思わず、ビクっとしてしまった。


「うぃーす。希。どうした?」


「あ、あの……健。どうして私が呼び出したかわかる?」


 健は思考を巡らせた。


(あれ? こういう訊き方する時って大抵怒っている時だよなあ。俺なんかしたっけなあー……あ、そういえば一週間前、希の家に行った時に希の部屋で素振りをしたんだった。その時に、希の大切にしている人形を壊してしまったんだよな。隠しておいたんだけど、バレたのか?)


「え、あ、あの……」


 健はしどろもどろになっている。


「ごめんなさい!」


「まだなにも言ってないのにフラれたァ!?」


「あ、あの……振ったというかその……とにかくごめんなさい」


 健は希にジャンピング土下座をした。希はフラれたと勘違いして、ショックを受けている。


「あ、あの……希さん? このことにはいつ気づいたんですか?」


 健はおそるおそる訊いてみた。できるだけ希を刺激しないように。


(いつ気づいた? ああ、私が健への恋心に気づいた時ね。あれはいつだったかな……)


「少なくても幼稚園のころではなかったね」


「当たり前だろ! 幼稚園の頃からなわけないだろ!」


「えーでも、私の友達にも結構幼稚園の頃から経験ある子いるよ」


「幼稚園の頃から、経験あんの!? そんなのマイノリティすぎだろ。えー。人ん家でそんなことするの幼稚園生で!?」


 高校生にもなって幼馴染の女の子の部屋でベットを素振りする健。自分のことは棚にあげている。


「でも、気づいた切っ掛けは髪型が変わったことかな」


「髪型が変わった!?」


「ほら、昔は坊主頭だったじゃない?」


「坊主頭だったの!?」


「それが髪の毛が伸びてきて結構色気づいて。よく見たら格好いいなって思うようになったんだ」


「いや、怖いわ! 髪が勝手に伸びるとか、それもういわく付きじゃねえか! やべえよ俺思いっきりフルスイングしちゃったよ。絶対呪われるやつだよ」


 健は人形の髪が伸びていると勘違いして、ガクガクブルブルと震えはじめた。その人形を壊してしまったのだから、ご愁傷様としか言いようがない。


「それに……私が落ち込んでくれた時もいつも私に優しい声をかけてくれたんだ」


「もう確定じゃねえか! それ、もう呪詛かなんかのたぐいだろ!」


「やだもう、健ったら。呪詛とか言って照れてるの?」


「照れとらんわ! 恐怖してんだよ!」


 健のツッコミが炸裂するが、希は気にせず発言を続ける。


「それに、小学生のころ一緒に肝試しした時も私の手を握ってぶるぶる震えて可愛かったな。怖いから絶対手を離さないでって」


「悪霊がなに肝試しで怖がってんだよ! 怖いのはお前だろ! ってか、俺が怖い話苦手なの知ってるならそういう話すんじゃねえよ」


「あはは。ごめんごめん。肝試しのこと思い出して怖がらせちゃったね」


「そこじゃねえよ! 小学生のころの子供騙しな肝試しなんて今更怖くねえわ!」


 希はため息をついた。健にフラれたと思って精神的なダメージがでかいのだ。


「はあ……でも、結局私の想いは通じなかったんだね。健は昔から野球が好きだったもんね。今は野球一筋で頑張ってるんだもんね」


「お、おう……それに関しては本当に申し訳なかった。場所を選ぶべきだった」


 いくら野球が好きでも幼馴染の部屋で素振りをするべきではなかったと健は反省をしている。


「場所? 場所を変えたら良かったの!?」


 一方で、希は呼び出した場所が悪いから告白が失敗したものだと思い込んでしまった。


「お、おう? そりゃ一般的には室内でするもんじゃねえだろ。屋外だろ普通」


「そうなの!?」


「ああ、俺はいつも学校のグラウンドか、家の庭でやってるよ」


「いつも!? いつもって言うくらい頻繁にやってるの!?」


「ん? ああ。小学校の頃とか、よく仲のいい男子同士で集まってやったもんだ」


「まさかの男子同士!? え、健ってそういう趣味あったの!?」


「いや、希もそれ知っているだろ! 俺がそれに青春かけてるってわかってるだろ」


「わからないよ! 今初めて知ったよ!」


「えー。毎日遅くまでバットを振って手入れしているのに、気づいてなかったのか?」


「そんな遅くまでやってるの!?」


「そりゃそうだろ。野球部のみんなはやってるぞ」


「そうなの!」


「ああ。毎日毎日監督のしごきに耐えているからな俺たちは」


「監督なにやってんの! それが明るみになったら大問題だよ!」


「なにが問題なんだよ。監督は俺たちのことを想ってやってくれてるんだぞ。監督を悪く言うんじゃない」


「はあ……健ってそういう趣味があったんだ。ごめん。私が女子だったばっかりに。私も男子だったら良かったのにな」


「なんだ。希もやりたいのか?」


「言い方! 女子に対するデリカシーがなさすぎる!」


「そんなに怒らなくてもいいだろ!」


「怒るよ!」


「えー。でも、まあ。公式の試合じゃなかったら女子も混ざっても問題ないと思うぞ」


「公式の試合とかあるの!?」


「あるに決まってんだろ。全国の野球少年はそれを目指して頑張ってるんだぞ!」


「私の中で野球少年のイメージが一気にダウンしたわ」


「なんでだよ! 野球少年たちがお互いの熱い思いをぶつけあうことのなにが悪いんだよ!」


「大体にして、健は節操がなさすぎるよ! 私は健だけしか見てないのに!」


「なんだ。希。お前、俺と2人きりでやりたいのか?」


「だから言い方! やりたいかどうかは別として、2人がいいの!」


(2人がいい? そうか。9人制の野球じゃなくてキャッチボールがしたいってことか)


「そうか……よし、ならやるか。丁度道具が鞄の中にあったな」


 健は鞄の中からグローブとボールを取り出そうとする。


「え、ちょっと待って。その心の準備というか。いきなり道具を使うのは……」


「なに言ってるんだよ。道具がないとできないだろ」


「そういうもんなの!? あ、まあ。確かにゴムとかそういうのは必要だけど」


「ん? ああ。希はゴム(ボール)でやる派なの?」


「当たり前じゃない! 私たちまだ高校生なんだよ。いざという時に責任取れないでしょうが」


「いや、高校生は十分大人なんだから、ハードなので大丈夫だろ?」


「いや、よくないよ! 私は最初はソフトがいい」


「確かにそうだな。俺も最初はソフトだったしな」


「そ、そうだよ。ハードはダメだよ」


「それにしても、思い出すな。小さい頃は親父とよくやったな」


「お父さんともやったの!?」


「ああ。俺と親父がやっているのを見て、母さんも微笑ましく笑ってたな」


「お母さんも異常だよ! なんで父親と息子がやっているのに、止めないの! 色んな意味で脳が破壊されてるよ!」


 健は鞄からグローブを取り出して、希に投げた。


「ほら、希。グローブだ」


「え? なにこれ」


「なにって。お前がキャッチボールやりたいって言いだしたんだろ」


「え? あ、ああ。野球の話だったの!?」


「え? なんの話だと思ってたんだ?」


「あ、いや、その……あはは」


「なんか今日の希、変だぞ。どうしたんだよ。なにか言いたいことがあるならハッキリと言えよ」


「う、うん。わかった……それじゃあ、言うね」


(大丈夫。一度はふられはしたけど、健はなにか勘違いしてただけみたいだし、もう一度告白すれば思いは伝わるはず)


「私、健のことが――」


「オ、オォ……オオォ!!」


 健の背後から髪の長い人形が這い寄ってきた。


「ぎゃああああ!!」


「ヨクモ……ヨクモ……私ヲ壊シタナ!」


「なんで私の部屋にあった呪いの人形がここにあるの!?」

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