第二話(02)

 * * *


 朝を告げるククッコドゥルの鳴き声に、エピは目を覚ます。ククッコドゥルというのは家禽だ。どの街にも必ずいると言っていい。ククッコドゥルは「朝」がわかり、その時になればけたたましく鳴く。だからエピは朝だとわかったのだが、それでも星油ランタンへと視線を移す。暗闇の中の旅ではククッコドゥルはいない。星油ランタンだけが、いまがいつであるか確認するための道具だった。しかし、そういえば昨晩手入れをしたために、火を灯していなかったなぁ、と思い出し、それでもまだ寝ぼけた頭で、テーブルを見つめて、やがてそこにランタンがないことに気が付いたのは、しばらくしてからだった。

 星油ランタンが、ない。

 昨晩、手入れをし終わったあと、テーブルに置いたと思ったのだが。記憶違いだろうか。ベッドから抜け出すと、あたりを見回しつつ着替える。この時は、ランタンがなくなったことについて、まだ重大に思っていなかったのだ。きっと、どこかに置いたのだと。だから今日は服を洗おう、と考えていた。服は、旅の間に土埃でだいぶ汚れてしまっていた。着替え終わって、再び部屋を見回すものの、ランタンはやはり見当たらない。そこでやっとおかしいと気付いたのだ。部屋にない。部屋にあるはずなのに。

 まるで『暗闇』に呑まれたかのように、エピの星油ランタンは、跡形もなく消えていた。

 とりあえず、セナティや宿屋の主に聞いてみることにした。何か知っているかもしれない。部屋を出て一階へ下りると、ちょうど裏口から入ってきたセナティに声をかけられる。

「エピさん、おはようございます! よく眠れました?」

「うん、よく眠れたよ……それは卵?」

 セナティは小さなかごを抱えていた。中には黄色がかった卵がいくつか入っている。やや細長い卵だ。セナティはその一つを手に取り、見せてきた。

「はい! うち、裏でククッコドゥルを数羽飼っていまして……今日の朝食は、目玉焼きですよ! いま準備してますから、食堂で待っててください」

 そうして早足でキッチンへと向かっていったものだから、エピはランタンについて尋ねられなかった。忙しいのだろう、邪魔しては悪い。仕方なく、セナティに言われたとおり、食堂へと向かう。話は食事の時でも大丈夫だろう。

 食堂には、セナティの父、宿屋の主がいた。壁の燭台の手入れをしていた。エピを見れば「おはよう」と挨拶をする。だからエピも挨拶を返した。

「いまセナティが朝食を作っているよ、座って待っててくれ」

 主がそう言ったため、エピは席についた。そうしてエピは、しばらく主が燭台の手入れをするのを見ていたが、やがて、

「あの、すみません」

「どうした?」

「……僕のランタン、見てませんか? 見あたらなくて」

 主は振り返り、不思議そうに首を傾げる。

「いや……見てないなぁ。どこかに置き忘れたんじゃ? 少なくとも、ここ食堂には、何も忘れ物はなかったけど」

「いえ、多分どこかに置き忘れたわけじゃないんです」

 置き忘れたわけではないはずだ。昨晩、部屋で手入れをしたのだから。しかしなくなっていた。あの後は眠ったために、部屋から持ち出した記憶もない。

「昨日の夜、部屋で手入れをしてて、その後眠ったから、部屋に置いてあるはずなんですけど……今朝起きたら、なくなっていて。何か、知りませんか?」

「――なくなった?」

 と、主ははっとすると、大声でセナティを呼んだ。少しして、料理の皿を持ったセナティがやって来る。

「はい、お待たせしました! 出来立てですよ!」

 それぞれの席に、皿を並べ出す。けれども主は少し慌てた様子で彼女に尋ねた。

「セナティ、昨日、旅人さんに、オーヴァスのことを伝えたか?」

「オーヴァス……?」

 セナティは最初、何を言われているのかわからない、といった表情を浮かべていた。やがて、ひどく焦ったように、エピを見たのだった。

「ごめんなさい! 私……言うのを、忘れて……」

「――ランタンが消えたのは、オーヴァスの仕業で間違いないな。きっと、彼は夜のうちに忍び込んで盗んだんだ」

 盗まれた? そのオーヴァスという人物に? 星油ランタンを?

 素直にエピは首を傾げた。星油ランタンが盗まれるなんて、信じられなかった。そもそも盗む人間がいるなんて。確かに考えれば、そんな人間もいるかもしれない。しかし、いままで考えたことがなかったのだ。星油ランタンは、手足だ。手足を盗む人間なんて、考えられない、それと同じだ。ところで。

「オーヴァス、さん、って?」

 一体誰なのだ。そんな、考えられないことをした人間は。

「この街に住む人の、一人です」

 セナティはただ申し訳なさそうな様子で説明する。

「『星油の泉』の近くに住んでいる人で……ひどく暗闇に怯えてる人です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る