第三話 二つの球根 ~エピの物語~

第三話(01)

 宿屋を後にするために準備をしていると、男の子が一人、私の部屋を尋ねてきた。歳は十歳ぐらいだろう。旅の話が聞きたいということで話してあげた。はっきり言って面白味のない、暗闇の中の旅だ。しかし、彼は熱心に聞いていた。

 しばらくすると、一人の老人が困ったようにやってきて、男の子を叱った。どうやら、私の迷惑になっていたと思ったらしい。男の子はすぐに去ってしまったが、私は老人に迷惑ではなかったと伝えた。それどころか、話を楽しそうに聞いてくれて嬉しかったことも伝えた。すると、老人は表情を曇らせたのだ。

 あの子はいつか旅に出るつもりだ、と老人は言った。老人はきっと、あの男の子のことが心配なのだ。危険な旅に興味を持つなんて、家族としてはやめてほしいものだろう。

 だが十歳ほどの男の子だ、旅に興味を持つことは珍しくないし、一時的なものだろう。そう私は思ったのだが、どうやら事情が違うらしい。

 老人は言った。あの子は暗闇の向こうに何かを見たんだ、と。


【ある旅人の手記より】


 * * *


「ああ、旅人さん! 待ってたんだ!」

 その街の門まで行くと、一人の青年が待っていた。エプロンをつけた、赤毛の青年。

 エピは思い出す――彼は確か、この街の市場にいた。旅の道具を、安く売ってくれた。

「少し頼みたいことがあって……ここで待ってたんだ」

 彼は慌てた様子でエピへと駆け寄ってくると、懐から小さな巾着を取り出した。

「君、東の隣町に行くって聞いてね……届け物を、お願いしたいんだ」

「……これを、隣町にいる人に?」

 届け物を頼まれることは、旅人にとって、決して珍しいことではない。街の外――暗闇の世界は危険だ。だから、人々は命がけで街から街へと流れゆく旅人に、届け物を頼むのだ。それは手紙であったり、こういった物であったり。

 しかし、これは何だろうか。両手で巾着を受け取ったものの、中に何が入っているのかは、わからない。丸いものが入っていることは、わかるが。

 気になるけれども、開ける気はしない。これは届け物だ。時には開けてしまう旅人もいる。届け物を預ける者も、それを覚悟しているはずだが、エピにはそんな気はなかった。

「ショーンという男がいると思うんだ。彼に、それを、渡してほしいんだ」

 彼はそう言った。

「ショーンさん?」

 エピが聞き返せば、頷く。しかし少し戸惑った様子で、

「僕と同じ……いや……あー……僕と同じくらいの歳の男だよ。僕と同じ目の色で……髪の色は薄い茶色。隣町にいると思うんだ。いなかったら……それは旅人さんにあげるよ――お願いできるかな?」

 エピは頷き、その巾着と、礼として渡された干し肉をリュックにしまった。

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