第五話 恋文の行方 ~デューゴとエピの物語~
第五話(01)
また手紙を押し付けられてしまったので、預かることにした。
報酬はありがたいけれども、手紙を預かるのは、やっぱり嫌いだ。私は責任なんて持てないもの。それに、世の中の習慣とはいえ、見ず知らずの旅人に手紙を託すなんて、その神経を疑ってしまう。
手紙を託す人は、私達旅人が、ちゃんと届けてくれるとは限らないと知っている。勝手に読まないとは限らないと知っている。
それでも手紙を託そうとするなんて。暗闇の中の旅は、大変かもしれない。私も慣れているけれども、楽じゃない。けれども、そのくらいするのなら、自分の足で手紙を届けに行けばいいのに、と思う。
そうすれば、手紙で語れないことも、直接語れるのに。
【カラスの手記より】
* * *
「忘れ物、ない? ちゃんと星油のボトル、入ってる? 水、食料もちゃんと入れた?」
「入ってる入ってる!」
エピと共に旅をするようになって、街いくつかを巡った後。
今日はこの街を旅立つ日。デューゴはエピに見下ろされつつ、忘れ物はないか、リュックの中身を再度調べていた。全て片付けた宿屋の一室、床にリュックを置いて、デューゴはエピと共に自身のリュックの中身を見つめる。と、エピが首を傾げた。
「……そういえばデューゴくん、手記はまだ持ってないの?」
言われてデューゴは、一瞬だけ手を止める。
「なんか……書くの恥ずかしくてさ……まあ、気が向いたらそのうち用意するさ」
手記は、旅人がどう生きたかを綴るもの。時に交換品として出すこともできるもの。しかしそうなると、他人の目にさらされることになるのだ。それが耐えられなくて、デューゴは手記をまだ持っていなかった。
――エピに助けられた故に、何か礼をするためにその旅に同行するようになって、気付けばしばらくが経っていた。
書けと言われたならば、住んでいた街を捨てた日からの出来事を、きっとありありと書けるだろう。
だからこそ、筆が進まないという理由もあった。
いい過去では、ない。
「――よし。よーし。ほら、忘れ物はない! どうだ、俺も旅に慣れてきてるんだぞ!」
全てを確認し終わって、デューゴはリュックを閉めた。
――エピにいつか、何か礼をしたいからといって共に旅をするようになったけれども。
いまは、旅に慣れることに、必死だった。
だから旅をする中で、ついでに自分が本当にしたいことを見つけられたら、なんて思っていたけれども、まだまだそれどころではなかった。
「……うん、星油ランタンも、ちゃんと手入れしてあるし……じゃあ、行こうか」
エピはデューゴのランタンを見れば、帽子を被り、自身のランタンを手にした。そして部屋を出ていき、デューゴもリュックを背負い、ランタンを提げた杖を手にして、エピの後を追った。
宿屋の主に挨拶をして、二人は宿屋を出て、大通りを歩いていく。その街は、いままでに見た他の街に比べて、少し大きな街だった――とはいっても、自分の生まれ故郷よりは小さい街だと思いながら、デューゴは街を見回した。
新しい街を見て回る度に、世界が広がるのを感じていた。特にククッコドゥルについて。ここに滞在している間、デューゴは街のククッコドゥルの鶏舎を見に行っていた――これは、他の街でもやっていることだった。どの街のククッコドゥルも、自分が昔育てていたククッコドゥルとは違っていて、いつも驚かされていた。
暗闇の向こうは、思ったよりも広かった。様々なものがあった。
けれども、そのことを思う度に、自分のもといた小さな世界には、もう戻れないのだと思えてしまえて。
……街の出入り口が見えてきた。先に広がるは暗闇。見通せない程の黒色。
と、エピが振り返った。
「デューゴくん……旅に慣れてきたね」
「どうした急に」
「ううん……ほら、最初は交換屋での取引が下手だったり、持ち物の管理も下手だったからさ……」
確かに下手だった。だからそう言われても仕方がないものの、デューゴはわずかに口を尖らせた。
しかしそこでエピが不意に立ち止まった。そして自身の胸に手を持ってきて、
「あれ……? デューゴくん、あれは? あれがないよ」
「……あれ?」
エピは胸の前で手を動かしている。だからデューゴもつられるようにして自身の胸の前に手を持って行くと。
――ない。
ペンダントが、なかった。兄から貰ったペンダントが。
「あぁ? えっ……!」
星油を閉じ込めて作ったペンダント。形見。
「宿屋にいた時まではあったぞ……! 悪い、エピ、ちょっと探してくるから……街の門で待っててくれ!」
デューゴは宿屋へと慌てて踵を返し始めた。エピがあっ、と声を漏らすが、振り返らなかった。
あれは、大切なものなのだ。肌身離さず身に付けている――それがどうしてなくなってしまったのか。焦りに胸が苦しくなる。
宿屋で荷物をチェックしている時には、確かにあったのだ――もと来た道を見下ろしながら早足で進むものの、ペンダントはどこにも落ちていない。やがてデューゴは、宿屋まで戻ってきてしまった。
「――ああ、すみません、忘れものしたみたいで……!」
宿屋にデューゴが飛び込めば、そこにいた宿屋の主の女と目が合う。その手には。
「あ、もしかしてこれ? さっき部屋を掃除しようとして、落ちてるのを見つけたんだ、いまちょうど、届けに行こうと思ってたんだけど」
「――それです!」
主が手にしているのは、あのペンダントだった。デューゴが受け取れば、そのペンダントの紐の部分は切れてしまっていた。それで落としてしまったらしい。
「よかった……ありがとうございます」
デューゴはその切れた部分を固く結んで、元のように首にかける――紐は劣化してしまっていたようだ。近いうちに、新しいものを用意しなければ。
「本当に、ありがとうございました……」
デューゴは溜息を吐くと、宿屋の主に頭を下げた。そうして、外へ出ようと、扉へ向かう。後ろからは「もう落とさないで、気をつけて」と声をかけられる。
だが、扉を開けた先。
「――きゃあ!」
「うわっ」
若い女性が立っていて、その女性もデューゴも声を上げた。
その女性の様子が妙で、デューゴはまじまじと見つめてしまった。
彼女はどう見ても、寝間着姿だった。いまは昼前。けれども彼女は寝間着姿で外にいた。
「よかった! 間に合ったわ! あなた、今日街を出て北の隣街に行く旅人さん?」
彼女はデューゴの杖やリュックを見ると、笑顔を浮かべた。すると、デューゴの後ろにいた宿屋の主が、
「あらリェッタ……もしかして、手紙を渡しに来たのかい? もう! 旅人さんに手紙を渡すなら、朝までにしないと間に合わないよって言ったのに!」
「その……沢山伝えたことがあって、それで時間がかかっちゃって」
リェッタと呼ばれた寝間着姿の女性の手には、手紙が握られていた。彼女はその手紙を、細かに編まれたレースと共に、デューゴへ差し出した。
「旅人さん……届け物を、お願いしたいの。北の隣街に行くと聞きました……この手紙を、そこにいるロミウという男の人に、届けてもらいたいんです。報酬は、このレースで……どうしても、届けてほしいの。お願いできますか?」
唐突にそう頼まれ、デューゴは瞬きをした。何故、突然頼みごとをされたのか、わからなかったのだ。
けれども思い出す。旅人は、街と街を繋ぐ存在でもあるのだ。
街に住む人々は旅人が訪れると、他の街のものや情報を仕入れられる。また、他の街へ旅立つ旅人に、自身のものや情報を託すことができる。伝達役を立てなくて済む。
まだまだ、自分が旅人になった自覚がなかったことに、デューゴは気付いた。思い出した。
「……わかった。預かろう」
そうしてデューゴは、リェッタから手紙を預かり、レースを貰った。
旅人になってしばらくして。手紙を預かるのは、初めてのことだった。
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